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自公「楽勝」でアベノミクスは後退 NYタイムズ紙は歴史修正主義を懸念

木村正人在英国際ジャーナリスト

自民党291議席、公明党35議席。自公両党は法案の再可決や憲法改正の発議に必要な全議席の3分の2を上回る326議席を獲得する「圧勝」、いや「楽勝」(英誌エコノミスト)だった。

安倍晋三首相はテレビなどのインタビューで「勝因」についてこう語った。

「経済最優先で政策を進めてきたことだ。来年もその翌年も賃金を上げて、景気の好循環をまわしていく。2017年4月に消費税率を10%に引き上げられるようにする」

憲法改正については次のように力を込めた。

「憲法改正は自民党の悲願であり、立党以来の目標だ。憲法改正は衆参両院で3分の2の多数派を形成しないといけない。そこに向かって努力していく」

投票率は史上最低の52.66%。小選挙区での自民党の得票数は2552万票で、民主党に惨敗を喫した2009年の2730万票より少ない。

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共産党は衆院で単独で法案を提出できる21議席を獲得。石原慎太郎元東京都知事が最高顧問を務める次世代の党は19議席から2議席と壊滅的な敗北を喫した。

安倍首相の悲願は「憲法改正」、経済政策アベノミクスも、今回の抜き打ち解散もそのための手段とみて良いだろう。各紙社説をみると――。

産経主張「自公圧勝 安倍路線継続への支持だ 規制緩和と再稼働で成長促せ」

・法人税減税や規制緩和を具体化し、企業活動を後押しせよ。

・円安に悩む中小企業の経営支援はもとより、最低賃金の引き上げにつながる事業環境の整備も。

・安全性が確認された原発の再稼働を。

・環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉の打開へ首相の強い指導力が求められる。

・憲法改正をめぐる与党協議にも着手すべきだ。

・集団的自衛権の限定行使を実際に可能にする安全保障関連法制を来年の通常国会で確実に成立させてほしい。

読売社説「衆院選自公圧勝 重い信任を政策遂行に生かせ」

・政策の基本的な方向は維持し、成長戦略など一部を補強することが、今の日本にとって、現実的かつ効果的な経済運営と言える。

・経済再生を最優先する方針を維持すべきだ。

・与党に対する国民の支持は、積極的ではなく、「野党よりまし」という消極的な面が強いことを、きちんと自覚する必要がある。

日経社説「『多弱』による勝利に慢心は許されぬ」

・野党のあり方を含めて日本政治の問い直しが迫られている。

・アベノミクスへの将来期待はそれが実績となり有権者にもたらされてはじめて評価されることを肝に銘じておく必要がある。

・ドリルで岩盤をくりぬき、政官業の抵抗勢力を押さえ込みながら、まずは成長戦略を実現、経済の好循環につなげていかなければならない。

朝日社説「自公大勝で政権継続 分断を埋める『この道』に」

・過去2年の政策がみな信任され、いっそうのフリーハンドで政策を進められると考えたとしたら、間違いだ。

・富はやがて社会全体に滴り落ちるという「トリクルダウン」を悠長に待つのではなく、抜本的な底上げ策が急務だ。

・特定秘密保護法や集団的自衛権、原発再稼働などをめぐり、安倍政権はいくつもの分断線を社会に引いた。分断された国民の統合に取り組むべきだ。

毎日社説「『冷めた信任』を自覚せよ」

・原発再稼働の是非、超高齢化・人口減少社会での社会保障のあり方、特定秘密保護法による情報管理などさまざまな課題はほとんど語られずやり過ごされた。集団的自衛権の行使を認めた憲法解釈の変更の是非すら与党は正面から提起しなかった。

・首相は何もかも授権されたかのように民意をはきちがえてはならない。

エコノミスト誌「楽勝 安倍首相は容易に勝ったものの、有権者からの権限委任は弱い」

「今回の総選挙は次世代の党など右派に打撃を与える一方で、共産党を押し上げた。(略)問題は安倍首相が新たに手に入れた政治資産を労働市場の柔軟化、農業改革など日本経済の構造改革のために使うかどうかだ。安倍首相は選挙期間中、構造改革という優先課題についてはほとんど言及せず、政権内の改革派を落胆させた。しかし、2年間で3度も選挙に勝ったことで、安倍首相はもう改革を先送りする言い訳はできなくなった」

フィナンシャル・タイムズ紙「低投票率にかかわらず安倍首相は政権基盤を強化」

「2四半期連続のマイナス成長、成長戦略の停滞、消費税再増税の先送り。他の国なら野党へのすごい追い風となっていたはずだ(しかし、日本ではそうはならなかった)」という在京フィナンシャル・アドバイザーのコメントを引用。

一番、急所をついていると思ったのが米紙ニューヨーク・タイムズのマーティン・ファクラー東京支局長のレポートだ。

ファクラー支局長は、今回の総選挙で自民党を応援した農協などの利益団体の既得権益を取り除くため安倍首相は岩盤規制に穴を開けることができるのかと問いかけている。

自公両党に衆院3分の2の議席を与えたのは史上最低の投票率と農協、日本医師会など自民党支持団体、創価学会の組織票だ。これまでの安倍首相をみると、利益団体の既得権益に手を入れるとは考えにくい。

ファクラー支局長は「安倍首相は集団的自衛権の限定的行使容認に関連する安全保障法制、歴史観の見直しに力を注ぐかもしれない」という政治アナリストの分析を紹介している。

NYタイムズ紙VS安倍政権

草賀純男在ニューヨーク総領事の投書が14日、NYタイムズ紙電子版に掲載された。4日付の同紙社説「日本で行われている歴史のごまかし」で、「安倍政権が右派の政治勢力による脅しを勢いづけている」と指摘されたことに対する反論だ。

「虚偽証言に基づく旧日本軍『慰安婦』報道を取り消した朝日新聞の元記者が脅されている事件について、菅義偉官房長官は記者会見で『そんな脅しや類似行為は決して許されない』と発言している」と草賀総領事は主張している。

英国の知日派の間でも日本が戦争の歴史を自分たちの都合の良いように書き換えようとしているという疑念が広がっている。

先の大戦はどう見ても旧日本軍の拡張主義が背景にあり、日本が引き金を引いた戦争だ。慰安所も旧日本軍の都合でつくられた制度なのに、「朝鮮半島の慰安婦は自らの意思で応募した」と言わんばかりの主張が国際社会で受け入れられることはない。

しかも終戦間際に資料を焼却してしまったのは日本側なのだ。

戦争の全体を議論せず、朝日新聞の誤報を力説しているようにしか聞こえない日本の外交官も欧米諸国の信頼を失い始めている。

朝鮮半島下の慰安婦強制連行を告発した吉田清治氏の証言がデタラメだったことやそれに基づく朝日新聞の報道が誤報だったことを強調するよりも、日本が旧日本軍慰安婦制度や南京事件、戦争捕虜(POW)虐待を含め、戦争中の過ちをどう総括し、二度と同じ過ちを繰り返さないためどんな取り組みをしているのか、戦後日本の歩みを丁寧に説明する方が日本の国益にかなっている。

NYタイムズ紙が指摘する「右派の政治勢力」がそうした努力を台無しにしているのは間違いない。安倍首相に貼られた歴史修正主義者のレッテルを剥がすのは難しい。安倍首相自身、かつては河野談話や村山談話の見直しを声高に主張していたからだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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