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日中平和友好条約40年「第5の政治文書」で尖閣は守れるか 止まらぬ中国 南シナ海を軍事要塞化 

木村正人在英国際ジャーナリスト
ファイアリー・クロス礁上空を哨戒する米海軍のP8ポセイドン(2015年)(提供:U.S. Navy/ロイター/アフロ)

日中平和友好条約から40年

[ロンドン発]日中平和友好条約の締結から40年――。日経新聞によると、中国の習近平国家主席の指導部が新たな日中関係を定める「第5の政治文書」について内部で検討を始めているそうです。

安倍晋三首相が年内に訪中し、習主席が来年に来日する見通しです。

対中貿易赤字を問題視するドナルド・トランプ米大統領が中国に対して鉄鋼・アルミニウムの高関税措置を発動。米中関係が緊張する中で、日本との関係改善を進める狙いがあるようです。

日中両国間には4つの政治文書があります。

1972年  日中共同声明(国交正常化。台湾は中国の不可分の領土であるという復交3原則を中国側が提示)

1978年  日中平和友好条約(中国側はソ連を念頭に「反覇権」を要求)

1998年  日中共同宣言(日中平和友好条約20周年。江沢民国家主席が中国の国家元首として初来日するも歴史発言を繰り返し、大きなズレが浮き彫りに)

2008年  日中共同声明(政治的相互信頼の増進をはじめ戦略的互恵関係を包括的に推進する)

19年の習主席来日に合わせて「第5の政治文書」を結ぶことにどんな思惑が日中双方にあるのでしょう。

12年の沖縄県・尖閣諸島の国有化で日中関係は極度に悪化しました。14年には日本の谷内正太郎国家安全保障局長と中国の楊潔チ外相が会談し「日中間の4つの基本文書(政治文書のこと)の諸原則と精神を遵守し、日中の戦略的互恵関係を引き続き発展させていく」ことを確認しました。

尖閣問題については「東シナ海の海域において近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し、対話と協議を通じて、情勢の悪化を防ぐとともに、危機管理メカニズムを構築し、不測の事態の発生を回避する」ことでも意見の一致をみました。

「一帯一路」と「人類運命共同体」

日経新聞によると、中国の推進派は、習主席の経済圏構想「一帯一路」や外交思想「人類運命共同体」の概念を「第5の政治文書」に盛り込みたいそうです。日本側にも日中関係を安定させるという意味では大きな利点があります。

トランプ大統領が不規則ツイートや問題発言でカナダ、ドイツ、英国、トルコを攻撃する中、中国は着実に地歩を固めています。対米関係の悪化でマイナスになった分は、対中関係の促進で補いたいと考えるのが自然な流れです。

トランプ大統領は、習主席の経済圏構想「一帯一路」に対抗する環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱。保護主義と孤立主義に走っています。その一方で、中国は南シナ海の実効支配を一段と強めています。

「第5の政治文書」で東シナ海の安定を確保できるのでしょうか。

軍事要塞化する南シナ海

米CNNによると、8月10日、米海軍の哨戒機P8ポセイドンが、南シナ海の南沙(スプラトリー)諸島のスビ礁、ファイアリー・クロス礁、ジョンソン礁、ミスチーフ礁周辺の上空1万6500フィート(5029メートル)を飛行すると、中国側から6回の警告を立て続けに受けました。

中国側「あらゆる誤解を避けるため、今すぐに立ち去りなさい」

ポセイドン「こちらは米海軍の航空機だ。ここはいかなる沿岸国の領空でもなく、国際法で認められた軍事活動だ」

スビ礁やファイアリー・クロス礁、ミスチーフ礁には3000メートルの滑走路があり、戦闘機の格納庫も建設されています。中国政府の見解は、南シナ海は古代から中国固有の領土だというものです。

画像

上の地図は米有力シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)アジア・マリタイム・トランスパレンシー・イニシアチブから抜粋したものです。

濃紺の丸は中国が築いた前哨拠点

黄色の円は長距離地対空ミサイルHQ9の射程

2種類のピンク色の円は対艦巡航ミサイルYJ62とYJ12Bの射程

灰色の円は戦闘機J10の作戦範囲

赤色と柿色の一番大きな円は大型爆撃機H6の作戦範囲

中国による南シナ海の軍事要塞化と実効支配が進んでいることが一目瞭然です。

CSISのサイトによると、中国は2012年にスカボロー礁(中沙諸島)を実効支配するとともに、パラセル(西沙)諸島に20の前哨拠点、スプラトリー(南沙)諸島に7つの前哨拠点を築いています。

13年以降、パラセル諸島でのプレゼンスを著しく拡大、スプラトリー諸島では総面積3200エーカーを埋め立てて、サンゴ礁の人工島化を進めました。

南シナ海の現状が物語る東シナ海のリスク

海上保安庁のHPより抜粋
海上保安庁のHPより抜粋

海上保安庁の統計を見ると、中国公船による尖閣諸島接近は民主党政権下に行われた尖閣諸島の国有化によって急にハネ上がっていることが分かります。

その後、落ち着きを見せるものの、今年7月は接続水域入域がのべ51隻、このうち領海侵入はのべ7隻と横ばい状態が続きます。

日米同盟の結束が緩めば、中国は南シナ海と同じように東シナ海の実効支配に乗り出してくる恐れを拭い去ることはできません。国際海洋法の解釈は中国と欧米諸国では異なるため、結局は軍事的なプレゼンスが大きくモノを言います。

領有権問題は存在しないとしていた尖閣諸島について、日本政府は14年の4つの政治文書の精神を確認した4項目からなる日中合意文書で「異なる見解を有している」ことを認めました。「第5の政治文書」では、尖閣問題はどう位置づけられるのでしょう。

日米中のトライアングルの、日米の距離を広げて日中の距離を縮める外交政策は最悪の選択肢であることは民主党政権が教えてくれました。日米の結束を強化しながら、日中の距離をどう保っていくのか。安倍首相には深謀遠慮が求められています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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