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安倍首相とイタリア首相 勝負の分かれ目

木村正人在英国際ジャーナリスト

イタリアのレッタ首相(47)は所属政党の中道左派・民主党(PD)内の支持を失い、14日、ナポリターノ大統領に辞表を提出する。現フィレンツェ市長のレンツィ民主党書記長(党首、39)がアルファノ副首相率いる「新中道右派」などと連立協議を進めるとみられる。

昨年4月に就任したレッタ首相は改革断行を掲げたが、脱税で有罪が確定、議会から追放されたベルルスコーニ元首相(77)が「フォルツァ(頑張れ)・イタリア」党を復活させて連立を離脱したことから一気に政権基盤が弱体化していた。

レッタ首相の構造改革が進まなかったため、昨年末の民主党党首選で67.6%の支持を集めたレンツィ書記長が「劇的な変化」を求めて首相の辞任を求めていた。13日開かれた民主党会合では136人がレンツィ書記長を支持、首相支持は16人にとどまった。

カリスマのレンツィ書記長は党内の求心力を回復できたとしても、議会の政治力学は変わらない。イタリアが構造改革を進めるためには選挙制度を改革して複雑な上下両院の政治構造を一変させる必要があるが、ベルルスコーニ氏ら守旧派の壁はかなり厚い。

筆者は昨年7月、ロンドンにあるシンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)で講演したレッタ首相に「日本とイタリアには非常に多くの共通点がある。敗戦、復興、経済成長、そして停滞と巨額の政府債務。今、日本は財政出動と金融緩和、成長戦略を組み合わせたアベノミクス、イタリアは財政再建と正反対の道を進んでいる。2つの国の未来をどう判断しますか」と質問したことがある。

レッタ首相はこう答えた。

「日本はアジア連合の一部ではないことが大きな違いだ。イタリアはEUの一部で、私たちは単一通貨と統合された中央銀行を持っている。イタリアはEUのプロセスの中にいなければならず、政策を共有している。日本の成長は世界の成長につながるので安倍晋三首相を支持する。アベノミクスの成功が欧州の成功にもなることを願っている」

レッタ首相は志半ばで退場。安倍首相の経済政策アベノミクスも景気の好循環を生み出せず、息切れし始めている。

最悪期には7%を超えていたイタリア10年物国債の金利は3.71%まで落ち着いた。しかし、失業率は12.7%、ことに若年失業率は41.6%と歴史的な水準に達している。財政再建で基礎的財政収支がいくら改善しても失業率が下がらなければどうしようもない。

安倍首相と違って、自国の中央銀行を持たないことがレッタ首相の構造的な限界だった。それはモンティ、レッタ、レンツィと首相が変わったとしても、欧州単一通貨ユーロという枠組みの中では変えようがない致命的な欠陥だ。

では、レッタ政権でどれだけイタリアの構造改革が進んだのか、世界銀行の「ビジネスのしやすい国ランキング」から見てみよう。イタリアの総合ランキングは2013年の67位から今年65位に改善した。

(1)ビジネスの開始手続き 90位(13年84位)

(2)建設許可の取得    112位(同101位)

(3)電気の使用      89位(同86位)

(4)財産登記       34位(同54位)

(5)クレジットの利用   109位(同105位)

(6)投資家保護      52位(同51位)

(7)納税         138位(同135位)

(8)国境を越えた貿易   56位(同58位)

(9)契約履行の強制    103位(同140位)

(10)支払不能問題の解決  33位(同30位)

イタリアはG7(先進7カ国)の一角をなすが、すでに「先進国」というのは名ばかりの状態になっている。日本の総合ランキングは、と言えば2013年の23位から14年は27位に順位を下げている。個別の項目を見ると。

(1)ビジネスの開始手続き 120位(13年113位)

(2)建設許可の取得    91位(同73位)

(3)電気の使用      26位(同26位)

(4)財産登記       66位(同64位)

(5)クレジットの利用   28位(同24位)

(6)投資家保護      16位(同16位)

(7)納税         140位(同133位)

(8)国境を越えた貿易   23位(同24位)

(9)契約履行の強制    36位(同36位)

(10)支払不能問題の解決  1位(同1位)

海外から見ると、イタリアほどではないにせよ、日本も「ビジネスがしやすい国」とは言い難い状態になっている。

ちなみに総合ランキングの1位シンガポール2位香港、3位ニュージーランド、4位米国、6位マレーシア7位韓国、11位オーストラリア、16位台湾18位タイ。日本は成長著しいアジアの中でも急速に魅力を失っていることがわかる。

安倍首相は6月をメドに取りまとめる「新成長戦略」で雇用や農業、医療の分野を中心に構造改革を進める考えだ。日本の「岩盤規制」をドリルで粉砕できるのか。歴史問題はそろそろ終わりにして、アベノミクス「第三の矢」の構造改革・成長戦略に集中してほしい。もう、待ったなしだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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