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尖閣とフォークランド 「植民地主義」のレトリックには警戒が必要だ

木村正人在英国際ジャーナリスト

フォークランド住民投票の背景

南大西洋の英領フォークランド諸島で10~11日の日程で、英国への帰属を明確に示す初の住民投票が行われた。人口2900人のうち投票権を持つ1672人のほぼ全員が賛成票を投じる見通しだ。

31年前のフォークランド紛争で英国に敗退したにもかかわらず、なお領有権を主張するアルゼンチンが外交圧力を強めていることが背景にある。

沖縄・尖閣諸島をめぐって中国人民解放軍が「戦争に備えよ」と指示したと伝えられる中、フォークランドと尖閣問題の相似点、相違点を検証した。

1982年、アルゼンチンの軍事政権が突然、フォークランドに侵攻。サッチャー英首相は武力による奪還を決断、74日間の戦闘の末、勝利した。死者は英国255人、アルゼンチン649人、フォークランド住民3人にのぼった。

アルゼンチンの軍事政権は反体制派を弾圧、最大3万人の行方がわからなくなった「汚い戦争」への国内批判をかわすため、フォークランドに侵攻したといわれている。

かつて7つの海を支配した英国はケイマン、バミューダなど14の海外領土を持ち、フォークランドはその1つ。外交と防衛は英国が受け持ち、フォークランドには住民代表の立法議会がある。

フォークランドは1833年以降、英国の支配下にあり、現在、6~7世代に当たる住民がいる。これに対して、アルゼンチンは1767年にスペインから継承したと領有権を主張している。

90年代、アルゼンチン側が歩み寄り、フォークランド、英国との間で雪解けが進んだ。しかし、ネストル・キルチネル大統領が登場した2003年以降、フォークランド周辺での海底資源開発の協力が完全にストップした。

妻のクリスティナが07年に大統領に就任してから、アルゼンチンと英国の緊張はさらにエスカレート。昨年、紛争30周年を利用してクリスティナは「フォークランド返還」を外交の最優先課題に掲げ、英国に外交攻勢をかけた。

尖閣問題との相似点、相違点

中国もアルゼンチンと同様に、尖閣問題で言動をエスカレートさせている。尖閣、フォークランド問題の相似点、相違点を列挙すると。

【相似点】

・周辺海域で石油や天然ガスなど海底資源の埋蔵が確認された。

・中国もアルゼンチンも諸島の領有権に加え、「大陸棚」の権益を主張している。

・日本も英国もかつて帝国だったため、中国もアルゼンチンも「植民地主義」のレトリックを持ち出している。

・中国でもアルゼンチンでも不買運動が起きた。

・日中、英国・アルゼンチンの緊張がエスカレートしている。

・日本と英国の同盟国・米国は領土問題に立ち入らずとの立場を示している。

【相違点】

・アルゼンチンは外交圧力を強めているが、武力を使う気配はない。中国海軍は自衛艦に射撃管制レーダーを照射するなど武力行使ギリギリまで接近している。

・キャメロン英首相は「フォークランドが侵略されるようなことがあれば、戦争も辞さない」と明言、アルゼンチンとの緊張を高めている。安倍政権は「尖閣への公務員常駐は選択肢の一つ」と中国を牽制する一方で、対中関係の改善策を探っている。

・フォークランドとの距離は英国が約1万3000キロと離れているのに対し、アルゼンチンは約500キロと近い。尖閣の場合は石垣島から170キロ、中国本土から330キロで、日本の方が近い。

・フォークランドには人が住み着いているが、尖閣諸島は無人。

・ヒラリー・クリントン前米国務長官が、尖閣は日本の施政権下にあると認めた上で、「日本の施政権を害そうとするいかなる一方的な行為にも反対する」と中国を牽制。フォークランドをめぐって米政権は英国とアルゼンチンに領土交渉を促している。

