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「イスラム国」が唱える12のプロパガンダ ブレア元英首相「イラク戦争も一因」と認める

木村正人在英国際ジャーナリスト
ブッシュ前米大統領とブレア元英首相(写真:ロイター/アフロ)

「現在のイラク情勢に責任を負う」

ブッシュ前米大統領と二人三脚でイラク戦争を強行した英国のブレア元首相が米CNNのインタビュー収録の中で「過激派組織『イスラム国(IS)』が台頭したのはイラク戦争が原因という指摘には一理ある」「フセイン大統領(当時)を倒した我々は現在のイラクの状況にいくばくかの責任を負っている」と答えた。ISの出現について、ブレア元首相が条件付きながら責任を認めたのは初めて。

しかしその一方で、「フセイン大統領を倒したことを謝罪するのは困難だ」「そうしていなければ、イラクはシリアのように(内戦に)なっていたかもしれない」とイラク戦争開戦の決断を改めて正当化した。今、シリアに軍事介入しない英国や欧州諸国は間違っているとブレア元首相は信じていることをうかがわせた。

「フセイン政権を倒した後、何が起きるのかということに対する理解が間違っていた」と、フセイン後の計画を適切に立てるのに失敗したことについてはこれまで同様、謝罪を繰り返した。しかし、ISを生み落としたのはイラク戦争だけでなく、「2011年に始まったアラブの春が今日のイラクに大きな影響を与えたことも理解することが大切だ」と強調した。

ブレア元首相の言い分では、米英を中心とした有志連合はイラクに広範囲な政治参加を促して政府を樹立したが、マリキ政権(2006~14年)がシーア派を優遇した政策を実行したため、09年、比較的落ち着いていたイラク情勢は不安定化した。

独立委の結論前に持論を展開

労働党のブラウン首相(当時)は09年7月、英国のイラク戦争参戦の是非を検証するため独立調査委員会(チルコット委員長)を設置した。

ブレア元首相は10年1月、同委員会の公聴会で6時間にわたって証言、「01年の米中枢同時テロでイラクの大量破壊兵器疑惑をめぐるリスク評価は一変した」と述べた。武装解除のためフセイン政権打倒が必要だったと参戦の正当性を強調した。

ブレア元首相が今回、CNNのインタビューに応じたのは、間もなく同委員会が結論をまとめるのを前に、自らの立場を改めて擁護するためだ。しかしイラクのフセイン大統領を倒したことで、スンニ派の勢力が削がれ、イランやレバノンのシーア派組織ヒズボラなどシーア派勢力の台頭を許した。

イラクのマリキ首相もシーア派で、露骨なシーア派優遇政策を採ったため、フセイン大統領の元支持者らスンニ派の反発を招いた。シリアのアサド大統領はシーア派系アラウィー派に属し、イランやヒズボラの支援を受けている。

スンニ派とシーア派の宗派対立をあおり、イラク情勢を悪化させて勢力を拡大したのがスンニ派のアブ・ムサブ・アル・ザルカウィ(「イラクのアルカイダ」の設立者で元最高指導者、06年6月に米軍の空爆で死亡)だ。「イラクのアルカイダ」はISの源流になった。

ISのプロパガンダ

オランダ・ハーグで過激化対策に取り組む「テロ対策国際センター」のアレックス・シュミット氏は今年6月、スンニ派過激組織ISがジハーディスト(聖戦に関与しているイスラム教徒)を募集するために使っているプロパガンダを分析した報告書をまとめた。

ISは二十数カ国に及ぶ言語を使って、フェイスブックやツイッター、インスタグラムなどのソーシャルメディアで1日平均9万回も投稿している。シュミット氏は「ISは国家の失敗、内戦、イラクのマリキ首相によるシーア派政権下でのスンニ派弾圧、シリアのアサド政権による残虐行為の産物だ」と指摘している。

