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化学兵器使用のシリアを懲罰的攻撃へ 米英仏

木村正人在英国際ジャーナリスト

米英仏によるシリア攻撃が時間の問題となってきた。

シリアのアサド政権が化学兵器を使用したとされる問題で、米国のヘーゲル国防長官は27日、英BBC放送に「オバマ米大統領がとろうと望むすべての選択肢に応じられるよう戦力を移動した。準備は整えた」と発言。キャメロン英首相も同日、「手をこまぬいてみているわけにはいかない」と述べた。

国際軍事情報会社IHSジェーンズ・ディフェンス・ウィークリーのジェレミー・ビニー中東・アフリカ編集長は「アサド政権が二度と化学兵器を使用しないように懲罰を加える目的で、アサド政権の化学兵器の貯蔵庫だけでなく主要な軍事施設に対して、地中海に展開している米駆逐艦4隻や英原子力潜水艦1隻から巡航ミサイル・トマホークで攻撃を加えるだろう」との見方を示した。

これまでのところ判明している政治日程は次の通りだ。

8月28日 英政府が国家安全保障会議(NSC)を開催

8月29日 英議会でシリアへの懲罰的攻撃を承認する議決

9月1日まで 国連調査団がダマスカスに滞在

米NBCは米政府高官の話として早ければ8月29日から3日間、シリアへの攻撃を行う可能性があると伝えた。しかし、国連調査団が化学兵器使用を調査するためダマスカスに滞在しているため、シリア攻撃は国連調査団がシリアを退去してからになりそうだ。

国連安全保障理事会常任理事国5カ国のうちロシアと中国はシリアに対する懲罰的攻撃に反対。ロシア政府は「アサド政権が化学兵器を使用した証拠はまだはっきりしない。シリア攻撃は破滅的な結果を招く」と主張している。

米英仏3カ国の懲罰的攻撃を支持しているのはトルコとイスラエル。米英仏3カ国が主導したリビア軍事介入では国連安保理で棄権に回ったドイツのメルケル首相は9月22日に総選挙をひかえているため、態度を明らかにしていない。

米英仏3カ国はアラブ連盟加盟国の支持を取り付ける方針だが、レバノンは反対している。

オバマ大統領が参考にしている1990年代のコソボ軍事介入ではロシア、中国が反対したため、国連安保理の決議を回避して、北大西洋条約機構(NATO)が空爆を実施した。リビアのときと同様、今回もNATO加盟国の支持をどれだけ広げられるのかが懲罰的攻撃を正当化する大きなポイントになりそうだ。

英国のリチャード・ダナット元国防参謀長はしかし、英民放チャンネル4ニュースなどで「国連安保理の決議なしにシリアを攻撃するのは誤りだ」「シリアに関してオバマ大統領に固まった戦略があるのかどうか疑問だ」と懐疑的な見方を示した。

ダナット元国防参謀長はアフガニスタンとイラクという2つの戦争の後始末で非常に苦労した経験を持つ。

シリア内戦の激化で犠牲者はすでに10万人、トルコなどに避難した難民は170万人を超える。しかし、反政府勢力側が一枚岩でない上、国際テロ組織アルカイダ系イスラム武装組織が反政府勢力に加わっていることなどから、欧米諸国はシリア内戦に本格的に介入するのを躊躇してきた。

アサド政権の背後にはイラン、ロシアが控え、レバノンのシーア派組織ヒズボラも戦闘に加わるなど、シリア内戦の地政学リスクはリビアの比ではない。

今回はアサド政権に化学兵器の使用を思いとどまらせるための懲罰的攻撃で、アサド政権と反政府勢力の軍事バランスを変えるものではないとはいえ、どのような反作用、副作用をもたらすか予測がつかない。

オバマ大統領は2年にわたってアサド大統領の退陣を求めているものの、ダナット元国防参謀長が指摘するように内戦終結に向けた明確なビジョンを欠いている。そんな中、7月にマーチン・デンプシー米統合参謀本部議長が示した軍事オプションは次の5つだ。

(1)限定的なミサイル攻撃

(2)シリア反政府勢力への訓練と助言

(3)飛行禁止区域の設定

(4)緩衝地帯の設定

(5)化学兵器貯蔵庫の管理

オバマ大統領は化学兵器使用を「越えてはならない一線」と表明してきた手前、犠牲者が数百人に達する見通しの今回、行動を起こさなければ国際的な信認を失う恐れがある。

このため、シリアの領空に入らずに攻撃できる(1)を選択することでアサド政権に懲罰を加える一方で、シリア内戦の泥沼に巻き込まれるのを回避したともいえそうだ。

ダマスカス近郊で21日、アサド政権が化学兵器を使用したと反政府勢力が主張。国際緊急医療援助団体「国境なき医師団」は24日、神経毒性物質が原因とみられる症状で約3600人が手当てを受け、うち355人が死亡したと発表した。

24日には国連で軍縮を担当するケーン事務総長補がダマスカス入りしたものの、化学兵器が使用されたとされる現場には近づけなかった。26日には国連調査団の車両が狙撃される事件が起きている。(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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