Yahoo!ニュース

「白」から「黒」へ日銀レジーム・チェンジ2つの柱 巨大ファンド創業者が読む世界羅針盤(8)その1

木村正人在英国際ジャーナリスト
浅井将雄さん(木村正人撮影)

債券系ヘッジファンドではロンドン最大級、総預かり資産でもヘッジファンドとしてはロンドンのトップ5に肩を並べる資産運用会社「キャプラ・インベストメント・マネジメント」を共同創業した浅井将雄さんに、黒田東彦(はるひこ)新総裁による日銀のレジーム・チェンジやキプロスの金融危機についておうかがいした。

――黒田日銀の第一手は

「一部では臨時決定会合のウワサもありましたが、その可能性も低く、4月3、4日の決定会合で大胆な金融緩和について議論されることが既定路線になっています。大胆な金融緩和の中身についてこれまでの黒田新総裁の発言内容からみてみると、限りなく緩和をするためにまずは大量の国債、一部はETF(指数連動型上場投資信託)、REIT(不動産投資信託)も買っていくことになるとみられます」

ETF:証券取引所に上場し、株価指数などに代表される指標への連動を目指す投資信託

「白川前総裁は資産買入基金(APP)による無期限の国債購入を2014年1月から行うと表明しましたが、白川前総裁が行なってきたスキームの前倒し、並びに、そのスキームの下で満期が1~3年の国債を5年もしくはそれ以上、10年程度まで広げて買い入れることも視野に入れているのではないかと言われています」

APP:白川総裁が中央銀行として異例のETFやREITを買い入れるために創設した基金

「岩田副総裁、中曽副総裁やすべての審議委員が緩和に前向きで、国債を中心とした資産買い入れを行い、若干の日銀当座勘定の付利の引き下げ、現行の10ベーシスポイント(ベーシスポイントは0・01%なので0・1%のこと)から5ベーシスポイント(0・05%)に下げていくということが議論される可能性があります。中曽副総裁がゼロ金利にすると『月面の静かな海』と指摘したように短期金利がなくなる恐れがあるので、ゼロ金利に対する抵抗はありそうです」

日銀当座預金への付利:預金の払い戻しに備えて銀行などに義務づけられている準備預金を上回る部分(超過準備)に付けられる金利。現在は年0・1%。日銀当座預金に利子を付ければ金融機関はそれより低い金利で資金を貸そうとしなくなるので、短期金利の下限になるとされる。

月面の静かな海:中曽副総裁は福井日銀時代のゼロ金利政策で「短期金融市場では金融取引がまったくなくなり、市場が死んでしまった」と指摘し、その状況を非常に問題だとして「月面の静かな海」と表現した。

――量的緩和とAPPはどう違うのでしょう

「日銀がやることとは別に、日銀が何を議論していかなければならないのかという問題が別にあります。日銀がレジーム・チャンジをするために何をやらなければならないのか。日銀の通常の国債買入(輪番)に対する日銀券ルール、国債購入に対して日銀券の発行内でやっていくという日銀輪番と、APPという日銀が資金を出して基金形式で購入する二つのやり方がありました」

「これについて、黒田新総裁は『複雑でわかりづらい』と言っているので、どこかの段階でこれを是正することになってくると思います。まず日銀券ルールの撤廃、これは、財政ファイナンス懸念を回避する役割を果たしていました。しかし、金融緩和の制約となってきており、これを見直すことで買い入れ額・買い入れ年限を一挙に伸ばすことができるため、日銀券ルールの撤廃をまず議論しなければなりません」

「基金を通して資産を購入していく場合、日銀券ルールの枠外のもとでの緩和手法となります。さらに短期国債に焦点があてられており、マネタイゼーションと一線を画すものとしています。しかしながら基金方式を拡大してより長期の国債を買い進めた場合、国債の金利が急騰したり、株やETF、REITを大量に買った場合、その資産が大きく下落したりすると損失が発生してしまいます。その損失を埋めるために、日銀の資本を増強するか、日銀が持てるリスク額の増強をしなければなりません。日銀の資産購入に伴って損失が発生した場合、政府が損失を保証するようなスキームを練っていかなければならないと思います」

「この二つが白(白川前総裁)から黒(黒田総裁)への変化だと思います。白から黒へのレジーム・チャンジの柱となるのは金融緩和の仕方よりも日銀券ルールの撤廃と日銀の損失許容額についての対応策です」

――黒田総裁は「買えるものはいくらでもある」とおっしゃっていますが

「同じような発想として米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長が『ヘリコプター・ベン』『ヘリコプター・マネー』の異名を取りました。バーナンキ議長は、1930年代の大恐慌はFRBの通貨供給不足が原因だとみています。どんどんお札を刷ってヘリコプターからバラまいて、買えるものは何でも買うと言っていたバーナンキ議長がリーマン・ショック以降、実際にその言葉を実行に移したわけではありません」

「リスク・プレミアム(リスクに対して支払われる対価)を縮小させるために、インパクトを与えるものについて購入を検討していくということです。市場全体でリスク・プレミアムを縮小させるようなものについて購入を検討していくということだと思います。黒田新総裁の発言から読み解くと、第一に、より長期の国債を購入することによって長期リスク・プレミアムから縮小させることから手掛けていくと思います。消費者物価指数(CPI)が上がらない場合は、それ以外の資産、つまりREIT、ETF、その他の資産の購入を考えていくんだと思います」

