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データ社会の恐怖「トランプ大統領誕生」「イギリスのEU離脱」の裏で動いた英政治コンサル会社が大炎上

木村正人在英国際ジャーナリスト
怒れる大統領ドナルド・トランプを生み出したのは?(写真:ロイター/アフロ)

おとり取材で汚すぎる手口が暴露された

[ロンドン発]ドナルド・トランプ氏が当選した米大統領選や欧州連合(EU)からの離脱を選択した国民投票の陰でビッグデータを操り、大きな影響力を行使したと批判されてきたイギリスの政治コンサルティング会社ケンブリッジ・アナリティカが大炎上しています。

アレクサンダー・ニックス最高経営責任者(CEO)が、イギリスのニュースTV番組チャンネル4ニュースのおとり取材に引っ掛かり、「候補者にダメージを与えるため収賄や売春婦を使ってわなにかけることも辞さない」と発言する様子が隠し撮りされました。

チャンネル4ニュースによると、ケンブリッジ・アナリティカは米大統領選でトランプ氏が全体で300万票も民主党の大統領候補ヒラリー・クリントン氏に負けていたにもかかわらず、4万票の僅差で3つの州を制してトランプ氏を勝利させたと話しています。

ニックス氏は、ある候補者を当選させたいスリランカの実業家になりすましたおとり記者に「我々はすべての研究、データ収集、分析、ターゲティングを行った。すべてのデジタルキャンペーン、TVキャンペーンを展開した。我々のデータがすべての戦略を教えてくれた」と解説。その一方で汚い手口を次々と披露します。

「相手候補の家周辺に女性を送り込むこともできる。ウクライナ女性はとても美人。効果抜群だ」「相手候補に資金提供を申し出ることもできる。土地と引き換えに資金援助できる。すべてを記録しておいて、身内の顔を消してインターネット上に投稿することもできる」

「相手が読んだら2時間後に自動的に消滅する電子メールのシステムを使っている。これなら何の証拠も残らない。紙のように追跡できない。何も残らないんだ」「彼ら(米下院諜報特別委員会)は政治家で技術的なことは分からない。彼らにはそれがどう働くのか分からないのさ」

これを受けてケンブリッジ・アナリティカ取締役会は20日、「チャンネル4ニュースで隠し撮りされたニックス氏の発言は会社の方針を説明したものではない」と、ニックス氏の停職処分を発表しました。ニックス氏は捻じ曲げられて編集されていると隠し撮りされた自らの発言を全面否定しています。

フェイスブックのユーザー5,000万人のデータを不正取得か

同社は性格診断クイズのアプリを利用してフェイスブックのユーザー5,000万人のデータを不正に収集し、フェイスブックから破棄を要請された後もデータを保持していた疑いが浮上しています。19日には英情報コミッショナー事務局(ICO)のエリザベス・デナム委員長が捜査令状を請求する方針を明らかにしました。

英紙ガーディアンなどから登場人物と役割を押さえておきましょう。

【ケンブリッジ・アナリティカCEOアレクサンダー・ニックス】

英名門イートン校出身。マンチェスター大学卒業。2003年から戦略的コミュニケーション会社SCLで働くようになり、07年から選挙担当として世界中で260の選挙キャンペーンを手掛ける。ケンブリッジ・アナリティカを設立。

【データ収集アプリの開発者アレクサンダー・コーガン】

モルドバ生まれ、モスクワ育ち。08年に米カリフォルニア大学バークレー校を卒業。香港大学で博士号を取得して12年から英名門ケンブリッジ大学で心理学の講師に。

専門は心理測定法で「人間の親切さや幸福を形作る生理学、文脈上の、文化的・経験的な力を研究」(ケンブリッジ大学の研究室HPより)している。

ロシアのサンクトペテルブルク国立大学でもポストを得て、ロシア政府からも研究費を得ている。ケンブリッジ・アナリティカのデータ研究を実行するためグローバル・サイエンス・リサーチ(GSR)を立ち上げる。

コーガンが作成した性格診断クイズのアプリ「これがあなたのデジタル生活」はフェイスブック上で27万人にダウンロードされる。これを通じ本人だけでなく「友だち」を含め計5,000万人のデータを収集してケンブリッジ・アナリティカに提供した疑いが持たれている。

コーガンはフェイスブックから出入り禁止となり、ケンブリッジ大学も「大学のデータは一切使われていない」と否定するとともに、コーガンを停職にして調査に乗り出している。

【内部告発者クリストファー・ワイリー】

名門ケンブリッジ大学の研究者と協力してデータを収集。「我々は何百万もの個人データを集めるためフェイスブックを利用した。データを収集した個人について知り得たことから彼らの心の中に潜む悪魔に狙いを定めるモデルを構築した。これが、ケンブリッジ・アナリティカが基本的にやっていたことだ」(英日曜紙オブザーバーへの証言)

【前トランプ政権首席戦略官兼上級顧問スティーブン・バノン】

オンラインニュースサイト「ブライトバート」の会長時代にワイリー氏、ニックスCEOに会い、投資家ロバート・マーサー氏にケンブリッジ・アナリティカ設立に投資するよう助言する。16年の米大統領選で共和党の大統領候補になったドナルド・トランプ氏の選挙キャンペーン責任者になり、「ポピュリスト的で経済的なナショナリスト」として主張すれば大統領への道が開けると助言した。一時ケンブリッジ・アナリティカ副会長を務める。

米司法省のロバート・モラー特別顧問は今年2月、違法な情報戦争の枠組みを使って米大統領選を妨害し、トランプ陣営を有利にしたとしてロシア人13人を起訴したばかりです。米上院議員はフェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグ氏を召喚せよと息巻いています。EU欧州議会が調査に乗り出す可能性も出てきそうです。

フェイスブックの仕組みを使って収集された「友だち」データは売ってもいけないし、第三者と共有することも認められていません。この規約に違反していたとして性格診断クイズのアプリを開発したコーガン氏はデータの破棄をフェイスブックに約束していましたが、データが残っていた疑いが指摘されています。

果たして性格診断クイズに答えた27万人のうち何人がトランプ陣営に自分のデータが共有されることを知っていたのでしょう。フェイスブック上で収集されるデータは膨大で、その個人がどんな思想、信条を持っているかまで分かってしまいます。深層心理の中に眠っていた不満や不安、屈辱感をあおって、不健全な政治の流れを作り出すことも可能です。

しかし、これはケンブリッジ・アナリティカのような政治コンサルティング会社に限った問題ではありません。ITマーケティングの手法を用いない選挙キャンペーンはもはや存在しないと言っていいでしょう。ソーシャルメディアを通じて知らないうちに収集された膨大な個人データが知らない形で自分の言動に大きな影響力を持つ時代になりました。

データ社会ではタコ壺の中で嫌悪や憎悪が加速して増幅され、制御不能になる恐れがあります。この恐怖から完全に逃れるためには、インターネットが登場する前のようにオフラインで生活するしかないのが悲しい現実です。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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