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中国サイバースパイ、実力の程は?

木村正人在英国際ジャーナリスト

人民解放軍の産業スパイを起訴した狙い

米国と中国がサイバー空間で激しく火花を散らす中、ロンドンに拠点を置くシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のナイジェル・インクスター元MI6(英情報局秘密情報部)副長官が23日、「中国のサイバーパワー 政策と能力、そして収奪」と題して詳しく解説してくれた。

このサイトに飛ぶと、世界中で発生しているサイバー攻撃をリアルタイムで実感できる。

米国は今年5月に中国人民解放軍サイバー部隊の5人を起訴したのに続き、世界最大の航空宇宙機器メーカー、ボーイング社から軍用機の設計情報を盗み出していた中国人ビジネスマンを起訴している。

先の米中戦略・経済対話ではサイバー問題について話し合ったが、互いの主張を応酬するだけで終わってしまった。生き馬の目を抜く国際スパイの修羅場をくぐってきたインクスター氏の解説は米国と中国の本音が読み取れて面白かった。

「国家対国家のスパイ活動について制限を定める国際法は存在しない。しかし、産業スパイについては取り締まる国際法がある。政府には自国の知的財産を保護するという要請があるというのが米国の前提だ」

インクスター氏によると、中国はこうした米国側の主張を拒絶している。

「中国の研究機関の報告書は、スノーデン事件が明らかにしたように、米国は超大国としての政治・経済・技術と並ぶインターネットの圧倒的な優位性を利用して、同盟国まで監視するなどサイバー空間の覇権を追求していると指摘している」

国家対国家のサイバースパイはやりたい放題

中国側の主張では、米国の活動はテロ対策を越えて、自国の利益を追求しており、国際法に違反している。世界中の人権やサイバーセキュリティを危機に陥れるものだ。

インクスター氏の解説で一番興味をひいたのは、米国がサイバー空間のグレートゲームは従来のスパイ合戦と同じルールが適用されると考えていることだ。

サイバー空間での産業スパイはさまざまな法律を使って摘発するが、器物損壊や人への被害を伴わない国家のスパイ活動はやりたい放題というわけだ。

米司法省が人民解放軍サイバー部隊を起訴したことからもわかるように、米国はこれまで困難とされてきたサイバー空間での追跡技術を獲得した。中国がハッキングによって米国の知的財産を盗もうとした場合、軍人であれ、役人であれ、民間人であれ、徹底的に起訴するという方針を鮮明にしている。

その一方で、サイバー空間のグレートゲームはやりたい放題というルールを持ちだされたら、中国の連戦連敗は目に見えている。中国のサイバー能力は侮れないとはいえ、米国とはまだ格段の開きがある。

なぜ、中国は米国のサイバー作戦にこれだけ脆弱なのか。それは、パソコンは米マイクロソフト社のウィンドウズXP、携帯電話は米アップル社製を使っているからだと、インクスター氏は言う。

笑い話のようだが、ウィンドウズXPへのサポートが終了したため、皆が一斉にウィンドウズ8に切り替えようとしたため、当局からストップがかかったという。

独自の技術開発を急ぐ中国

今後は、中国独自の技術を開発し、入れ替えを進めていく方針だ。金融セクターも米IBM制の大型コンピューターを使っているため、中国製に切り替えるという。

筆者は「中国はWWW(ワールド・ワイド・ウェブ)のような技術まで自国で開発するつもりなのか」と質問すると、「その通りだ。実際にGPS(全地球位置把握システム)は独自に開発している。しかし、短期的に独自のインターネットを開発できるかと言えば、疑わしい」と解説してくれた。

米司法省が5月に、上海に拠点を置く人民解放軍総参謀部第3部第2局(61398部隊)に所属する将校5人を産業スパイなど31の罪で起訴したと発表した後の主な動きは次の通りだ。

衛星通信を傍受する61486部隊

クラウドストライク社が入手した61486部隊のアンテナ(同社の報告書より)
クラウドストライク社が入手した61486部隊のアンテナ(同社の報告書より)

米サイバーセキュリティ企業クラウドストライクは6月9日、上海にある総参謀部第3部第12局(61486部隊)が2007年から米国の政府、防衛企業、調査、技術セクターと欧州の衛星・宇宙空間産業を狙ってサイバースパイを行っていたと指摘した。スパイ活動の規模は、先に起訴された61398部隊の5人を上回っていた。

「Chen Ping」という名前で登録されたドメイン名が利用されており、クラウドストライク社はこのドメイン名からさまざまな写真を入手。ドメイン名の登録地点が61486部隊の所在地と一致することを突き止めた。

同

写真には大きなアンテナが写っていた。61486部隊は外国の衛星通信を傍受するなど、宇宙空間をベースにしたシギント(電子情報)収集を担当。総参謀部第3部が広く産業スパイにかかわっていた疑いが濃厚になっている。

7月に入って、米司法省がボーイング社をハッキングし、中国の企業に売ろうとしていたカナダ在住の中国人ビジネスマンを起訴した。このビジネスマンは拘束されており、米国側は身柄引き渡しを求めている。

中国人ビジネスマンは2009年から他のハッカーと共謀してボーイング社の軍用大型長距離輸送機C-17など65ギガバイト以上の情報を盗み出していた。さらに、ロッキード・マーチン社の最新鋭ステルス戦闘機F-22やF-35の情報も保有していた。

北京で開かれた米中戦略・経済対話は、人民解放軍の将校5人を起訴されたことに反発した中国が作業部会の開催に応じないなど、米中両国はサイバー空間で全面対決の様相を示している。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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