――90兆円の銀行券ルールを撤廃すると無制限で買えることになってしまうのでしょうか

「はい。今回、日銀がやっていこうという政策はマネタリーベースを増やす。マネタリーベースというのは日銀券と日銀当座預金残高を合わせたものです。日銀が市中から国債を買えば対価のキャッシュが金融機関に入って日銀の当座預金に積まれていきます。90兆円ぐらいの日銀券に加えて、日銀の当座預金を大量に増やしていくことになります。福井総裁時代に行われた量的緩和というのは約30兆円を日銀当座預金のメドとして大量の資金供給を行いました。白川前総裁の下ではそれより大きい50兆円に達しています」

「黒田新総裁の下で、それを80兆円とか90兆円に持って行きます。日銀のマネタリーベースは今、130兆円ぐらいですが、170兆円、180兆円というところまで行くということが現象面で現れてくると思います。マネタリーベースを増やすことで間接的にいかに為替に影響を及ぼしていくかということに日銀はチャレンジすることになります」

――浅井さんは日銀のバランスシートは国内総生産(GDP)の40%まで膨らむと予想されていましたね

「170兆、180兆円だと日銀のバランスシートはGDPの30数%です。40%まではまだ少しある。2%のインフレに到達しようとすると、非常に高い数字まで持って行かなければなりません。あまりにもパーセンテージが大きくなるとマネタイゼーション(中央銀行が政府の財政をまかなうこと)とみなされる可能性があります。早い段階で資産購入額を増やしてマネタリーベースを増やし、市中にオカネを流し込む。それでリスク・プレミアムを縮小し、為替に働きかけることを重視しながらCPIを上げていくことが今、日銀に求められていることだと思います」

――バーナンキ議長は中央銀行のバランスシートが増えると金融危機のリスクが増えると言っていますが

「2008年から現在にかけて、日銀のバランスシートの伸びよりFRBの伸びの方が大きくなっています。それが大きくドル安につながったのは間違いありません。出口政策をしていく時にバランスシートが大きいと市中から資金吸収する額が大きくなるので、金融危機が発生するリスクも大きくなると思います。ただ、凍りついた消費者ローンや学生ローンを買って市中に資金を流したり、リスク・プレミアムを縮小させたりするものであれば、それは金融緩和策として効果があることをバーナンキ議長自身も認めています。バーナンキ議長はQE(量的緩和)3でバランスシートを大きく広げる政策をとって、450億ドルの国債と400億ドルのモーゲージを月々、購入してバランスシートを急激に膨らませています」

――黒田新総裁は資産インフレを考えているのでしょうか

「黒田新総裁は資産インフレではなく期待インフレに働きかける政策を直接取ってくると思います。中央銀行が資産インフレを志向するとは考えられません。期待インフレ率を上げるために市中に資金を流し込みながらリスク・プレミアムをどんどん縮小させる。そうすると人々はよりリスクのあるものに向かい出すので、それがインフレに波及するように金融面から働きかけるのだと思います。日銀だけではそれはできなくて、政府の成長戦略、民間も含めすべてのセクターが期待インフレに働きかけるような動きをしない限り、CPI2%は実現しないと黒田新総裁もはっきり明言していると思います」

――英中央銀行・イングランド銀行や欧州中央銀行(ECB)内では一部にマイナス金利の導入を検討する声もあります

「2年物の国債金利が0・05%を下回るレベルにありながら、日銀当座預金の付利が0・1%というのは間違っていると私は思います。市中金利よりも日銀の当座預金の金利が高いので、銀行に対する日銀の補助金のような形になっています。日銀は当座預金を今の市中金利と同程度まで下げていく必要があると思います。そうしないと日銀が本来は収益として国庫に収めるべきものを市中の銀行に収益として回しているのと同じ事になると思います。付利について、これまでの執行部がやってきた政策に私は疑義を感じています」

「しかし、日銀当座預金の付利を市中金利と同程度まで下げると、2つ問題が出てきます。ゼロにしてしまうと中曽副総裁が言うように短期金利の取引が非常に細くなります。短期金利が市場として機能しなくなります。これを中曽副総裁は『月面の静かな海』と表現しています。私もその通りだと思います。もう1つは、日銀が付利を下げ過ぎると、バッファーが少なくなって、日銀のオペレーションに応じない銀行が出てきて、日銀のオペレーションがやりにくくなるという弊害もあります。マイナス金利もそうですが、預金が非常に細くなって日銀のオペレーションがやりにくくなるという問題が出てきます」

――黒田新総裁がとる大胆な金融緩和のリスクは

「日銀の当座預金が一定以上になると金融機関から市中にオカネが流れていきます。そのためには、膨大な買入を日銀がやり続けなければなりません。あまりに日銀のバランスシートが大きくなりすぎると、日銀は出口をどうするかということを当然、考えなければいけません。白川前総裁は副作用を恐れて過大な緩和を避けてきたと思います。ただ、黒田日銀は将来の副作用よりも目の前にあるデフレという病巣を完治していくことが大切だということで一致しているようです。それで政府と日銀が合意しているということだと思います」

「実際にマネタイゼーションととられたときに金利が急騰するリスクがあって、それが日銀のバランスシートを直撃する恐れがあります。2%のインフレ予想が定着し、成長が1%だとすると約3%まで長期金利が上昇することになるということだと思います。日銀が国債を購入している間は長期金利を押しつぶしておくことができると思いますが、財政が発散し始めると長期金利にリスク・プレミアムが1%、2%とどんどん上乗せされていきます。欧州債務危機でポルトガルやスペイン、イタリアの国債金利が急騰したように、日本の場合は長期金利にリスク・プレミアムが加算されて利払いが膨らむと財政が発散する恐れがあります。それがデフレ下で起きると非常に経済的にダメージが残ります。その副作用を知りながら、目先2年間、デフレという病巣と戦うのが黒田日銀のマンデートになっていると思います」

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事