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ニンジンを切りながら「2期10年限り」と後継者を指名した英首相【2015年英総選挙(6)】

木村正人在英国際ジャーナリスト

「傲慢、僭越」

5月7日投票の英総選挙で政権2期目を目指すデービッド・キャメロン英首相(48)が23日、英BBC放送で「3期目は考えていない」と宣言した。

キャメロン首相(C)Number 10
キャメロン首相(C)Number 10

自宅の台所でニンジンを切りながらインタビューに応じたキャメロン首相の発言に英国の有権者は驚いたに違いない。総選挙を間近に控え、首相が自らの進退に言及するのは前代未聞だ。

キャメロン首相は、次の有力後継者として「第二のサッチャー」と言われる女性のテリーザ・メイ内相(58)、懐刀のジョージ・オズボーン財務相(43)、ライバルであるボリス・ジョンソン・ロンドン市長(50)の名を上げた。

「政界の一寸先は闇」と言われるのは日本も英国も同じ。

総選挙の行方も見通せないのに、政権を維持した場合、2期10年で首相の座を退き、2020年の党首選に向け、有力後継者3人を指名するとは、「明日の事を言えば鬼が笑う」と言われても仕方がない。

最大野党・労働党は「選挙はこれからなのに、2期目の政権を前提に次の後継者を口にするとは傲慢かつ僭越すぎる」と批判した。

回復してきた保守党の支持率

キャメロン首相のギャンブルは吉と出るか、凶と出るか。まず、政党支持率のトレンドから見てみよう。

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連立を組む保守党と自由民主党の支持率は2010年の総選挙後、有権者に不人気な財政再建に着手したため、下落した。

特に選挙で大学授業料無償化を唱えた自由民主党は政権に入ると一転して、授業料を3千ポンドから9千ポンドに引き上げることに同意したため、支持率は暴落してしまった。

欧州単一通貨ユーロ危機が燃え上がると、欧州連合(EU)からの離脱を唱えるポピュリスト政党・英国独立党(UKIP)が台頭。2014年5月の欧州議会選では26.6%を獲得して英国の第1党に躍り出てしまった。

同年9月のスコットランド独立を問う住民投票は44.7%対55.3%で否決されたものの、地域政党・スコットランド民族党(SNP)の支持率は急上昇してきた。

オズボーン財務相(C)altogetherfool
オズボーン財務相(C)altogetherfool

オズボーン財務相は英中銀・イングランド銀行総裁にカナダ中銀のマーク・カーニー総裁を抜擢。財政を大胆に削減するとともに法人税を引き下げるなど、景気回復と財政再建を両立させるのに成功した。

二大政党制の終焉

労働党のエド・ミリバンド党首(45)の指導力欠如もあって、保守党は支持率を戻してきている。今月19日の英紙ガーディアン調査によると、各党の予想議席数は下のグラフの通りだ。

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【与党】

保守党277議席

自由民主党25議席

【野党】

労働党269議席

スコットランド民族党53議席

英国独立党4議席

緑の党1議席

保守党と自由民主党を足しても302議席で過半数の326議席には届かない。労働党とスコットランド民族党を足しても322議席だ。

他の6つの調査でも、どの政党も単独で過半数を獲得できないハング・パーラメント(宙ぶらりんの議会)という予想が出ている。

英国伝統の二大政党制は今回の総選挙で完全に終止符を打つ可能性がある。英国は多党政治の時代を迎えた。混沌とした情勢の中で、キャメロン首相が自らの進退と後継者候補を指名した理由は何か。

3期目には造反が起きる

保守党のサッチャー首相も、労働党のブレア首相も政権3期目に党内の造反に遭い、失脚した。キャメロン首相が言うように「政権は2期で十分、3期は長すぎる」ことは歴史が証明済みだ。

EU残留か離脱かを問う2017年の国民投票を実施した後、キャメロン首相は辞任するという観測を打ち消す狙いもある。

しかし、最大の狙いは総選挙を有利に進めることにある。後継者レースの号砲を鳴らして時計の針を進め、新鮮さをアピール。労働党のミリバンド党首の停滞感を際立たせる。

ウクライナ危機では出番がなく外交・安全保障で存在感を失い、経済・財政政策でオズボーン財務相が頭角を現す中、メディアもキャメロン首相への関心を失っていた。

第二のサッチャーことメイ内相(C)ukhomeoffice
第二のサッチャーことメイ内相(C)ukhomeoffice

そこで、メイ、オズボーン、ジョンソンという3人の後継者を指名することでメディアの関心を引き付け、保守党内の求心力を強める策に打って出た。3人とも選挙戦で汗をかかざるを得ない。

5年後、メイ内務相が63歳、ジョンソン・ロンドン市長が55歳、オズボーン財務相は48歳。キャメロン首相の意中の人は、大学時代から血盟の契を結ぶオズボーン財務相だ。

ジョンソン市長(By Andrew Parsons/ i-Images)
ジョンソン市長(By Andrew Parsons/ i-Images)

これは明らかにメディアを利用した選挙キャンペーン以外の何ものでもない。労働党が話題をつくることができなければ、保守党が選挙戦の主導権を握ることになる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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