アンジェリーナ・ジョリーの選択

米人気女優アンジェリーナ・ジョリーさん(37)が米紙ニューヨーク・タイムズへの寄稿「私の医学的な選択」の中で、がん抑制遺伝子(BRCA1)の変異が見つかり、予防のため両乳房の全摘手術(ダブル・マステクトミー)と再建手術を受けていたことを告白した。

ジョリーさんの選択と、それを支えたパートナーのブラット・ピットさん(49)の愛情をたたえたい。ジョリーさんの告白は、女性が抱える乳がんリスクとそれを予防する遺伝子検査の重要性、全摘手術への偏見と再建手術への希望にスポットライトを当てた。

「ダブル・マステクトミー」と宣告されたショックと、それを受け止められるようになるまでの葛藤は、乳がんを患った女性とその家族でなければなかなか理解できないだろう。

あれは2年前の4月だった。一緒に暮らしていたパートナーのふみさんが「左乳房にゼロ期のがんがあるといわれた」と言って、ふさぎ込んだ。乳房の変なしこりが気になって、ふみさんは検査を受けてきたのだった。

インターネットで調べた僕は「ゼロ期なら早期発見できて良かったよ」と返事した。ゼロ期ではがん細胞はまだ乳管内にとどまっている。

次の診察から僕も病院に付き添った。がん科医はふみさんに向かって「あなたはがんです(ユー・ハブ・キャンサー)」と容赦なく言い放った。合気道4段、旧ユーゴ内戦の取材経験もあるふみさんは茫然自失の状態だった。

がん科医の説明に、うなずくばかりで何も質問しないふみさん。英語力ではとてもかなわない僕が代わりに質問した。

人間、不安になると、努めて楽観的になろうとするものだ。左胸の乳房温存手術ならダメージも少ないし、ゼロ期なら抗がん治療も受けなくて済む。

ふみさんの自慢はロングヘア。抗がん治療を受ければ、副作用で全部抜けてしまう。そんな不安をかき消すように、僕は「ゼロ期、ゼロ期」とふみさんに言い聞かせた。

1週間後の診察。がん科医が「温存手術」と言ってくれると望んでいたが、宣告は「ユー・マスト・ハブ・ダブル・マステクトミー(あなたは両乳房全摘手術を受けなければならない)」。「えっ、マステクトミー。しかもダブル」と僕は絶句した。

左胸はゼロ期だが、右胸にはすでに乳管を突き破っているがん細胞が複数発見されたという。

衝撃は計り知れなかった。ふみさんの両乳房がギロチンでちょん切られ、抗がん治療でロングヘアは1本残らず抜け落ちる。そんな姿が目の前に浮かんで、史さんが不憫でならなかった。それにしても、がん科医は血も涙もない。もっと優しく言えないものか。

ふみさんはロンドンで手術を受けるか、それとも日本に帰国するのか、決めなければならなかった。

英国の場合、NHS(国家医療制度)で医療費は全額税金で賄われる。ロンドン暮らしが20年以上に及ぶふみさんが日本に帰国した場合、国民健康保険に加入し、治療の種類によっては自己負担分が生じる。僕はふみさんの決断に従うことにした。

医療費の負担もさることながら、英国では乳がんを専門に扱うブレスト科があり、臨床例もたくさんあった。日本では分離されている摘出手術と再建手術も同時に行なってくれるという。何より、ふみさんの田舎には、乳がんの専門医は多くなかった。

日本なら温存手術という選択もあったかもしれない。しかし、ふみさんと僕はジョリーさんとピットさんと同じように命の確率を選んだ。ロンドンに残って「ダブル・マステクトミー」を受けるという選択だ。

僕はふみさんの治療を優先することにし、東京の上司に「パートナーの女性が乳がんと診断され、両乳房の全摘手術を受けるので、配慮してほしい」と電子メールを送った。上司からは何の返事もなかった。

その2週間後、午前3時に携帯電話がなった。「東京に異動だ。行き先は決まっていない」と上司から連絡があった。ミッドライフ・クライシスとはよく言ったもので、大変なことになってしまった。ワーキング・ビザがなくなればロンドンには残れない。

ふみさんを放っておくわけにはいかない。上司への返事は先送りした。地獄に仏はいるものだ。その日は再建手術を担当する医師と面会する予定だった。がんを切り取るがん科医と違って、再建手術の担当医は仏さまのように後光が差していた。

担当医は白紙に鉛筆を走らせ、どんな手術をするのかわかりやすく説明してくれた。インターネット上にはダブル・マステクトミーを受け、乳房を失った女性の写真があふれている。しかし、担当医は乳輪の部分を繰り抜いて、その穴(直径3~4センチ)から乳管や乳房の脂肪細胞を取り除けると説明した。

