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「失われた20年」日本型デフレを恐れる米国と欧州

木村正人在英国際ジャーナリスト

サマーズ氏「インフレが明らかになるまで利上げするな」

ローレンス・サマーズ元米財務長官が英紙フィナンシャル・タイムズへの寄稿で、今年半ばとの観測が根強くある米連邦準備理事会(FRB)の利上げについて、「インフレが誰の目から見ても明らかになるまで利上げするべきではない」との見方を示している。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで講演するサマーズ氏(筆者撮影)
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで講演するサマーズ氏(筆者撮影)

サマーズ氏によれば、市場は2017年末までに政策金利を1.6%に引き上げると予測しているのに対し、連邦公開市場委員会(FOMC)は平均で3.5%と予測している。こんなに開きがあるのは初めてだという。

米雇用統計によると、1月の非農業部門雇用者数(事業所調査、季節調整済み)は前月比25万7千人増加した。市場予想を上回る伸びを示しており、前月の32万9千人増も含めた3カ月間の増加幅は過去17年間で最大となった。

米商務省によると、昨年10~12月期の実質国内総生産(GDP、速報値)は年率換算で前期比2.6%増えた。14年を通した実質成長率は2.4%となり、13年の2.2%を上回る。米国の景気は回復したのでそろそろ利上げと言いたいところだが、サマーズ氏は慎重だ。

インフレ率のデータを見ると、過去6カ月にわたってコア消費者物価指数(CPI)は平均で1.1%。住宅にかかる費用を除けばゼロという水準だ。市場の指標はインフレ率は上昇するより下降する可能性があることを示唆している。

サマーズ氏はインフレやインフレ期待が明らかに2%を上回るまで利上げは行うべきではないと主張している。

貯蓄余剰と投資不足のワナ

サマーズ氏は「経済構造の変化によって貯蓄余剰・投資不足となったことで、完全雇用に見合う均衡金利(長い目でみて名目短期金利が行き着く先、自然利子率ともいう)が低下した」という仮説「長期停滞論」を説き、注目を集めた。

完全雇用を達成するためには、FRBのQEや日銀の黒田バズーカ(いずれも量的緩和)のように金融の安定性を犠牲にする政策が必要になってきた。

日本だけでなく、米国にも欧州にも長期停滞の影が忍び寄っている。技術革新が新たな需要を呼び起こすと長らく考えられてきたが、先進工業国では深刻な「需要欠乏症候群」が進行している。

日本の金融バブル崩壊や世界金融危機が原因というより、先進工業国は構造的な問題を抱えている。

スマホ片手に起業できる時代

オートメーションやICT(情報通信技術)の革新が人間の労働力にとってかわる。サマーズ氏は先のロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでの講演で「起業コストも10年前は500万~1千万ドルしたのに、今は50万ドルで済むようになった」と指摘した。

iPhoneは市場の需要を生み出したが、もはや消費者が使いこなせる能力をはるかに超えている。パソコンやタブレット、いやスマートフォン1つあれば起業できる時代がやって来た。技術革新はしかし、労働力を締め出し、設備投資を細らせる。

生産性の向上が投資を縮小させるという矛盾と悪循環。貯蓄が余り、投資が不足する状態が続けば、経済は停滞する。これが日本の「失われた20年」だ。

「日本はデフレと言っても失業率は低く、不幸だったとは言えない」という疑問に対し、サマーズ氏は「25年前、日本はジャパン・アズ・ナンバーワンと称賛されたのに、今は見る影もない」とバッサリ切り捨てた。

日本のインフレは1980年代半ばから減速し、90年代からほとんど物価は上昇しなくなっている。「貯蓄余剰・投資不足と一番関係していると思われるのはインフレ率だ」とサマーズ氏。インフレ期待が定着しない前に利上げすれば、米国は日本型デフレの二の舞を演じる。

それがサマーズ氏の危惧だ。

日銀の黒田バズーカ2でも2%の安定インフレを達成するのは難しそうだ。それでもデフレ脱却を確実にするためには量的緩和を続けるしかない。日銀の黒田東彦総裁も3度目の緩和をいつ、どんな形で行うか、それとも否か、思案六法だ。

新マーシャル・プランが必要な欧州

欧州は単一通貨ユーロ圏(19カ国)が第二次大戦後のマーシャル・プランのような大型投資を実行しなければ、間違いなく日本型デフレに陥るだろう。欧州中央銀行(ECB)が量的緩和を導入しても長期金利の利下げ幅が限られており、景気の刺激効果はほとんど期待できないからだ。

国際都市ロンドンで日本企業の動向を見ていると、少子高齢化で成長が見込めない日本国内より、少しでも高い利回りが期待できる海外案件に投資して配当を受け取る傾向が強まっている。

英国への日本の対外直接投資(国際収支ベース、ネット、フロー)をグラフにしてみる。円換算で、2013年の対英投資フローは1兆3084億円と過去最高(前年比38%増)を記録。国・地域別では、米国への4兆2933億円に次いで第2位になったそうだ。

(筆者作成)
(筆者作成)

驚くべきことに対中の8855億円を上回っている。しかし、対外直接投資がいくら増えても日本の国内需要は喚起できない。日本は脇目もふらず内需を喚起し、対内直接投資を増やすことに集中するのが正解だ。

黒田バズーカ2にも限界がある

量的緩和は万能薬ではない。「何もしないよりまし」だが、資産価格の上昇が貧富の格差を広げ、ゾンビ企業を生き長らえさせてしまう。当たり前のことだが、中央銀行のバランスシートを限りなく拡大させることはできない。黒田バズーカ2にもやがて限界がやって来る。

日本の悪いところは供給過剰になっているのに、ますます長時間、低賃金で働いて供給を増やしデフレを悪化させてきたことだ。貯蓄余剰になっているのにますます貯蓄し、金利を押し下げている。

ロボットやICT化の恩恵を享受して、もう午後5時以降、働くのは止めてしまおう。アフター5の時間はしっかり自分のために使おうではないか。

そうすれば新しい消費市場が生まれる。映画や音楽会、美術館、スポーツ、ジムなど新しい需要が生まれてくるはずだ。消費する時間をつくることで需要を掘り起こし、供給につなげていく。ビジネスプランがしっかりしていれば、起業のための低金利シードマネーは湯水のごとくある。

これからどんどんサイバー空間のインフラ整備が進んでいく。スマホやインターネットという21世紀のインフラを最大限に利用して、量より質、ハードよりソフト、製造業よりサービス産業にこだわる経済への転換、情報産業革命への適応を進める必要があるというのが筆者の誠に勝手な見解だ。

間違っていたらごめんなさい。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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