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シリアを空爆した米国と有志国の正当性は?

木村正人在英国際ジャーナリスト

空爆の根拠は

米国防総省のジョン・カービー報道官は22日、米国と有志国の軍がシリア国内にあるイスラム教スンニ派過激派組織「イスラム国」の拠点を対象に空爆を開始したと発表した。

湾岸諸国のサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、カタールと、ヨルダンが参加。ペルシャ湾北部と紅海に展開する米軍艦2隻から巡航ミサイル50発が発射され、米国と有志国の攻撃機が空爆を行った。

米軍は先月8日から、イラクでイスラム国に対する空爆を行っている。イラクではシーア派を優遇し、イスラム国の台頭を招いてしまったマリキ首相が辞任。今月8日に新政権が発足している。

イラク政府は米国などに「援助要請」を行い、米軍、フランス軍によるイラク国内のイスラム国拠点の空爆にお墨付きを与えた。

これに対して、シリアのアサド大統領は米国から空爆の事前通告を受けたとはいえ、米国に「援助要請」を行ったわけではない。

米国と隊列を組む有志国はスンニ派で、シーア派の過激分派アラウィ派のアサド大統領とは敵対関係にある。米国と有志国はいったい何を根拠に、シリア国内のイスラム国拠点の空爆に踏み切ったのか。

自衛権発動か

国連憲章は、国連の目的として「国際の平和及び安全を維持すること」を掲げる。そして国家が武力を行使することを原則として禁じている。その例外が「集団安全保障制度」「個別的または集団的自衛権」である。

米国と有志国のシリア介入は、平和が脅かされたり破壊されたりした場合、国連安全保障理事会の決定に従って集団的に強制措置をとることができるとした「集団安全保障制度」に基づくものではない。

だから、「個別的または集団的自衛権」に当たるかが、問題になる。

米中央軍司令官は「米国と欧米の利益に対して計画された差し迫った攻撃を粉砕するため」と表明しているが、今のところシリア介入の法的な根拠は明らかになっていない。

個別的自衛権の発動なら、次のような理由が考えられる。

米国に対する差し迫ったテロ攻撃を防止するため。米国人や英国人の人質がイスラム国に処刑されたため。

また、イラク駐留米軍や、周辺の有志国がイスラム国から武力攻撃を受けた場合、攻撃基地となっているシリア国内の拠点をたたくことは国際法上、正当化されるかもしれない。

しかし現段階で、イスラム国による武力攻撃が発生したと断言するのは難しいだろう。

では、米国と有志国は集団的自衛権を行使したのか。

集団的自衛権行使の要件

国際司法裁判所(ICJ)はニカラグア事件の判決(1986年)で集団的自衛権の行使要件について初めて踏み込んだ判断を示している。

事件の概要はこうだ。79年、ニカラグアに革命政権が誕生。米国のレーガン政権は81年、ニカラグアが近隣諸国の反政府勢力に武器を供与しているとして経済援助を停止、ニカラグアの反政府武装勢力の支援を始めた。

米国はニカラグアの港湾に機雷を敷設するとともに、空港、石油貯蔵施設などを攻撃。これに対して、ニカラグアは「国際法違反だ」とICJに提訴した。

ICJは、「武力攻撃の発生」が自衛権行使の要件であることを確認する一方で、集団的自衛権を行使するには、武力攻撃を受けた国による「事実の宣言」と「他国への援助要請」が必要であるとの判断を示した。

国際法上、第三国が自分の判断で集団的自衛権を行使することはできないという歯止めをかけた。

シリアのアサド政権はイスラム国と敵対しているとは言え、米国やスンニ派諸国の介入を招くことになる「援助要請」を行うだろうか。

一方、オバマ米大統領にとっては、アサド大統領が退陣し、宗派の違いを超えた新政権をつくり、集団的自衛権の行使要件となる「援助要請」を受けるのが最高のシナリオだ。

「秩序」を建設する

米英仏が主導してリビアに介入したときは、「国民の保護」を理由に、人道的な軍事介入を認める国連安保理決議が採択された。しかし、シリアの場合、アサド政権を支援するロシアのプーチン大統領が拒否権を発動する可能性が極めて強い。

英国の下院図書館が下院議員向けに用意した資料は「アサド政権からの援助要請がない限り、シリアでの軍事行動を法的に正当化するのは難しい」と指摘している。

中東・アフリカでは、イスラム過激派が台頭して、政府の統治が及ばない無秩序な「真空地帯」が次々と出現している。イラク、シリア、南スーダン、アフガニスタン、ソマリア、イエメン、ナイジェリアなどだ。

空爆で一時的にイスラム過激派をたたくことはできても、無秩序な「真空地帯」を解消することはできない。根本的な問題解決には、公正な政権の樹立、法の支配や人権の確立、市場の整備が必要になってくる。

果たして、オバマ大統領は、イラクとシリアにできた「真空地帯」を埋め、「秩序」を取り戻す計画を持っているのだろうか。

米紙ニューヨーク・タイムズの著名コラムニスト、トーマス・フリードマン氏が指摘するように「無秩序」を「秩序」に転換させるためには「建設」という作業が欠かせない。

建設するためには、オバマ大統領はスンニ派の有志国だけでなく、欧州諸国をはじめ、幅広い国際社会の連帯を構築する覚悟が必要だ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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