僕たちが乳輪のように目を丸くして「そんなことできるんですか」と質問すると、担当医は「それをするのは医師の仕事ですから心配しないで」と頼もしいことをいう。

その穴からシリコンのインプラントか自分の内股の筋肉を入れて再建できるという。感染リスクが低い筋肉の移植をふみさんは選択した。

表情をなくしていたふみさんの頬に光が差した。女性の乳房を蘇らせる再建手術の担当医は、まさに天国から遣わされた魔法の王子様のようだ。しかも、後で乳首まで再建してくれるという。

ジョリーさんの手術は乳首を残すため11週間にわたり3回に分けて行われた。その間、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の特使を務めるジョリーさんはヘイグ英外相とともに中央アフリカ・コンゴ(旧ザイール)の避難民キャンプを訪れ、紛争下で性的暴行を受けた女性らと面会していた。

ヘイグ外相はジョリーさんが両乳房の全摘手術を受けながら、それを一言も言わずにコンゴを訪れていたことにびっくり仰天してしまった。ピットさんが「絶対的ヒーロー」とジョリーさんをほれなおしたのもうなずける。ジョリーさんは女の中の女である。

従軍慰安婦問題をめぐる発言でニューヨーク・タイムズ紙に取り上げられた橋下徹大阪市長とは大違いだ。

ジョリーさんの2回目の手術は8時間を要したそうだが、ふみさんの全摘同時再建手術は出血が止まらず再手術が行われ、結局、集中治療室から出てきたのはまる1日近く経ってからだった。

ふみさんの実家から手伝いに来てくれた妹のひろちゃんと僕はホッと胸をなでおろした。

看護婦さんがパッチワークのように縫い付けられた「乳輪」に診療機器を当てると「トックン、トックン」と福音のような音がする。「移植した筋肉にうまく血が流れていますよ」と看護婦さんが優しく説明してくれた。

1カ月、看病を手伝ってくれたひろちゃんが帰国した後に始まった抗がん治療は想像していた以上に大変だった。仕事と看病で僕の睡眠時間は2時間を切った。髪の毛を守る方法も確立され、ショートヘアにしたふみさんの髪の毛は生き残った。

僕は会社を退職する覚悟を決める一方で、異動を待ってもらった。その間、ふみさんと結婚手続きを済ませ、結婚ビザを取得した。英国人の友人が申請書類をチェックしてくれた。スペイン人やイタリア人や日本人の友人もふみさんを励ましてくれた。本当にうれしかった。

抗がん治療は半年以上に及び、仕事はボロボロになったが、栗原はるみさんの本を読んだ僕の料理の腕は素晴らしく上達した。でも、もう、あんな辛い思いはしたくない。ふみさんはもっとしんどかっただろう。

ジョリーさんはBRCA1、BRCA2の変異を調べる遺伝子検査は米国では3千ドル(約30万円)以上かかると書いている。ふみさんもこの検査を受けたが、リスクはゼロと診断された。NHSの英国では遺伝子検査は無料で、治療手順の中に組み込まれていた。

ジョリーさんが指摘するように姉妹や母親、伯母さんや叔母さんが乳がんにかかった人はすぐに検査を受けた方が良い。

慶応大学病院のホームページには、初回受診時には8820円、2回目以降4620円の受診料がかかるとある。女性手帳を配るのなら、乳がんの早期発見と治療に対しても十分な啓蒙が必要だろう。

ジョリーさんはBRCA1に変異があり、乳がんリスクが87%、卵巣がんリスクが50%と診断された。しかし、ダブル・マステクトミーで乳がんのリスクは87%から5%に減った。

遺伝子検査でBRCA1、BRCA2の変異が認められた女性の選択肢は2つだ。ダブル・マステクトミーで乳がんリスクを減らすか、乳がんの検査を頻繁に行ってがんの発生がないことを祈り続けるか。医師と相談して、女性は選択しなければならない。

でも、ダブル・マステクトミーを怖がる必要はない。ふみさんの乳首をつけてくれた担当医は「どこが良いですか」と乳房にマルをつけ、僕たちを笑わせてくれた。昨年6月、僕は会社を退職して、2人で日本に一時帰国。ふみさんは堂々と胸を放り出して温泉につかったそうだ。

卵巣がんリスクが解消されたわけではないが、ジョリーさんはこれで実子、養子を含め6人の子供たちに「あなたたちは乳がんで母親を失うことはありません」と伝えることができるという。ジョリーさんの告白に多くの人が助けられ、勇気づけられると思う。

ジョリーさん、ありがとう、感謝します。

(おわり)