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日本の長期金利0.4%割る 放漫財政の日本は財政健全化のギリシャより安心?

木村正人在英国際ジャーナリスト

今日の論点

(1)ギリシャの長期金利が高騰、日本は下落

(2)ギリシャと日本の相違点と類似点に注目

(3)メルケル首相と安倍首相、どっちが正しい

フィッチも日本国債格下げを検討

欧州債務危機の震源地となったギリシャ。同国財務省の今年1~10月の財政統計によれば、基礎的財政収支(プライマリー・バランス、公債発行額および公債費を除いた財政収支)の黒字は政府目標を下回ったものの、26億5400万ユーロとなった。

方や、日本は消費税の再増税を先送りしたため、来年度に基礎的財政収支の赤字を2010年度比で半分に減らすという目標の達成が困難になった。20年度に黒字化という目標にも黄信号が灯っている。

このため、欧米系格付け会社フィッチ・レーティングスは9日、日本国債の格付けについて上から5番目の「A+」から引き下げる方向で検討すると発表、来年前半に結論を出すという。

日本国債の格付けをめぐっては米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスが1日、日本国債の格付けを「Aa3(最上位から4番目)」から「A1」に1段階引き下げたばかり。

ムーディーズ・ジャパンはこれを受け、2日、三菱東京UFJ銀行や三井住友銀行など民間銀行5行と、政府系金融機関の日本政策投資銀行、商工組合中央金庫、日本生命保険、ソニー生命保険の格付けを「Aa3」から「A1」に1段階引き下げている。

シャドーバンキング(影の銀行)問題を抱え、中国人民銀行(中央銀行)の政策金利引き下げで高利回り金融商品の破綻が懸念される中国より日本の信用格付けは低いと国際的には烙印を押されたわけだ。

それなのに、10日、日本国債の長期金利は約1年8カ月ぶりに0.4%を一時割り込んだ。

ドイツのメルケル首相に睨みつけられ、せっせと財政健全化に取り組んだギリシャの長期金利は一時5%台に落ち着いた。しかし、大統領選出をめぐり政治が混乱する恐れが浮上、ギリシャ株の指標は1987年以来の大幅下落、長期金利も8%を突破した。

日本とギリシャの違いと似ている点

欧州では最上級のトリプルAを失っただけで大騒ぎなのに、日本はシングルA格になっても不感症と言って良い状態。安倍晋三首相の経済政策アベノミクスの是非が問われる今回の総選挙にも日本国債の格下げは何の影響も与えていない。

有権者にとっては国際公約の財政健全化よりも、消費税再増税先送り、法人税減税、景気回復、社会保障の拡充が一番なのだ。

ギリシャと日本の相違点と類似点はいくつかある。

違う点(1)日本は自国の中央銀行を持ち、通貨を発行できる。日銀が政策金利を決定している。しかし、欧州単一通貨ユーロを採用しているギリシャ銀行(中央銀行)は通貨を発行することも政策金利を決めることもできない。

違う点(2)日本は国内で自国国債の大半(95%)を消化している。これに対して、ギリシャの金融機関が同国国債を保有する割合は限りなく低い。

違う点(3)日本は政権延命のため消費税再増税を先送りし、財政健全化が困難に。ギリシャはユーロ圏の締め付けで財政健全化に勤しむ。

違う点(4)ギリシャは長期金利が上昇しているのに対し、日本は一段と低下。

違う点(5)経常収支は過去1年間で日本は赤字化、ギリシャは黒字になっている(英誌エコノミスト)。

似ている点(1)国際通貨基金(IMF)の見通しでは日本の政府債務残高は2019年までに国内総生産(GDP)の245%に達する。ギリシャの政府債務残高は13年で対GDP比175%。

似ている点(2)日本銀行が保有する日本の長期国債の全体に占める割合は今年度末には25%に膨らみ、どんどん上昇する見通し。IMFや欧州中央銀行(ECB)、ユーロ圏が保有するギリシャ国債の全体に占める割合は2011年6月時点で5割を超える(エコノミスト誌)。

日本の政府債務は日本の金融機関、すなわち預金者である国民が負っている。これに対して、ギリシャはIMFやECBのほか、外国への借金がほとんどだ。さらに日本ではマネタリーベース(資金供給量)を自由自在に増やせる日銀が控えている。

蘇るのはどっちだ

経常収支が赤字になるということは単年度のフローでみた場合、家計や企業の貯蓄で政府の財政赤字を埋められなくなるということだ。日本国債の格付けはすでに「リスク資産」のシングルA格のため外国の金融機関に購入してもらうとなると、長期金利が跳ね上がる。

このため、家計や企業の資産を取り崩していくことになる。しかし、日本格付研究所によると、ネットでは家計の金融資産、企業の負債、政府の負債を合わせると200兆円ほどしか残っていない。財政赤字を穴埋めするため、毎年40兆円ずつ取り崩すと5年でなくなってしまう勘定だ。

日本全体で見た200兆円も、取り崩せるものと取り崩せないものがある。ストックがいったいどれだけ持つのかはっきりしない。将来世代へのツケ回しでバラマキを続けることがいつまで持続可能なのか。

金融機関の国際的な自己資本規制(バーゼル3)ではシングルA格の国債は「リスク資産」として取り扱われるが、自国国債の場合はリスクなしと判定されている。

このため、国内で貸出先が見つからない国内金融機関が日本国債をあわてて他の安全資産に持ち替える動きは今のところ出ていない。

しかし、日経新聞は10月末、20カ国・地域(G20)の監督当局でつくる金融安定理事会(FSB)について、ワシントン発で「現在、自国通貨建ての国債などはほとんどリスクがない資産とみなせるが、基準を厳しくして巨大銀に資本の積み増しを迫る狙いがある。欧州の案が実現すれば、多額の預金を国債で運用する日本のメガ銀や米大手銀への負荷は格段に高まり、国債市場にも波紋を広げる」と指摘している。

日銀のマネタリーベースは2014年末で270兆円。15年末で350兆円、16年末で430兆円。黒田バズーカ2は早ければ17年にも打ち止めとなる可能性がある。日銀が市場から総額で450兆円もの日本国債を購入するのは困難とみられているからだ。

経常収支が赤字に転落し、日本がこれまでの貯蓄を取り崩す状況になれば円安がさらに加速し、インフレが急激に進む。日本国債がシングルA格に引き下げられたことで、日本企業の資金調達に影響を与える恐れも膨らんでいる。

債務超過に陥った重症患者なのにメルケル首相から財政健全化という究極のダイエットと構造改革という筋肉トレーニングを強いられるギリシャの若年失業率は50%近い。

一方、アベノミクスでモルヒネを打ち続け、筋トレは放ったらかしの日本の失業率は3.5%でほぼ完全雇用を達成している。モルヒネが効いている間に日本経済が成長を取り戻すことができれば、アベノミクスは成功ということになる。

しかし、モルヒネはいずれ切れる。筆者はメルケル方式が正しいとは決して思わないが、痛みを伴う構造改革なしにアベノミクスが完結しないのも事実なのだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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