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フランスより幸福度が低い日本で「黄色ベスト運動」はなぜ起きないの?

木村正人在英国際ジャーナリスト
パリ凱旋門周辺の「黄色ベスト運動」参加者は数えるほどだった(12日、筆者撮影)

仏では暴徒化で支持失う

[パリ発]燃料税引き上げを発端に毎週土曜日、エマニュエル・マクロン仏大統領の構造改革に抗議の声を上げてきた「黄色ベスト(ジレ・ジョーヌ)運動」は9週目に突入した1月12日、筆者が取材したパリ中心部では参加者は数えるほどしか見当たりませんでした。

仏内務省の発表では、今回の参加者はフランス全土で8万4000人、244人が逮捕されました。初回の参加者28万2000人に比べると「黄色ベスト運動」の勢いは衰えましたが、生活苦が深刻な地方で運動はまだ続いているようです。

世論調査会社ifopによると「黄色ベスト運動」への支持は下のグラフのように急落しています。

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一部の極左集団が暴徒化してグローバルバンクなどの破壊活動を繰り返しました。スピード違反取り締まり監視カメラの6割が壊されました。パリでは観光収入に深刻な影響が出ています。

フランスの景気は減速

国立統計経済研究所(INSEE)によると、今年フランスの実質国内総生産(GDP)成長率は1%にとどまり、17年の2.3%、18年の1.5%から減速する見通しです。

マクロン大統領が「黄色ベスト運動」の抗議活動を受け、燃料税引き上げ凍結のほか、低賃金労働者向け特別手当の支給や、残業手当への所得税・社会保険料減免、一部の年金生活者への一般社会税の引き上げ廃止を打ち出し、国民の不満は少し解消されました。

しかし、米中貿易戦争や英国の欧州連合(EU)離脱、ディーゼル車規制の影響で欧州にリストラの暗雲が漂い始めました。

英ジャガー・ランドローバー(JLR)が4500人の雇用を削減。米フォード・モーターがフランス南西部ボルドーでの変速機生産中止や、ミニバンの生産終了を相次いで発表し、数千人の雇用が失われる見通しです。

マクロン仏大統領「フランス人は働くのが嫌い」

筆者がこれまでパリで取材した「黄色ベスト運動」参加者の不満や要求をまとめると次のようになります。

生活苦を訴える「黄色ベスト運動」参加者(12日、筆者撮影)
生活苦を訴える「黄色ベスト運動」参加者(12日、筆者撮影)

「今の最低賃金や年金では住宅費や光熱費、食費、税金をとても賄い切れない」「政権が変わってもやることは同じ。構造改革を進める政治家は私たちの生活を全く理解していない」(ラエアさん、消防士、29歳)

「『フランス人は働くのが嫌いだ』と非難するマクロン大統領の姿勢が気にくわない」「安い中国製品を輸入するから賃金が下がり続け、フランスの工場が閉鎖される。米国のドナルド・トランプ大統領のように一部に関税をかけるべきだ」

「第五共和制の選挙制度だと、前回の仏大統領選のようにマクロン大統領と国民戦線(現・国民連合)のマリーヌ・ルペン党首という究極の選択肢しか残らない。直接民主制の導入が必要だ」(ストロステイナ氏、ウェブサイトデザイナー、34歳)

落ち着きを取り戻したシャンゼリゼ通りで「黄色ベスト運動」参加者の横を中国人観光客グループが笑顔で通り過ぎたのが印象に残りました。グローバリゼーションが広げた怨嗟の声は世界中に広がっています。

1%の富裕層を優遇

マクロン大統領にとって初となる2018年予算で投資促進策の目玉として130 万ユーロ超の純資産保有者に課されていた 0.5~1.5%の連帯富裕税が廃止され、富裕層への優遇措置だと厳しく批判されました。

仏シンクタンク、公共政策研究所(ipp)が「18年予算の勝者と敗者」を調べたところ、中間層は若干得をする一方、貧困層の購買力は悪化していました。一番得をしたのは連帯富裕税が廃止され、可処分所得が6%近く増えたトップ1%の富裕層でした。

フランスは先進7カ国(G7)の中では最も所得格差の少ない国です。米国や英国のアングロ・サクソン型資本主義を「強欲な悪魔」とみなす極めて社会主義に近い国です。

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G7の中では幸福度が最下位の日本

しかし国連の世界幸福度を見るとフランスは23位、G7の中では5位と国民の満足度は決して高くありません。仏INSEEによると、2008年から16年にかけフランスの世帯当たり平均可処分所得は年440ユーロも下がっています。最も影響を受けた5%は2500ユーロの大幅ダウンです。

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ちなみに日本は54位とG7の中では最下位です。では、なぜ幸福度がフランスやイタリアより低い日本では「黄色ベスト運動」は起きないのでしょう。

マクロン大統領は富裕層の優遇につながる構造改革を進めているのに対し、日本の検察当局は、会社を私物化し、高額報酬を隠していた自動車メーカー、日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告を逮捕して徹底的に追及しています。

独統計会社statistaの2014年データでは、最高経営責任者(CEO)と平均的な従業員の給与格差は米国が一番大きく354倍。フランスは104倍。日本は67倍とそれほど大きくはありません。

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フランスの左翼はゴーン被告の逮捕に喝采を送っているのと対象的に、日本の左翼はゴーン被告を追及する検察当局に批判的です。私利私欲を貪る富裕層に対する怒りはフランスの方がはるかに強いようです。

左派もびっくりの経済政策アベノミクス

日本の安倍晋三首相は左翼の厳しい攻撃にさらされていますが、経済・財政政策は英国の最大野党・労働党の強硬左派ジェレミー・コービン党首もびっくりするほど左派の政策を採っています。

日本銀行の金融緩和策は際限なく続き、リクルートワークス研究所の調査によると、新卒の求人倍率は1.88倍、中小企業のそれは過去最高の9.91倍となっています。2020年の東京五輪・パラリンピックや25年の大阪五輪で建設業は活況を呈しています。

今年10月の消費税率10%への引き上げに合わせて幼児教育・保育の無償化が盛り込まれました。安倍首相の経済政策アベノミクスは日銀が刷ってバラ撒く、全く「痛み」を伴わない財政拡張政策を採っています。

1990年代に金融バブルが弾けた日本では非正規雇用の導入など構造改革が先進国の中では先行して進みました。定年退職者や女性の雇用が拡大し、就業率がG7の中では一番高いことも挙げられると思います。雇用が延長されれば年金不安も和らぎます。

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しかし政府債務残高が膨らむ日本も医療・年金改革を避けて通ることはできません。安倍首相は「黄色ベスト運動」が起きるのを先送りするのに成功しているだけなのかもしれません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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