「03年の米国によるイラク軍事介入により、広範囲に及ぶイスラム主義運動が活発になり、その中からISは生まれてきた。ISの最高指導者アブ・バクル・アル・バグダディ・アル・フッセイニ・アル・クレシはイラクにある米国の施設に5年間、収容された。この時、フセイン政権の残党との関係を強化した」

ISはイラク戦争の産物以外の何物でもない。ISは2万~10万人以上の勢力とみられ、ソーシャルメディアを使って巧みにプロパガンダ戦争を展開している。シュミット氏はISのプロパガンダを以下のように12種類に分けている。

(1)ISは純粋

ISは純粋で混じり気のないイスラムを体現している。

(2)イスラム教徒は迫害されている

イスラム教徒は迫害されている。世界中でイスラム教徒の権利は侵害されている。こうした状況を止める唯一の解決策は戦うことだ。

(3)真のイスラムは剣によって築かれる

真のイスラムは剣によってのみ築かれる。ユダヤ教やキリスト教などの一神教を含め、他の宗教や宗派を支配し、改宗を強制し、さもなくば殺すことを許されている。

(4)国内闘争は建設的

国内闘争は建設的だ。真の信仰者であるISは異教徒、偽善から自らを明確に区別しながら、国内闘争を通じて浮上してくるからだ。

(5)天国に行くにはジハードを戦え

天国に行くためにはイスラム教徒は暴力を伴う聖戦(ジハード)を経なければならない。聖戦はイスラム教のコミュニティー(ウムマ)を構築するための前提にさえなる。そうしないと信仰者と偽善者、不信仰者の分離は起こらないからだ。無慈悲な分離は信仰と不信仰を完全に分け隔てるまで継続されなければならない。

(6)「名誉ある抵抗」を

「イラクのアルカイダ」の設立者ザルカウィによると、「名誉ある抵抗」は高貴で偉大なシャリア(コーランに基づくイスラム法)の目的にかなっている。抵抗によって実行されるすべての聖戦はイスラム教徒のためになる。抵抗という聖戦は第一次大戦中の1916年に英国、フランス、ロシアの間でオスマン帝国領の分割を約した秘密協定、サイクス・ピコ協定による国境を書き換えることに限定されず、世界中に及ぶものだ。

(7)イスラム教徒の統一を

現在の状況下では、イスラム教徒の統一は必須だ。それゆえ、唯1人の指導者の下での統一は宗教的な義務になっている。

(8)ISには「カリフ制国家」を設立する正統性がある

ISは、イスラム社会の最高指導者に率いられる「カリフ制国家」を設立する権利を与えられた、すべてのイスラム教徒の上に立つ正統な宗教的権威の旗手である。

(9)イスラムの地に移り住め

ISのカリフ制国家はイスラムの真の地だ。イスラムの地への移住は義務である。ISに加わる者は誰であってもこの世でも、あの世でも大いに報われる。

(10)素晴らしき同胞愛

ISの支持者には素晴らしい同胞愛がある。すべての有能な人間はこの同胞愛に急いで加わり、聖戦が行われている地に移住すべきだ。少なくとも、多くのイスラム教徒が暮らす不信仰者の社会的価値から距離を置き、精神の移住を行うべきだ。

(11)カリフ制国家はイスラムの中心

ISのカリフ制国家はイスラムの真の新しい中心だ。イスラムの地に移住することは前もって定められており、義務である。イスラム法、行政、医療、軍事に長けたすべてのイスラム教徒は実行可能な国家建設を助けるため、ISに加わることは個人に課せられた義務である。

(12)ISは西洋の利益に打撃を与える

ISは、拡大するISの加入者、高い志を持った献身的な支持者の手によって、世界中の西洋の利益に打撃を与える能力がある。

ブレア元首相はTVで自己弁護を繰り返す前に、ISの有害なプロパガンダを打ち消すメッセージを送るべきだ。フセイン政権打倒の正しさを強調することは欧米諸国によるイスラムへの攻撃、スンニ派への攻撃を改めて印象づけることになる。プロパガンダに長けたISはこうした発言を決して見逃さない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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