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【スコットランド大勢判明】英国分断は回避された 国のかたち問われた住民投票

木村正人在英国際ジャーナリスト

予想以上の大差

[エディンバラ発]スコットランド独立を問う住民投票は開票が進められ、19日午前5時20分(日本時間同日午後1時20分)現在、賛成45.72 %、反対54.28 %となり、英BBC放送は「NO(独立反対)」が過半数という予測を流した。これで、英国分断は回避される見通しとなった。

予想以上の大差がつき、スコットランド民族党(SNP)が主導してきた独立運動はこれで事実上、幕を閉じた。

住民投票では一部の独立賛成派と反対派が激しく対立、今後は関係修復が急務となる。保守・労働・自由民主の主要3政党はスコットランドの自治権拡大を約束しており、キャメロン首相とスコットランド自治政府のサモンド首相の間で課税自主権などの協議が進められる。

住民投票の結果を受け、ポンドが急騰、1ポンド=180円を突破した。一時は世論調査で独立賛成派が過半数を超す勢いを見せたが、最後は元の鞘に収まった。このまま勢いがつけば独立という状況になり、独立賛成から反対に変えた人が多かったようだ。

人気投票の世論調査と、自分の生活を直撃する住民投票となると、重みが違う。大手世論調査会社YouGovのピーター・ケルナー会長は英メディアに対し、「スコットランドの投票権者が独立賛成から反対に変えたのは経済的な理由からだ」との見方を示した。

国家とは何か

ウクライナではロシアのプーチン大統領が力づくでクリミア編入を強行。シリアとイラクではイスラム教スンニ派過激派組織「イスラム国」がカリフ国の建設を進めている。そんな中、議会制民主主義の本家本元・英国で、スコットランド独立が民主的な手続きによって問われた。

国家とは何か。国土と国民、そして主権が核となる3要素だ。グローバリゼーションの進展で、人・モノ・カネ・サービスの移動が自由になった。国家を構成する3要素の重要性は相対化され、19世紀型「国民国家」の輪郭はぼやけてきた。国家が相対化する中で、人工的につくられた超国家モデルが欧州連合(EU)の単一通貨ユーロ圏だ。

ギリシャは、経済の25%を失い、未来を担う若者は国外に脱出、財政主権を大幅に制約され、国家の体を失いつつある。

国民国家とナショナリズムは戦争によって形作られてきた。しかし、人・モノ・カネ・サービスが自由に行き来できるようになると、国家の本質は民族と国土ではなくなった。地政学的思考にとらわれたプーチン大統領が民族と国土の物語にこだわり、ロシアからは資本と人材の流出が止まらない。

シリア内戦では250万人が「秩序」を求めて祖国を後にした。アフリカのスーダン、エリトリアから5万2千人の難民がイスラエルに移住した。彼らはユダヤ教徒でも、イスラエルの価値を信奉しているわけでもない。「秩序」を希求しているだけだ、と米紙ニューヨーク・タイムズの著名コラムニスト、トーマス・フリードマン氏は解説する。

自らのアイデンティティーを何に求めるか

「無秩序」から「秩序」へ、人の移動が起きている。その一方で、イスラムに覚醒した欧米の若者たちが「カリフ国建設」という熱に浮かされ、「イスラム国」に流入している。戦闘に自らのアイデンティティーを見出し、残虐なテロ行為に誘われている。

超国家組織を目指すEUでは、スペインのカタルーニャ自治州、バスク地方、ベルギーのオランダ語圏、イタリア北部で分離独立ムードが高まっている。現在の国家や政府が自分たちの気持ちを代表しているとはとても思えないからだ。

先の欧州議会選では、フランスの国民戦線(FN)、英国独立党(UKIP)がそれぞれの国で第1党となった。こうした動きを読み解くカギはアイデンティティーである。

自分たちの政府が自分たちのアイデンティティーを体現していないという違和感。これをどう解消するか。武力にモノを言わせるか。それとも言葉を徹底的に戦わせることによって解決策を見出すのか。英国とスコットランドは民主主義に未来を問うことにした。

英国議会は政府と野党が対面して討論する構造になっている。双方から剣を伸ばしても切っ先が決して触れない距離だ。言葉の力で国の未来を切り開く英国伝統の民主主義が議場にデザインされている。

リーダー政治の終焉

昨年8月、英議会は対シリア軍事介入を285対272で否決した。首相が提案した安全保障案件が否決されるのは異例である。チャーチルやサッチャーの時代と異なり、政治指導者の言葉は有権者の心に響かなくなった。

英国のキャメロン首相に限らず、米国のオバマ大統領も事情は同じである。

今回の住民投票で、一番、説得力を持ったのは、スコットランド出身の労働党・ブラウン前首相だったように筆者は思う。

ブラウン氏の言葉はトップダウンではなく、スコットランドの未来を共有する一投票権者の視点で、ナショナリスト政党としてのSNPの限界をあぶりだす一方で、独立しなくてもスコットランド住民の生活を改善できる道筋をわかりやすく描き出した。政治の方向性は「垂直」から「水平」の広がりに、そして「一方通行」から「双方向」に移行している。

結局、スコットランド以外の価値を排除しさえすれば、スコットランドが抱える問題はすべて解消されるというSNPのナショナリズムは多数の支持を得ることはできなかった。SNPの原動力はその限界でもあったのだ。

英国の民主主義は、国家分断という危機の中で、新しい可能性を示した。英国の本質は、民族でも国土でもなく、「寛容」であり、「多様」であり、「言葉の力を信じる」という価値であることを改めて示した。排外的なナショナリズムが高まる日本も学ぶべき点が多いと思う。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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