露プーチンに愛を語るのは米トランプと安倍首相だけだ

ロシア大統領プーチンと米不動産王トランプのキス

「ユーロビジョン」決勝でウクライナに敗れたロシア

欧州放送連合(EBU)が毎年開催している音楽祭「ユーロビジョン」の決勝で14日、ダークホースだったウクライナ代表の女性歌手ジャマラさん(32)が大本命のロシア代表の男性歌手セルゲイ・ラザレフさん(33)らを破って優勝しました。今年の視聴者数はまだ分かりませんが、昨年は2億人を超えたと言われるほどユーロビジョンは影響力の大きい音楽祭です。

スウェーデンの首都ストックホルムで開かれた決勝には26カ国が参加しました。ソ連の独裁者スターリンが1944年にクリミア半島から自分の曾祖母と子供5人を含むクリミア・タタール人ら24万人を強制移住させた歴史を描いた「1944」を歌ったジャマラさんが534ポイントを獲得して優勝。ロシア代表のラザレフさんは491ポイントの3位でした。

「ユーロビジョン」では大会規定で政治的中立性が求められています。ジョージア(当時グルジア)紛争が起きた翌年の2009年、モスクワで開かれたユーロビジョンにグルジア代表は「We Don’t Wanna Put IN」という歌でエントリーしました。「歌ではPut INがPutin(プーチン)に聞こえる。大会規定に反している」として歌詞の書き換えを求められました。グルジアはこれを拒否し、その年の出場を辞退しました。

ロシアの大統領プーチンがウクライナのクリミアをロシアに併合した14年のユーロビジョンではロシア代表に観衆から容赦のないブーイングが起きました。翌15年には主催者が「アーティストにブーイングはしないで」と促したにもかかわらず、再びロシア代表にブーイングが浴びせられました。

スポーツや歌はロシアのプロパガンダ・ツール

ロシアをソ連時代と同じような「超大国」として国際社会に認めさせるには武力行使も厭わないプーチンは事実上の国営メディア「RT(ロシア・トゥデイ)」などを使ったプロパガンダを熱心に行っています。スポーツや歌もプーチンにとってはプロパガンダのツールです。14年のソチ冬季五輪、18年に開催されるサッカーのロシア・ワールドカップに加え、ユーロビジョンにも大きな力を注いでいます。

ユーロビジョンにエントリーした歌を何度も作っている著名な作曲家2人を雇うなどして、ロシアは毎年のように上位進出を果たしています。ソフトパワーとして偉大なるロシアを世界に認知させるとともに、ロシア国民のアイデンティティーを十分に満たしてやるのがプーチンの狙いです。

ロシアの政府高官やクリミアの一部政治家は、ジャマラさんの歌は「ロシアを貶めることを目的にしている」と批判しましたが、欧州放送連合は、「1944」は政治的なスピーチではなく、大会規定に反していないとロシア側のクレームを退けました。

強制移住させられたクリミア・タタール人

ジャマラさんはキルギスタンで生まれたタタール人です。14年のクリミア併合でクリミアを離れたため、クリミアで暮らす家族や親族と引き離されます。ジャマラさんはもう2年間も、体の調子が悪い90歳の祖父を訪ねることができず、スカイプで話すしかないそうです。「1944」は直接、クリミア併合には言及していません。その歌詞は第二次大戦中のクリミア・タタール人の強制移住を描いています。

「見知らぬ人がやって来て、あなたたちの家に押し入って来る。彼らはあなたたちを皆殺しにする。そして言うのだ。『私たちは無実だ。無実だ』と」。「1944」にはクリミア併合への痛烈な批判が込められています。

ジャマラさんはユーロビジョンの優勝杯を手にして「みんな平和と愛について歌います。しかし現実に平和と愛がみんなに届くことを心から求めています。ありがとう、欧州。ウクライナにようこそ」とスピーチしました。

クリミア・タタール人はイスラム教スンニ派で、13 世紀半ばにクリミア半島北部に定住し始めます。その後、オスマン帝国の保護国となり、1783年にロシアに併合され、ロシア化と移住が始まります。ピーク時には約600万人いたクリミア・タタール人は1910年代には30万人にまで激減します。

第二次大戦中の44年、対ドイツ協力の疑いがかけられ、クリミア半島から強制移住させられます。ジャマラさんの家族は大戦中、ソ連側について戦ったのに強制移住させられます。旅の途中、ジャマラさんの曾祖母の若い娘を含め多くのクリミア・タタール人が命を落としました。そしてソ連崩壊後、多くのクリミア・タタール人がクリミア半島に戻ってきたのに、再びプーチンによってロシアに併合されてしまいます。

プーチンとトランプのキス

「プーチンのロシア」は欧州から厳しい目で見られています。リトアニアの首都ビリニュスに、プーチンと米国の大統領になるかもしれない不動産王ドナルド・トランプがキスする壁画が描かれ、大きな話題を呼んでいます。

1979年に撮影されたソ連指導者ブレジネフと東ドイツの指導者ホーネッカーが抱擁を交わす有名な写真があります。90年にはベルリンの壁に「キス」と題してその壁画が描かれ、世界中の注目を集めました。

プーチンとトランプがキスする壁画は、権威主義的な2人の異様なまでに強烈なエゴを表現しています。プーチンは「トランプ氏は間違いなく才能に満ちあふれたカラフルな人物だ」と称賛を惜しまず、トランプは「ロシア国内外で非常に尊敬されている人物からほめ称えられるのはこれ以上ない光栄だ」と応じています。

日本の安倍晋三首相はG7首脳会議(伊勢志摩サミット)の地ならしのため欧州を歴訪した後、ロシアを訪れ、オバマ米政権から先延ばしするよう釘を刺されていたプーチンと会談しました。北方領土問題の解決に向け「新たな発想に基づくアプローチが必要」との認識で一致し、石油・ガスなどエネルギー開発を含む8項目の対ロ経済協力を提案しました。

ロシア・メディアは「オバマのロシア孤立作戦がほころんだ」と大喜びで、他のG7首脳や欧米諸国はプーチンに接近する安倍首相に顔をしかめたに違いありません。トランプに続いて、プーチンと口づけを交わす安倍首相の壁画が世界のどこかに登場しないか心配になってきます。

(おわり)

参考:トランプの「アメリカ」 拡大する下流社会は、はけ口を求めていた

末澤恵美著「旧ソ連における民族の強制移住と帰還問題-クリミア・タタール人の事例」