情報戦の強化を

相似点の中で最も注意を要するのが、中国もアルゼンチンも「植民地主義」のレトリックを持ち出していることだ。

フォークランドで住民投票が行われたのは、英国帰属下での「自決権」を世界にアピールするためだ。フォークランド住民のほとんどは「自分たちのアイデンティティーは第1にフォークランド人、第2に英国人」と考えている。

しかし、クリスティナの外交戦術は巧妙だ。

「フォークランドを植民地支配する英国」という構図を描いて、フォークランド住民を領有権争いから排除する。キャメロンを「帝国主義者」に仕立て上げ、国内だけでなく、南米、国連を通じてフォークランド返還交渉を呼びかけている。

31年前の紛争で活躍した短距離離陸機ハリアーが退役したため、英国は2020年まで空母による前方展開ができない。このため、最新鋭戦闘機ユーロファイター4機、ミサイル駆逐艦1隻をフォークランドに配備した。

アルゼンチン側は「英国は原子力潜水艦まで南大西洋に展開している」として、軍拡、核拡散のレッテルを英国に貼ろうとしている。

高失業率、公共セクター改革の遅れから国民の目をそらしたいクリスティナの外交戦術にキャメロンは振り回されてしまっている。

クリスティナは南米諸国連合、南部共同市場(メルコスル)のチャンネルを通じて、フォークランドの旗を立てた船、英海軍の艦艇などの入港禁止を呼びかけた。ブラジルやペルーは実際に英艦艇の入港を拒否した。

クリスティナの「植民地主義」キャンペーンは左寄りセレブの共感を呼び、米俳優ショーン・ペン、英ミュージシャンのモリッシー、元ピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズが「フォークランドはアルゼンチンの領土」と言い出した。

国連の総会や非植民地化特別委員会でもアルゼンチンは外交攻勢を強め、ヒラリーは英国に対して、アルゼンチンとの領土交渉の手助けを申し出た。領土問題は存在しないとの立場の英国にとって、米国の申し出は「迷惑極まりない」話なのだ。

「アルゼンチンは英国にいじめられている。フォークランドはその象徴」というキャンペーンは一定の成果を収めている。フォークランドの住民投票は、アルゼンチンの外交戦術への対抗手段なのだ。

一方、中国は昨年12月、東シナ海で大陸棚の延伸を求める申請書を国連の大陸棚限界委員会に提出した。尖閣を含む沖縄トラフ(海溝)まで大陸棚が広がっており、海底資源の開発権は中国にあると主張する内容だ。

東シナ海で領海侵犯、領空侵犯、レーザー照射など圧力を強める中国は「尖閣は中国の領土」との外交攻勢を欧州で強めている。

昨年9月、英キングス・カレッジ・ロンドンのアレッシオ・パタラーノ講師に日本は尖閣問題にどう対処すべきかをインタビューした記事を拙ブログ「木村正人のロンドンでつぶやいたろう」で紹介した。

しばらくすると、中国の当局者が「記事を拝見した。意見をうかがいたい」とパタラーノ講師を訪れ、「尖閣は中国の領土だ。くれぐれも間違わないように」と釘を差して帰ったそうだ。

英メディアは日本人の目から見て比較的、正確に尖閣問題を報道しているが、他の欧州主要国は中国になびいているという声が聞かれる。知人の元米外交官は「日本は紛争回避のため尖閣問題を国際司法裁判所に持ち込むべきだ」と考えている。

領土問題は存在しないとの立場の日本にとって、尖閣問題を国際司法裁判所に持ち込むことは譲歩を意味する。領土問題を国際社会に認知させたという意味で中国はすでに大きな「戦果」を収めている。

中国はフォークランド問題でアルゼンチン支持を表明。クリスティナは「植民地主義」をキーワードに南米、アジア、アフリカなど旧植民地諸国の連帯をさらに広げる構えだ。世界金融危機で先進国の衰退が顕著になり、中国、インド、ブラジルなど新興国が台頭したことがアルゼンチンの強気を後押ししている。

このネットーワークに中国が加わり、「尖閣は日本帝国主義の象徴」という情報戦を展開すると、日本にとってかなり厄介なことになる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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