油断は禁物 アベノミクス第2の関門
「出動」から「再建」
ロケットスタートに成功したアベノミクス。対ドルで円安は20%進み、日経平均は40%上昇した。賃上げする日本企業も出てきた。デフレで冷え込んだ日本経済にようやく春が訪れている。
日銀の黒田総裁は28日、参院で「市場の期待を裏切らないように大胆な緩和を行っていく」と述べ、「2%の物価安定目標が達成されるまでやっていく」と強いコミットメントを表明した。
日本メディアはアベノミスク一の矢「大胆な金融緩和」に焦点を当てた。一方、英紙フィナンシャル・タイムズは、黒田総裁が「増大する政府債務は持続可能ではない」と述べたと伝えている。
国際通貨基金(IMF)は今年、日本の政府債務は国内総生産(GDP)の245%に達すると予測している。
積極緩和派の黒田総裁も政府の債務レベルに「高すぎる」「異常だ」と警戒感を示した。
20年物国債の金利は過去10年で最低の1・41%。日銀が国債を大量購入するため、「日本売り」で荒稼ぎしたい欧米ヘッジファンドも退散、買い相場になっていることが背景にある。
長期金利が低下する中、麻生副総理は27日の記者会見で、「こういったものは一瞬で変わる」と指摘した。
「国債に対する信用がなくなれば、いきなり今度は売られる可能性が十分にある」と財政再建に取り組む姿勢をにじませた。
GDPの245%に達した政府債務を減らすのは並大抵の苦労ではない。英国は大戦後、250%前後の政府債務を解消するため、塗炭の苦しみを味わった。
竹中平蔵氏の採点
「産業競争力会議」のメンバー、竹中平蔵・慶応大学教授は25日、ムンバイでの講演で、アベノミクスの将来を占った。
(1) 大胆な金融緩和
一の矢は放たれた。物価上昇に賃金上昇が追いつかなければ、国民の不満がたまる。安倍首相は財界に異例の賃上げ要請を行った。
(2) 機動的な財政出動
短期的には補正予算を組んで、景気刺激策を打った。しかし、中・長期的な財政再建の道筋はまだ示していない。二の矢は道半ばだ。
(3) 成長戦略
三の矢は議論の真っ最中。「小さな政府、規制緩和」派と「政府が産業界に介入」派に分かれている。
竹中氏は「一の矢と二の矢は政治リスクが少なく、簡単に放てるが、三の矢は痛みを伴う」と指摘する。
産業競争力会議でも、官僚が産業界への影響力を拡大しようと虎視眈々で、「規制緩和派の私はマイノリティー」と語った。
竹中氏は、アベノミクスは「3つの矢」という戦国武将・毛利元就(もとなり)の故事から来ていることを紹介した。
「3つの矢を束ねれば、強くなって折ることはできない。アベノミクスも3つの矢が一つになって初めて、効果を発揮する」
また、特権商人の独占を排した楽市・楽座を取り上げ、「日本のサムライ社会には規制がなかった」とユーモアたっぷりに語った。
円安はさらに進む
会場から、「アベノミクスは通貨戦争を引き起こす」などの疑問が寄せられた。
竹中氏は過去5年間、対ドルで50%、対韓国ウォンで60%も円高が進んだと指摘。2007年には1ドル=120円超だったことを考えると「まだ円安が進む余地がある」と予測した。
環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加は「必要不可欠」で、構造改革、規制緩和の引き金になると評価した。
交渉のカギとなる農業について「日本の農産物はとてもおいしい。輸出産業に転換する底力がある」と逆転の発想を示した。
リーダーシップ
IMFは今年、世界経済の成長率を3・5%(昨年3%)と予測。EU(欧州連合)のマイナス0・2%を除き、米国2・2%、中国8・2%、インド5・9%と順調に回復している。
一方、日本経済についてはIMFと日本政府の見通しが異なり、不確実だという。
順調に船出した安倍首相が長期政権を築くためには、夏の参院選で勝って衆参両院で過半数を獲得する必要がある。
竹中氏は「安倍首相も小泉首相のようなリーダーシップを発揮できれば、日本経済を再生できる」とエールを送った。
一の矢も難しい
しかし、一の矢について、リフレの代表格、英紙フィナンシャル・タイムズの経済コラムニスト、マーティン・ウルフ氏はコラムで「しばらくの間、もっと過激な方法が必要なのかもしれない」と警告している。
1997年から年率2%のインフレが続いていれば、物価は今より3割高かった。年3%の成長が続いていれば、名目GDPは今の4割増だったと、ウルフ氏は指摘する。
このギャップを解消しようと思うなら、想像を絶する過激な緩和策が必要だという。ウルフ氏は選択肢として財政ファイナンスも排除していない。
「過ぎたるは及ばざるがごとし」と言われるが、及ばざればデフレから脱却できず、過ぎたれば財政が発散するリスクが生じる。
景気良く聞こえるアベノミクスに油断は禁物だ。
(おわり)