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セックスと金と欲望まみれのノーベル文学賞は解体的出直しを 腐敗黙認「神格化」の落とし穴

木村正人在英国際ジャーナリスト
2017年ノーベル文学賞を発表するサラ・ダニウス事務局長(左)(写真:ロイター/アフロ)

貴乃花親方vs日本相撲協会の対立構造と酷似

[ロンドン発]ノーベル文学賞を選考するスウェーデン・アカデミー(定員18人)がセクハラ・スキャンダルをきっかけに大きく揺らいでいる問題で、初の女性事務局長として文学賞を受賞者に手渡してきた改革派のサラ・ダニウス事務局長(56)が12日、信任投票の結果、辞任に追い込まれました。

「開かれたアカデミー」を目指して改革に取り組んでいたダニウス氏は同日開かれた緊急会議のあと辞任を発表しました。表向きは「リーダーシップの欠如」ですが、背景にはセクハラ・スキャンダルをウヤムヤに済まそうとする守旧派8人組とウミを出し切ろうとする改革派ダニウス氏らの深刻な対立があるようです。

セクハラ・スキャンダルは新たな女性の犠牲者を生んだと言えるでしょう。「融通の利かない頭の固い女は邪魔だ」というわけです。これがジェンダー先進国スウェーデンの現実なのでしょうか。ノーベル文学賞もスウェーデン・アカデミーも、もはや「性差別と欲望の伏魔殿」に堕したという他ありません。

何やら、元横綱日馬富士による十両貴ノ岩への傷害事件に端を発した貴乃花親方と日本相撲協会の対立構造に非常によく似た展開になってきました。結果的に日本相撲協会が多勢に無勢で貴乃花親方を寄り切りましたが、スウェーデン・アカデミーはこのままでは完全に崩壊してしまうでしょう。

まず、ダニウス氏の声に耳を傾けてみましょう。「私としては続けたかったが、そうはならないのが人生だ」「事務局長辞任はアカデミーの望みだ」「この問題はすでにノーベル賞に大きな影響を与えている。これは本当に大きな問題だ」

受賞者名漏洩で賭け屋を調査

問題のセクハラ・スキャンダルは、アカデミー会員の詩人・作家カタリーナ・フロステンソン氏(65)の夫でフランス出身の写真家・劇場芸術監督ジャン・クロード・アルノー氏(71)が1996~2017年にかけ、ストックホルムやパリにあるアカデミー施設でアカデミー会員や会員の妻や娘、職員計18人の女性に性的関係を迫っていたというものです。

アルノー氏は文学フォーラムを運営しており、年12万6000スウェーデン・クローナ(162万円)の活動資金をアカデミーから提供されていました。アルノー氏は自分の影響力を笠に着て女性たちに関係を強いる一方で、告発しないよう抑え込んできたそうです。

文学フォーラムにはフロステンソン氏も参画しており、利害相反が浮き彫りになっています。アルノー氏はアカデミーがパリに所有するアパートメント(住宅)の管理を任され、維持管理費を受け取っていました。住宅に自分の表札をかけて私物化し、セクハラに使用するというやりたい放題の実態も明らかになりました。

さらにはアルノー氏が発表の瞬間まで門外不出とされるノーベル文学賞受賞者の名前を事前に漏らしていた疑いまで浮上しています。

ヴィスワヴァ・シンボルスカ氏 (1996年受賞、ポーランド)、 エルフリーデ・イェリネク氏 (2004年、オーストリア)、ハロルド・ピンター氏 (05年、イギリス)、ジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ氏 (08年、フランス)、パトリック・モディアノ氏 (14年、フランス)、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ氏 (15年、ベラルーシ)、 ボブ・ディラン氏(16年、アメリカ)の7人です。

事前に受賞者が分かれば、賭け屋で一儲けできるため、マルタに拠点を置くオンライン・ギャンブルの「ユニベット(Unibet)」などで投票に不審な動きがなかったか、調査が進められました。今のところ、不正は見つかっていません。

アカデミーは調査を依頼した法律事務所から「会計上の不正が見つかった」と警察に告訴するよう報告を受けたにもかかわらず、放置していると報じられています。

トカゲの尻尾切りで生き残り図るアカデミー

受賞者名は家族にも事前に知らせてはならないことになっており、妻のフロステンソン氏も12日、アカデミー会員を辞すると発表しました。アカデミーは「フロステンソン氏はアカデミーの存続を願って辞任することを決めた」という声明を発表しました。

12年のノーベル文学賞で中国の農民作家、莫言(モオ・イエン)氏を強く推したとみられるアカデミーの中国文学担当ヨーラン・マルムクヴィスト氏は「これでアカデミーは救われた」と発言したと報じられています。

ノーベル賞運営団体のノーベル財団は「アカデミーの信頼は大きく傷ついている」と批判しています。フロステンソン氏を追放し、改革派のダニウス事務局長も切ったことで守旧派8人組はアカデミーの生き残りを図りたいようです。

問題はしかし、アルノー氏とフロステンソン氏の不正にとどまらず、アカデミーの閉鎖体質とガバナンスに波及しています。スウェーデン在住の市民ウォッチャーの1人は筆者にこう話しました。

「アカデミーがフランスのアカデミーを真似て創立されて以来のフランス文化羨望症が現在の文化人たちの間に存在している。真理の追求よりも個人の利益優先主義、欲張り主義が優先される現代社会の主義思想に文化人たちの多くが染まってしまっている。アカデミーを取り巻く人たちの生活は国民の基準から逸脱している」

スウェーデンでは有形無形の嫌がらせを恐れてノーベル賞に対する批判を避ける傾向があります。日本でもノーベル賞は神格化され、積極的には悪い話は報じられないようです。

「国王大権」を発動してアカデミー全員の入れ替えを

アカデミーの会員(定員18人)は終身制なので制度上、自らの意思で辞任することはできず、死去するまで会員の補充もされません。アカデミーとしての意思決定を行うには最低でも12人の出席が必要です。

英作家サルマン・ラシュディ氏が『悪魔の詩』を発表、イラン最高指導者ホメイニ師から死刑宣告を受けた問題への対応をめぐり、アカデミーでは会員が辞任するなど数年前から2人が活動を停止しています。

今月6日には前事務局長ペーテル・エングルンド、クラス・オステルグレン、シェル・エスプマルクの3氏がセクハラ・スキャンダルへの甘すぎる対応に抗議して「辞任」を表明。今回さらに2人が「辞任」したことで活動している人数が11人になってしまいました。

アカデミーは現在の規約を変更しない限り、事実上、機能停止状態です。アルノー氏はすべての疑惑を否定しています。アカデミーを支援するカール16世グスタフ・スウェーデン国王は「国王大権」を発動してアカデミー会員を全員解任してゼロから出直すぐらいの荒治療を施さないと、ノーベル文学賞に対する信頼はとても回復できないでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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