【W杯】「ラ・マルセイエーズ」熱唱するフランスがベルギーを粉砕 グローバルだからこそ国歌斉唱は必要だ
国歌を歌わない選手もいたベルギー
[ロンドン発]サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会準決勝でフランスがベルギーを1-0で粉砕しました。「グローバル(G)世代」「黄金(ゴールデン=G)世代」と呼ばれ、タレントぞろいのベルギーでしたが、勝利に向かって前進するフランスの前に力尽きました。
試合開始前、サンクトペテルブルク・スタジアムでの国歌斉唱。フランスの先発メンバーとベンチが一体となってフランス革命時の革命歌である国歌「ラ・マルセイエーズ」を力強く歌ったのに対して、ベルギーの先発メンバーの中には国歌を歌わない選手が目立ちました。
「たかがサッカー されどサッカー」と言われますが、中でもW杯は特別です。フランスのエマニュエル・マクロン大統領はロシアのウラジーミル・プーチン大統領との約束を守り、準決勝に進出した「レ・ブルー(フランス代表)」の応援に駆けつけました。
フランスとマクロン大統領は、アンゲラ・メルケル独首相が求心力を失う中、欧州連合(EU)統合の推進役を担わなければなりません。ウクライナのクリミア併合、シリア内戦への軍事介入、英国でのロシア人元二重スパイ暗殺未遂事件で関係が悪化するロシアとも話し合いの糸口を見つけようとしています。
ピッチを縦横無尽に駆け巡ったレ・ブルーは「自由、平等、博愛」、そして共和国というフランスの価値を見事に体現していました。
これに対し、歴史的に北部のフラマン語圏(オランダ文化圏)と南部のワロン語圏(フランス文化圏)の対立を抱えるベルギーはまとまり切れていないような印象を受けました。
追悼と団結のために
フランス歴代最多の51得点を記録した元代表FWティエリ・アンリがベルギーのアシスタントコーチを務めましたが、祖国との対戦に胸中、複雑な思いもあったでしょう。
アンリは準決勝の対戦相手フランスの長所と短所、W杯で普段の力を発揮する難しさを知り尽くしています。試合終了後、敗れたベルギー代表を慰め、決勝に進んだフランス代表を祝福しました。アンリはレ・ブルーの力を象徴しています。
2016年欧州選手権準優勝のフランスはW杯では3大会ぶりの決勝進出。1998年の母国大会以来となる2度目の優勝を狙います。
筆者は準々決勝のフランス対ウルグアイ戦(2-0)をニジニ・ノヴゴロド・スタジアムで観戦し、そのあと空港でFWグリーズマンやMFボグバら、フランス代表に遭遇するという幸運に恵まれました。
ロシア国旗もフランス国旗も同じ色を使った三色旗で縦になったり、横になったりすると最初はなかなか見分けられませんでしたが、フランス国旗は真ん中が「白」、ロシア国旗は真ん中が「青」です。
スタジアムでは後ろの席のフランス人カップルが「ラ・マルセイエーズ」を熱狂的に歌っていました。女性は唇とまぶたを「青・白・赤」でペイントするほどの念の入れようでした。
フランス大統領選では右から左まで候補者と支持者全員が選挙集会の最後に、愛国的に国歌「ラ・マルセイエーズ」を歌います。
130人の死者を出した15年11月のパリ同時多発テロをはじめフランスでは過去5年間に240人以上がテロで命を落としました。パリ同時多発テロが起きた時には国民議会で犠牲者に黙祷を捧げたあと、ラ・マルセイエーズが歌われました。追悼と団結のためにです。
進もう、進もう
マクロン大統領が大統領選に勝利するために立ち上げた政治運動「アン・マルシュ」(En Marche!「前進」の意)は「ラ・マルセイエーズ」の歌詞の一節「マルション、マルション(進もう、進もう)」を想起させます。
ナポレオン1世にたとえられるマクロン大統領は今年1月、フランス南東部トゥーロンの海軍基地で「わがフランス軍が弱体化していくのに歯止めをかける」と宣言。
