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だから量的緩和はやめられない 欧州も通貨安・株高に沸く

木村正人在英国際ジャーナリスト

欧州中央銀行(ECB)が9日、景気刺激策としての「量的緩和」に初めて着手した。ECBが市場から購入する債券は月額600億ユーロ(国債はこのうち400億ユーロと一部ではみられている)、一応の期限となる2016年9月まで続ければ総額1兆1400億ユーロとなる。

月額600億ユーロは年間7200億ユーロだから、日本円にして91兆7千億円。日銀のマネタリーベースの年間増加額80兆円を上回る。ECBのドラギ総裁は市場のツボをわきまえている。

単一通貨ユーロ圏の今年1月のインフレ年率(消費者物価指数、HICP)はマイナス0.6%、2月にはマイナス0.3%(推定)まで回復したものの、デフレ懸念の一掃が焦眉の課題。

長期金利を押し下げて、景気を刺激する。それが量的緩和の表向きの理由だが、別に大きな効果が2つある。

英紙フィナンシャル・タイムズ週末版は1面トップで大きなチャートを掲げた。量的緩和の効果として昨年12月1日時点で1ユーロ=1.25ドルだった為替が3月13日時点で1.05ドルと対ドルで急激にユーロ安が進んだ。

FT週末版の1面トップ
FT週末版の1面トップ

FTSEユーロファースト300インデックス(欧州の大企業300社のパフォーマンスを表す指数)は1385.3ユーロから1578.8ユーロにハネ上がっている。

ECBは、ハイパーインフレや戦争で通貨が瓦解してしまった苦い経験を持つドイツ連銀(ドイツの中央銀行)のインフレ嫌いの伝統を受け継いでいる。このため、景気刺激策としての量的緩和には極めて慎重な姿勢をとり続けてきた。

しかし、経済のデフレ化と長期停滞という「日本化」の症状が顕著になり、ドラギ総裁がドイツを中心とする欧州「北部」連合の不満を抑えこみ、やっとのことで量的緩和にこぎつけた。

デフレと「投資不足・貯蓄余剰」は密接不可分で、ユーロ圏の経常黒字(過去1年間、英誌エコノミスト)は3091億ドル。このうちドイツは2864億ドル、問題児のギリシャでも23億ドル。ユーロ安でドイツ車の輸出に拍車がかかると、ドイツの経常黒字はさらに膨らむことになる。

ちなみに中国は2138億ドル、日本は401億ドルの経常黒字国。経常赤字国の米国や英国から見ると、どうしてもっと使わないの(賃上げ、設備投資)ということになる。

日本の長期金利(10年債の金利)は0.41%。ドイツはなんと0.259%と日本より低い。100万円借りても金利は2590円。2年債や5年債の金利はマイナスである。

ユーロ圏は量的緩和よりギリシャのチプラス首相の言う通り緊縮策を即刻やめて、若者の雇用や設備投資など将来につながるカネを湯水のように使うべきなのだ。

黒田バズーカを意識して繰り出したドラギ・バズーカは安倍政権の円安・株高政策にも打撃を与えるだろう。安倍首相の登場と日銀の量的緩和、日経平均株価の推移を振り返っておこう。

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「ニッセイ・アセット・マネジメント 金融市場NOW」より

2012年9月、日経平均株価8,870.16円

自民党総裁選で安倍晋三元首相が選出される(株価はその月の終値)

2012年11月、9,446.01円

安倍総裁が政府・日銀で2~3%のインフレ目標を設定し、デフレ脱却のためにあらゆる政策を総動員すると表明

2012年12月、10,395.18円

衆院選で自民・公明両党が325議席、3分の2以上の議席を獲得する圧勝。安倍首相返り咲き

2013年4月、13,860.86円

日銀の黒田東彦総裁が「2%の物価目標を2年程度」で実現するために日銀が供給するマネタリーベース(資金供給量)を2年間で2倍にする異次元緩和(黒田バズーカ)を導入

2014年10月、16,413.76円

日銀は、長期国債の保有残高を約30兆円追加して年間約80兆円に相当するペースで増やすと発表(黒田バズーカ2)

現在、19,254.25円

株価連動政権と言われてきた安倍政権はわが世の春を謳歌している。電機大手の2015年春季労使交渉で、給与水準を底上げするベースアップ(ベア)が月3千円で決着する見通しとなった。14年の2千円を上回った。

賃上げが定着して、内需の拡大につながっていけば安倍首相の経済政策アベノミクスは一応の成果を収めたことになる。しかし、すべては日銀の量的緩和の上に成り立っていることを忘れるわけにいかない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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