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「決める政治」の英国がEU離脱で迷走を続ける原因はメイ首相のリーダーシップにあり

木村正人在英国際ジャーナリスト
交渉難航もカラ元気を出してEU首脳会議に臨むメイ英首相(12月13日、筆者撮影)

メイ首相への信任200人、不信任117人

[ブリュッセル発]英国の欧州連合(EU)離脱交渉に絡んで12月12日、テリーザ・メイ英首相に対する保守党の不信任投票が信任200人、不信任117人で否決されました。しかし、メイ首相は2022年に予定される次期総選挙までに首相と党首を辞任する考えを表明しました。

13、14日、ブリュッセルで開かれたEU首脳会議で、メイ首相は最大の争点である英・北アイルランドとアイルランド間に「目に見える国境」を復活させないバックストップ(安全策)について「あくまで保険」との法的・政治的保証を求めましたが、妥協点は見いだせませんでした。

昨年4月、解散・総選挙を宣言するメイ首相(筆者撮影)
昨年4月、解散・総選挙を宣言するメイ首相(筆者撮影)

EUに到着したメイ首相は報道陣に「私は今すぐのブレークスルーは期待していない。私が望んでいるのはできるだけ早く必要な法的・政治的保証について協議を始められることだ」と話しました。

一方、アンゲラ・メルケル独首相は「昨日、メイ首相が不信任投票を生き抜いて、これからも交渉できることはグッドニュースだ。英・EU双方が十分に協議して合意に達した離脱協定書を変更することはできないが、さらなる保証は可能」と応じました。

首脳会議1日目終了後、ジャン=クロード・ユンケル欧州委員長とドナルド・トゥスクEU大統領(首脳会議の常任議長)が発表した声明は次の通りです。

(1)双方が合意に達した離脱協定書と将来の関係の政治宣言については再交渉しない

(2)英国の離脱終了後、直ちに新たな通商協定の交渉を開始する

(3)バックストップは「目に見える国境」が復活するのを防ぐ保険としての政策。EUは固い決意を持ってバックストップを発動する必要がないよう代替策を講じる

(4)もしバックストップが発動されても一時的なものだ。その場合、EUはバックストップに代わる合意のため最善を尽くす

(5)EUはあらゆる結果(合意なき離脱を含む)を想定して準備を整える

だんだん広がる「メイ下ろし」の動き

果たして、この声明で保守党内の強硬離脱(ハードブレグジット)派が納得するとはとても思えません。メイ首相は強硬離脱派をどうなだめるのでしょうか。

保守党の党首を務めるメイ首相に対する不信任投票は保守党議員委員会(1922年委員会)に48人の書簡が寄せられた結果、実施されましたが、委員長はEU離脱交渉中の不信任投票には慎重な姿勢を示していました。

メイ首相が下院で承認を得るには320票が必要。メイ政権の基礎票は324票で、閣外協力する北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)10人、与党・保守党内のEU残留派16人、強硬離脱派40~80人が「造反する」と「メイ下ろし」の狼煙を上げています。

恐ろしいのはメイ首相に対する不信任票が保守党内の残留派と強硬離脱派を足した96人を21人も上回っていたことです。

よもやの過半数割れを喫したメイ首相と夫フィリップ・メイ氏(昨年6月、筆者撮影)
よもやの過半数割れを喫したメイ首相と夫フィリップ・メイ氏(昨年6月、筆者撮影)

メイ首相は「議会承認のデッドラインは1月21日」とだけ述べ、時間稼ぎに出ています。昨年6月の解散・総選挙でよもやの過半数割れを喫したためとは言え、メイ首相のリーダーシップはどうしてこれほどまでに迷走するのでしょうか。

メイ首相の内相時代に仕えた官僚の1人は筆者に次のような見方を示しました。

「このEU離脱交渉はかなり典型的な彼女のやり方だと思う。最初の最初からメイ首相は小さなグループだけからアドバイスを得ていたのだろう。とても経験豊富な官僚を排除し、その代わり内務省時代に一緒に働いたオリバー・ロビンズ氏を登用した」

コメディアンに乱入された昨年秋の保守党大会演説(筆者撮影)
コメディアンに乱入された昨年秋の保守党大会演説(筆者撮影)

「彼女は秘密主義だった。決断をするのに時間がかかり、自分に同意できない人を遠ざけようとした。レッドライン(越えてはならない一線)を設けるのはその典型的な例だ」

「もし彼女がもっと広範囲に相談していたら、そうしたレッドラインは間違いだと気づいていただろう。しかし、その代わりメイ首相はどんどん間違った方向に突き進み、その中に閉じこもってしまうのだ」

「その結果、決して機能することのない計画に行き着いてしまう。そして今、EUや強硬離脱派の欧州研究グループ(ERG)、英最大野党・労働党を非難している」

達成されることがなかった移民規制

「内務省時代も今も非常に柔軟性を欠いているが、こうした行動こそが典型的な彼女なのだ。移民問題を見ても、内相だった彼女は移民の年間純増数を10万人未満に抑えると宣言した」

「その目標は毎年、達成されることはなかったが、メイ氏は必ず達成すると言い続けた。同じ目標を何回も何回も掲げ続けた。官僚がその目標が達成されることはないと伝えても、メイ氏は聞こうとはしなかった」

今年秋の党大会演説ではダンシング・クィーンを踊ったメイ首相(筆者撮影)
今年秋の党大会演説ではダンシング・クィーンを踊ったメイ首相(筆者撮影)

「目標を達成するため、メイ首相は敵対的な方法という本当に愚かなことをしてしまった。それが問題になると、子飼いで後任のアンバー・ラッド内相(現雇用・年金相)に詰め腹を切らせた」

(注)第二次大戦後、大英帝国は崩壊。多くの若者を失い、英国は1948~71年、植民地だったジャマイカやトリニダード・トバゴから大量の移民を受け入れた。彼らが乗ってきた船の名前が「大英帝国ウィンドラッシュ」号だったため「ウィンドラッシュ世代」と呼ばれている。

子供たちは親のパスポート(旅券)でやって来たので、その大半は自分の旅券を取得していなかった。しかし移民の年間純増数を10万人に抑えるため、メイ内相時代の2012年にルールを変更。ウィンドラッシュ世代は旅券を含めた身分証明の提出を求められた。

10年に彼らの入国カードはすべて破棄されていた。英国人であることの証明を求められ、それができなければ国外退去の憂き目に遭うカリブ諸国出身の移民たちの怒りが爆発。ラッド内相はメイ内相時代の責任を肩代わりさせられる形で辞任に追い込まれた。

EUと離脱協定書で合意したあと記者会見に臨むメイ首相(11月、筆者撮影)
EUと離脱協定書で合意したあと記者会見に臨むメイ首相(11月、筆者撮影)

「メイ氏はリスクを取ることを避け、ネガティブな報道や批判を嫌い、内務省職員や彼女のインナーサークル以外の人を十分に信頼しないという3つの特徴があった。このため、メイは決断を避けるか、決断したとしても極めてまずいものになってしまう」

「メイ首相はそれから何も変わっていない。彼女はアドバイスを十分に聞いていない。そのため間違った決定をしてしまう。そして、それが機能しないことが明らかでもそれにしがみついてしまうのだ。メイ首相が離脱交渉でEUから十分な譲歩を引き出せるとは思わない。最終的に議会の不信任動議で政権を失うことになるだろう」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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