小泉進次郎より5歳も若い31歳の首相誕生へ オーストリア総選挙 新たな波 地殻変動起こす民主主義

旋風を巻き起こしている国民党のクルツ外相(筆者撮影)

オーストリアの選挙権年齢は16歳

[オーストリア・シュタイナッハ発]10月15日に投開票が行われたオーストリア総選挙で、31歳のセバスティアン・クルツ外相率いる中道右派の国民党が、ナチス残党の流れをくむ極右・自由党を大逆転し、議会第1党の座を15年ぶりに奪還、クルツ外相が首相に就任する見通しです。

国民党が議会第1党になっても連立の組み合わせで他の政党から首相が誕生する可能性も残されています。がしかし「世界最年少」(米ブルームバーグ)、「欧州連合(EU)で最年少」(EUオブザーバー)の政治指導者誕生か、と気の早い欧米メディアは大騒ぎです。

日本では安倍晋三首相(63)率いる自民党が世論調査では単独過半数の勢いを見せています。自民党の中でも人気の小泉進次郎・自民党筆頭副幹事長(36)より、クルツ外相はなんと5歳も若いのです。

日本では2016年から公職選挙の選挙権年齢が20歳から18歳に引き下げられました。被選挙権年齢は衆院25歳、参院30歳です。

オーストリアは日本の随分先を行っていて07年に、EU加盟国の中で初めて総選挙の選挙権年齢を18歳から16歳に引き下げています。被選挙権年齢は下院18歳、上院21歳です。

31歳のクルツ外相が首相になる可能性が出てきたことに、選挙権・被選挙権年齢の引き下げが関係しているのは言うまでもありません。

中道右派の右旋回か、それとも民主主義の地殻変動

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クルツ外相が党首になった今年5月以降、国民党の支持率は急上昇、それまで首位を走っていた自由党を大逆転しました。

自由党は反移民、反イスラム、反エリートと欧州懐疑主義を掲げる民族主義的な極右ポピュリズム政党です。昨年の大統領選では自由党の候補者があわや当選というところまで行き、世界中が衝撃を受けました。

オーストリアの難民政策はこれまでドイツのアンゲラ・メルケル首相を見習い寛大でした。クルツ外相が支持を集めたのは、この難民政策を転換し、「難民」と「違法移民」の間に明確な一線を引いて「違法移民」を厳しく排除する方針を打ち出したからです。難民の流入を止めるため、EU境界の管理強化も主張しています。

欧米メディアは、国民党が右旋回し、極右政党のお株を奪う難民規制策を打ち出した、極右政党が連立政権入りと大騒ぎです。ナチス・ドイツに併合された歴史を持つオーストリアの右傾化には常に欧米メディアの厳しい目が注がれてきました。

赤ちゃんもOKサイン?

シュタイナッハで開かれた選挙集会(筆者撮影)
シュタイナッハで開かれた選挙集会(筆者撮影)

欧州で最も若い27歳で外相になったクルツ氏とは一体、どんな人物なのか。オーストリアの右傾化を意味するのか、それとも限界に達した民主主義の地殻変動を意味するのか。この目で確かめようとクルツ外相の選挙集会を取材してきました。

13日にロンドンから空路ザルツブルクに飛び、そこから高速鉄道で2時間余り。アルプス山脈を望むシュタイナッハのコテージで一泊し、朝靄のかかる中、選挙集会の開かれる広場に向かいました。

颯爽と登場したクルツ外相(筆者撮影)
颯爽と登場したクルツ外相(筆者撮影)

14日午前10時、政敵・自由党の政党カラーである鮮やかなブルーのキャンペーンバスがスルスルと到着したかと思うと、開いた真ん中のドアから特設ステージへと若手スターのようにクルツ外相が颯爽と現れました。国民党のカラーは黒ですが、ブルーは自由党に流れた票を奪い返すのが狙いです。

筆者は2時間前から最前列に陣取っていたのですが、クルツ外相の周りにはアッという間に人だかりができました。すごい熱気です。それにしてもクルツ外相はベビーフェイスというか、少女漫画に出てくる主人公のように端正なマスクをしています。

端正なマスクのクルツ外相(筆者撮影)
端正なマスクのクルツ外相(筆者撮影)

