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キプロス救済のペイオフは金融システムに傷残す 巨大ファンド創業者が読む世界羅針盤(8)その2おわり

木村正人在英国際ジャーナリスト

――当初、積極緩和派と言われていた佐藤健裕、木内登英の両審議委員が2%のインフレ目標導入に反対したと報じられましたが

「2人は2%という数字をインフレ目標として掲げるのか妥当かどうか議論すべきだと言っています。2%という目標が意欲的過ぎる、高すぎるのではないか、日本の巡航速度を見ながらデフレを脱却するべきではないのか、ということだと思います。緩和に消極的というより、目標に対してそれが正しい目標なのかを議論すべきではないかという問題提起をしていると思います」

――白川前総裁のサヨナラ会見についてどう思われますか

「白川前総裁は『激動の5年だった』と振り返りました。最後になって緩和に対して積極的ではなかったとか、デフレ克服に失敗したとかというコメントが多く散見されましたが、前半に起こったリーマン・ショックのときや東日本大震災のときに積極的に緩和を行い、円貨のみならず外貨の供給を行いました。こうした措置により日本の金融機関が資金調達・外貨調達に支障を来たすことがないよう適切な手段をとったことでは評価されて良いと思います。デフレ克服と積極緩和が最後にスポットライトを浴びたようですが、リーマン・ショックによる金融マヒ状態の日本への伝染を防いだという意味では大きな功績があったと思います」

――それほどリーマン・ショックの影響が大きかったということでしょうか

「いまだに欧州はその時の影響を引きずっています。リーマン・ショックを伝染させなかったということでは白川前総裁は非常に大きな貢献をしたと思います」

――インフレが起きないまま長期金利が上昇する可能性はあるのでしょうか

「それは十分にあると思います。マネタイゼーションととられるような緩和をすればそうなる可能性は十分にあります。今のロジックでは新発の国債を買わないとか、日銀が直接、政府の債務を引き受けない、金融商品としての国債を市場から買って資金供給しているのであれば、今の議論ではマネタイゼーションとは言われていません。結果的にはマネタイゼーションになっているのかもしれませんが。直接マネタイゼーションを行なっていると疑われるような振る舞いを厳に戒めることが黒田新総裁には課されていると思います」

――アベノミクスは機動的な財政出動を2本目の矢に挙げていました

「確かに当初はそういう雰囲気はありました。しかし、今は、国債の発行額も民主党政権下よりも低く170兆円に抑えて目配せしながらやっています。適度な財政を打ち、15カ月予算として切れ目ない執行を行い、日銀にプレッシャーをかけながら金融面でもやれることをやって来ました。前回、アベノミクスは120点と言いましが、今もそれを変えるつもりはありません。夏の参院選に勝つために何か財政を打ってくるんではないかと言われていましたが、それも今のところないようです」

「一方で本当にやらなければいけないTPP(環太平洋経済連携協定)についても日本風にアレンジして交渉参加を表明しました。日米関係についても民主党政権下に比べ、非常にうまく改善しつつあります。民主党政権とは意識的に違う手法を使って市場や支持率にインパクトを与えようとしている側面を見せているのは事実だと思います」

「今回、為替が円安に急速に振れている中での先進7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議でしたが、米国と非常にうまくコミュニケーションを取って叩かれないような形にまとめ、また先の日米首脳会談でもTPP交渉参加表明を前面に出してうまく対処しました。財政も金融も今、打たなければいけない手を、手を変え、品を変え、何とかくぐり抜けてきています。今までの民主党政権下の首相は理念先行で、党内議論を進めるとお粗末な面を露呈しましたが、安倍政権はすべての面で及第点がつきます。それが支持率にも表れていると思います」

――日本がアジアの新規株式公開(IPO)ランキングでトップに躍り出ました

「3月第1週に外国人の株式購入額が1・1兆円になって、小泉内閣の時よりも大きい資金が流入しました。外国人も日本の株の上昇に乗り遅れまいとしています。アベノミクスによる構造変化から日本に資金が集まってきていることに注目して、今まで数年間アンダーウェイトだった日本への投資の割合を増やしているのは事実だと思います」

――キプロスと、欧州連合(EU)の欧州委員会、欧州中央銀行(ECB)、国際通貨基金(IMF)のトロイカが支援枠組みで合意、これをユーロ圏財務相会合が承認しました

「『キプロス2大銀行をデフォルト(債務不履行)させ、処理費用は預金を没収して捻出せよ』というかなり過酷な内容です。先ほど、ユーロ圏財務相会合が発表した声明の要旨は以下の通りです」

