Yahoo!ニュース

「さまよえる靖国」戦争の真実と和解(9)謝罪リスク

木村正人在英国際ジャーナリスト

米ダートマス大学のジェニファー・リンド准教授は昨年11月、米外交雑誌フォーリン・アフェアーズに「謝らなくてごめんね」というタイトルの論文を発表した。

「戦後60年以上が経っても東アジアの関係は冷え込み、西欧の雪解けと硬直したコントラストをなしている。ドイツは何度も公式に謝罪、賠償・補償を行い、欧州と和解したのに対し、アジアでは過去の侵略に対する日本の謝罪は不十分とされている」

「しかし、世界的な標準はドイツではなくて、日本なのだ。多くの国は過去の残虐行為をごまかし、自国の戦没者を追悼してきた。東京だけでなく、ワシントン、ロンドン、テヘラン、テルアビブ、世界中の保守派が論争を巻き起こし、謝罪要求に対して声高で否と答えてきた」

日本でも、謝罪が中国や韓国のさらなる謝罪要求や国内保守派の反発を呼び起こし、戦後和解の助けにならなかったことは1990年代の河野談話、村山談話を見ても明らかだ。

戦後世代の子供・孫世代になっても日本の戦争責任について謝罪や償いが必要なのか。

平和主義に徹してきた日本に比べ、米国のオバマ政権は今も無人航空機でイスラム過激派を暗殺、巻き添えで無辜の女性や子供たちを殺し続けている。

1発目の犠牲者を助けようと集まった一般市民に向けて2発目のミサイルを撃ち込むという非人道的な作戦がオバマ大統領の承認の下、行われている。

安倍晋三首相の靖国参拝について、在日本米国大使館から「失望した」と子供のように叱責されたことについても、今のドライな若者たちは「国際社会の正義は欺瞞と矛盾に満ちている」とお見通しなのだ。

ドイツのように謝罪しなさいと一方的に非難される日本だが、河野談話、村山談話に続くアジア女性基金による元従軍慰安婦への償い事業を進めた日本はドイツ型の戦後和解を求めてきたと筆者は思う。

しかし、国内保守派の反発だけでなく、国内左派、右と左が激しくやり合う国内メディア、韓国の反日ナショナリズム、中国共産党の反日・愛国教育に挟撃され、日本の和解努力は呆気なく崩壊した。

しかし、元戦争捕虜(POW)に対する残虐行為がトゲになっていた日英の和解は比較的うまく行った。それでも戦後約60年の歳月を要した。植民地支配と侵略の記憶が生々しく残る韓国や中国との戦後和解は戦後100年以上を要する難事業なのかもしれない。

「日本だけが許してもらえるまで謝罪すれば済む問題なのか。国家賠償と言ったって、政府債務残高が国内総生産(GDP)の240%に達した日本のいったい誰が負担するのか。私たち世代は日本人とはいえ、罪を受ける立場ではない。過去を明らかにし、もう二度と起こさないようにすることこそ本当の誠実さだと思う」

こう語るのは、先の大戦で戦争捕虜がたくさん出た英ケンブリッジで元捕虜と日本人の間をつなぐ活動「ポピーと桜クラブ」を展開した歴史学者の小菅信子・現山梨学院大学教授だ。

クリスチャンの小菅教授は、国民国家が誕生するまで神が戦争の正義を裁き、許しを与えたと説く。「平和」とは神の許しを得て戦争を「忘却」することであった。

しかし、宗教的権威の失墜、フランス革命などによる社会の民主化、国民国家のナショナリズム、国際法の発達で「平和」すなわち「忘却」することではなくなったという。

戦闘員と非戦闘員の区別がなくなった第二次大戦では、戦争責任を負う国、つまり敗戦国の中に、犯罪者である加害者と、犯罪者にだまされた被害者という「線引き」を行い、加害者の罪を問うことで戦勝国民による敗戦国民への私的復讐を防ごうとした。

小菅教授はしかし、「東京裁判は戦後和解を構築する試みとしては意義があったが、ナチスの人道犯罪を裁いたニュルンベルク裁判に比べて質が落ちるというのが国際法学者の共通認識。戦勝国の正義を敗戦国に押し付けた失敗から、法的拘束力のある国際戦犯法廷は、1990年代の旧ユーゴ国際戦犯法廷まで開かれていない」と指摘する。

さらに、東京裁判で日本を裁いた戦勝国の多くがアジアを支配していた国々だったこと、裁判当時は植民地主義が国際犯罪ではなかったことから、戦勝国と同様、日本の植民地支配が裁かれることはなかった。日本は世界に先駆け、植民地支配の罪を中国や韓国から問われたのだということもできる。

実際に欧州では戦勝国の植民地支配の法的責任を追及する動きが出始めている。英国は先の大戦で、熱帯性疾患に耐性があるガーナの若者をジャングルのビルマ戦線に動員。戦後、約束の履行を求めてデモするガーナの若者たちを射殺する事件を起こしている。

「当事者は忘れたいのだが、忘れられるのは無念だ。だから記録する。裁判形式だと、記録は残り有罪者は処罰される。苦難の記録は残すが裁かないという形式の和解が南アフリカの初代黒人大統領ネルソン・マンデラ氏らによって示された」と小菅教授は語る。

心から懺悔することが理想的だが、現実問題として謝罪は反動を引き起こし、和解の妨げになることすらある。だから日本は口先だけの謝罪を繰り返すよりも、加害の過去を直視し、認める方がアジア諸国との関係を改善できるだろうと、前出のリンド准教授は論文を締めくくっている。

領土・従軍慰安婦問題もあって日中、日韓関係は非常に難しくなっている。日本は主権国家のプライドを守りながら、戦後積み上げてきた談話と和解努力をしっかり踏み固め、過去を直視する誠実さが求められている。

2006年の日中首脳会談で日中有識者による歴史共同研究の立ち上げで一致したのは安倍首相である。加害の過去を否定するような戦後談話の見直しは状況を悪くするだけだ。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事