01年に廃止されたナショナル・サービス(兵役義務または国家奉仕)を、18歳から21歳の若者(約60万人)を対象に1カ月に限って復活させることにも言及しました。
テロが相次いだフランスではナショナル・サービスの復活を求める世論が強まり、6割が賛成しました。
「強いフランス、強い欧州」を目指すマクロン大統領にとってはフランスの若者に自覚を促し、国家連帯の礎を固める精神的な意味が込められています。
ナショナル・サービスの復活
その後、ナショナル・サービスは16歳男女全員が対象とされ、第1フェーズの1カ月間は若者世代が社会との関係性を構築し、自分たちの役割を発展させることに焦点を当てると義務付けられました。
警察や消防、陸軍での伝統的な軍事教練とともに慈善活動として教えたり、協力したりすることも選択肢に含まれました。
第2フェーズは必須ではなく、最短で3カ月、最長で1年間、国防や安全保障に従事するか、または国家遺産、環境、社会的介護に関するボランティアをすることができるようになりました。
マクロン大統領は兵役義務を免れた最初の大統領ですが、大統領選では徴兵制の復活を掲げました。フランスは徴兵制を導入した最初の国民国家です。
フランス革命時の1798年「すべてのフランス男子は兵士であり、国防の義務を負う」と定められ、ナポレオン1世は大陸軍を築いて欧州制覇の野望を遂げようとします。
グローバル時代の愛国心
マクロン大統領は6歳から学校で「ラ・マルセイエーズ」を歌うこととフランス国旗を教える一方で、欧州の成り立ちやEU旗やEUの歌についても学ばせることを検討しています。
欧州統合を進めるからこそ、自分たちのナショナル・アイデンティティーを大切にしなければならないという考え方です。
フランス代表には旧植民地の北アフリカ、西アフリカ、カリブ諸国、太平洋の島嶼国、アルメニア、スペインのバスク地方にルーツを持つ移民2世が多く含まれています。
その一方で、フランス国籍を持ち、フランス語を母国語として教育を受けたものの、テロリストになるイスラム系移民も少なからずいます。社会から疎外されないよう、出自の異なる若者が一つになる場としてマクロン大統領はナショナル・サービスや国家、国旗を位置づけています。
フランスだけでなく、欧州は自らのアイデンティティー・クライシスに陥っています。
昨年のフランス大統領選で極右政党・国民戦線は、EU離脱の是非を問う国民投票の実施と単一通貨ユーロ圏からの離脱、旅券なしで域内を自由移動できるシェンゲン条約からの離脱、過激モスク(イスラム教の礼拝所)閉鎖、合法移民の抑制を公約に掲げました。
レ・ブルーの目指すもの
国民戦線は、社会党のバラと、保守カラーのブルーを組み合わせた「青いバラ」をシンボルにしました。そして党首を務めるマリーヌ(海の女性形)・ルペン氏のキャンペーン・カラーも「ブルー」です。「レ・ブルー」は決して排外主義的な国民戦線のブルーであってはならないはずです。
フランスはパリ祭翌日の7月15日、モスクワのルジニキ・スタジアムでイングランド対クロアチア戦の勝者と対決します。筆者はイングランドを応援しているのですが、元二重スパイ暗殺未遂事件でロシアと対立するテリーザ・メイ英首相がイングランド代表の応援に駆けつけることはありません。
さらに英BBC放送をはじめ英メディアが「血に飢えたロシア・フーリガンがイングランド・サポーターを狙っている」とあおりまくったため、準々決勝のスウェーデン戦の観戦者はわずか2500人でした。
このため、イングランドの代表選手が「現地に来ている人はもう知っているはずだが、ロシア人はみんな親切にしてくれるよ。だから応援に来て」と懸命に呼びかけています。
EU離脱交渉で大物閣僚2人が辞任するなど、ゴタゴタが続く英国より、EUを引っ張っていこうとするフランスに勢いがあるように思います。
(おわり)