誤解を恐れずに言えば、オーストリアをミニ・ドイツと考えれば政治状況が理解しやすいと思います。オーストリアの公用語はドイツ語です。

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「日曜日には是非、国民党に1票をお願いします。オーストリアの政治に新風を吹き込み、真の改革を起こすチャンスを私に下さい」

クルツ外相は演説を手短に切り上げ、ステージから聴衆の中に飛び込んでいきました。タレント議員のように写真撮影会、握手会、サイン会に十分すぎるほどの時間を費やしました。国民党は穏健なキリスト教保守政党です。支持者の中には伝統衣装を着て選挙集会にやって来た人もいます。

伝統衣装を着て参加した候補者と支持者(筆者撮影)
伝統衣装を着て参加した候補者と支持者(筆者撮影)

クルツ外相は老若男女を問わず、熱狂的な歓迎を受けました。夢中でシャッターを切っていると、なんと赤ちゃんまでクルツ外相にOKサインを出しているではありませんか。誰に聞いても「クルツはダイナミックに、この国を変えてくれる」と大変な期待を寄せています。

赤ちゃんもOKサイン(筆者撮影)
赤ちゃんもOKサイン(筆者撮影)

新しい波

オーストリアの戦後政治は中道左派の社会民主党(旧社会党)と中道右派の国民党の「合意民主制」に支えられてきました。終戦直後の1945年総選挙で二大政党の得票率は94%。冷戦後の99年総選挙でそれが59%にまで下がり、27%を得た極右・自由党の台頭を招きました。

自由党党首のイェルク・ハイダー氏(2008年に交通事故死)はナチス協力という戦争世代の傷跡を癒そうと「ナチ親衛隊は栄誉と尊敬を受けるべきだ」と親ナチ発言を繰り返しました。00年、自由党は国民党との連立政権に参加、国際社会から「極右の政権参加は認められない」とオーストリアは激しい批判を浴びます。

オーストリアが難民や移民に冷たかったかというとそうではありません。西欧と東欧の真ん中に位置するオーストリアはハンガリー動乱やプラハの春、旧ユーゴスラビア紛争で大量に発生した難民を受け入れてきました。

15年の欧州難民危機でも当初は「門戸開放」政策をとったメルケル首相に歩調を合わせていました。難民の統合支援策もドイツ並みの手厚さです。その年、人口850万人の1%強に当たる9万人がオーストリアで難民申請を行いました。人口100万人当たりの新規申請者数ではEU域内でスウェーデンに次いで多かったのです。しかし国民の反発が強まり、バルカン諸国9カ国と協力して門戸を閉ざしました。

ザルツブルク中央駅前の広場にいたアフガニスタン難民に取材しても「オーストリアの政府も市民もみんな良くしてくれている。とても幸せだよ」と口をそろえます。

現実路線に舵を切れるか

ナチスのトラウマが残るドイツやオーストリアでは反移民・難民を唱えることは政治的にタブーでした。しかし第二次大戦の戦勝国アメリカはドナルド・トランプ大統領の誕生で、イギリスはEU離脱で混迷する中、タブーが消え、「右派の政治」が市民権を得つつあります。戦争の記憶が遠のいたこともあります。

クルツ外相の唱える「経済移民を受け入れると本当に救済しなければならない難民対策が手薄になる」「EUの境界管理を強化せよ」という主張は保守層の支持を集めています。

旧東欧・バルト三国が参加した04年のEU拡大でオーストリアは大きく変化しました。

「クルツは難民を排除せよとは言っていません。コントロールする必要があると主張しているのです。クルツは親EUです。イギリスの離脱を教訓にEUは方向転換しなければなりません。EUはマイクロマネジメントを止め、外交、防衛、境界管理といった大きな問題に集中して、小さな問題は加盟各国に任せるべきなのです」(国民党のエリザベス・ケスティンガー欧州議会議員)

ケスティンガー欧州議会議員(筆者撮影)
ケスティンガー欧州議会議員(筆者撮影)

フランスのエマニュエル・マクロン大統領に続いて、オーストリアのクルツ首相が誕生すればEUの世代交代は一気に進みます。EUはベルリンの壁崩壊後の理想主義の自己陶酔から覚め、現実路線に大きく転換する時期に差し掛かっています。

グーグルマイマップで筆者作成
グーグルマイマップで筆者作成

(おわり)