(1)キプロスで2番目に大きいライキ銀行(Laiki Bank)はただちに破綻処理。株式、債権、預金保険対象外預金をフルに毀損させる。※10万ユーロ以上の預金はほぼ全額毀損とみられる 。

(2)Laikiはグッド・バンクとバッド・バンクに分割し、バッド・バンクは今後清算する。

(3)Laikiのグッド・バンクは、国内最大のキプロス銀行(Bank of Cyprus、BoC)に吸収する。これに伴い90億ユーロの緊急流動性支援を実施。

(4)BoCの預金保険対象外預金は資本増強が完了し、一定の条件を満たすまで預金封鎖を行う。

(5)ECB理事会は既存のルールによりBoCに流動性を供給する。

(6)BoCの株式と債権は全額毀損させる。

(7)BoCの預金保険対象外預金を「預金の株式化」することで資本比率を9%まで高める。※9%達成時の預金の毀損率は不明 。

(8)EU法制に準拠し、全銀行の10万ユーロまでの預金は全額保護される。

(9)トロイカからの融資(上限100億ユーロ)はLaikiとBoCの増資には流用しない。

「この過程で2大銀行(Laiki、BoC)の10万ユーロ超の預金は封鎖され、大幅に毀損するか株式に交換されます。トロイカからの融資を大手2銀行の増資に使用することは禁じられ、当初案に比べ、キプロスにとっては過酷な内容となりました。3月22日に可決した銀行破綻処理枠組みを使用するため、新たな議会承認は不要でしょう。この措置のもと銀行は26日に営業を再開する見込みです」

「中堅以下の銀行と2大銀行の10万ユーロ未満の預金は流出がみられるでしょうが、ECBによる緊急流動性支援により資金繰りは支えられるでしょう。周辺国に預金取り付けが伝播しなければ、突然市場を騒がせたキプロス問題は一応の解決を見るとみています」

「ただし、ユーロ圏では、過剰債務の整理手法としてペイオフ(破綻処理による、預金保険の10万ユーロ以上の部分の毀損)が行われることを示したことになりました。EUは国境を越えて税金と債務の移転をしないという条約を守りましたが、危機再発時の預金流出リスクを高め、金融システムに傷跡を残したといえるのではないでしょうか」

――どんな影響があるでしょうか

「今、世界的に資産価格が上昇しています。一転してリスク・オフになってしまう環境下にはないと思います。2010年や2011年に見られたような危機の伝染は起きないと考えています。これがもしEUの銀行救済策の一環だとすると、たとえばバランスシートの問題を抱えているスペインとかイタリアの銀行にも適用されるのかという問題が出てきます」

「最初は預金の額にかかわらず預金者に一律負担を求めたというのはEUもECBもリスクを取ったと思います。それが伝染しないと彼らも踏んだので、やってみたのだと思います。キプロスの場合、経済規模では無視できると思いますが、EUもECBもロシア資金のタックスヘイブン(租税回避地)になったりマネー・ロンダリングの舞台になったりしているキプロスを好ましくないと以前から思っていました」

――どうしてリスク・オフにならないのでしょうか

「リーマン・ショックからかなり時間がたってきて、特に米国の家計を中心にバランスシートの調整が終わりつつあるということだと思います。米国の消費が改善し、財布のヒモを締めていた米国の企業も投資を活発化させてきました。米国もバランスシートの改善に成功して家計並びに企業もそれぞれが強さを見せていることがリスク・オンの背景だと思います」

「欧州もイタリアとスペインが市場に参加できるようになったことでセンチメントは大幅に改善しています。ただ、欧州の実体経済は今年もおそらくマイナス成長という形で低迷しています。センチメントが上がっている間に実体経済が底割れせずに戻ってくるのか、それともやっぱりダメだということになるのか、メルケル独首相が今年秋の総選挙で破れてセンチメントも下がるのか、それは6カ月後にわかることです」

――英国の予算が発表されました

「オズボーン財務相は就任以降、比較的、緊縮財政を行っており、一方、成長戦略に向けて、財政のサポートが少なすぎるという批判を真っ向から浴びています。英経済の成長はロンドン五輪があったにもかかわらず保守党政権になってから非常に低迷しています。緊縮財政の緩和を求める声に対して、今回の予算はほぼゼロ回答だったと思います。量的緩和を含めた金融政策のあり方を少しずつ変えていこう、景気刺激ができないかと政府内で働きかけて、それをイングランド銀行にインフレ目標以外の目標を持たせることを検討している最中だと思います。それを現在のキング総裁の下ではなくてカーニー新総裁を迎える7月からやっていくことになるでしょう」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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