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身代金か、救出作戦か

木村正人在英国際ジャーナリスト

アルジェリア南東部イナメナスの天然ガス関連施設で起きた人質事件の救出作戦について、英国のキャメロン首相は18日午前11時(日本時間同日午後8時)、下院で「関連施設は広範囲にわたっており、アルジェリア政府による救出作戦は継続している」と述べた。キャンロン首相は、アルジェリア政府が人質の安全よりイスラム過激派の殲滅を優先させ、英国などに作戦の実行を事前通報しなかったことに強い不快感を示した。

首謀者、モフタール・ベルモフタール司令官は身代金を得るため、これまで人質を殺害したことはないともいわれる。テロリストの要求に屈して身代金の交渉に応じるか否かをめぐって国際社会の対応は二つに分かれている。

1977年のダッカ日航機ハイジャック事件では福田赳夫首相(当時)が「一人の生命は地球より重い」と述べ、身代金支払いと超法規的措置として過激派メンバーを釈放し、批判を浴びた。

イスラム過激派による身代金目的誘拐事件とテロ多発に苦しんでいるアフリカ、アラブ諸国や、身代金支払いは新たな誘拐を誘発すると考える英国と米国は身代金を支払わない方針を明らかにしている。

これに対して、欧州など多くの先進国は人質の安全を優先して、イスラム過激派に身代金を支払っている。

米誌タイムは2010年10月、ベルモフタール司令官が所属していたアフリカの国際テロ組織アルカイダ系武装勢力「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)」が2003年以降、外国人誘拐で少なくとも7000万ドル(約63億円)の身代金を荒稼ぎしていたと指摘した。人質1人当たりの身代金は最大700万ドル(約6億3000万円)。スペイン、イタリア、フランス、スイス、オーストリア、ドイツ、カナダが身代金の支払いに応じていた。

2009年、マリで起きた人質事件では、身代金の支払いに応じたスイス人2人、ドイツ人1人が解放されたのに対し、身代金を支払わなかった英国人が殺害された。

イスラム過激派の資金源を断つため、アフリカ、アラブ諸国は2010年秋、身代金の支払いを禁じ、違反した国には制裁を科す国際法を提案した。実現すれば北アフリカや西アフリカで活動するAQIMやソマリアのイスラム過激派アルシャバーブにとって致命的な打撃になる可能性があったが、人質の安全を優先する欧州は慎重姿勢を崩さなかった。

身代金禁止法を強く主張した国の一つがアルジェリアだった。

いかなる身代金の支払いにもテロリスト釈放要求にも応じない姿勢を貫く英国でも2012年3月、ケニアで誘拐された英国人女性が100万ドル(約9000万円)の身代金で解放されている。

一方、救出作戦には危険が伴い、2010年10月にはアフガニスタンの復興支援に取り組んでいた英国人女性の救出作戦が米海軍特殊部隊によって実施されたが、英国人女性は重傷を負って死亡するなど、人質が命を落とすケースが後を絶たない。

1980年代にイランやレバノンで人質の解放交渉に当たり、自らもベイルートで1987~91年に1763日間、人質になった経験を持つ英国人テリー・ウェイト氏は現在、人質事件が発生した際、家族を支援する団体「ホステージ(人質)UK」を設立している。

ウェイト氏は英紙ガーディアンに投稿し、「人質経験を持つ人が家族に寄り添うだけで心理的な助けになる」と指摘したうえで、「身代金を支払っても次なる誘拐を誘発しないという主張もあるが、私は反対だ」と持論を展開している。

ウェイト氏によると、控えめに見ても世界中で3000人以上が人質になっている。誘拐事件の動機は、政治的なゴールを達成するものと、身代金の2つに大別できる。前者では人質を脅したり、殺したりすることも珍しくない。

政治的なゴールを達成するための誘拐でも、いったん身代金を要求し出すと、後者の身代金目的の誘拐に転じていく傾向があるという。

身代金やテロリストの釈放に応じないことと、人質の安全を優先することが両立しないわけではない。ウェイト氏はイラン革命防衛隊と交渉して、原則に違反しない形で政治的妥協点を見出し、英国人の解放に成功したことがある。

アルジェリア側は英国に対して、「犯行グループは人質を連れて逃走しようとした。人質の安全が脅かされていた」と関係国に連絡せずに救出作戦を強行した理由を説明した。人質は爆発装置の付いたベストを着用させられ、キリスト教徒の人質の殺害が実行されていたとの情報もある。

日揮は日本人7人の安全が確認できたことを明らかにしたが、救出作戦の被害規模はまだ明らかではない。

英世論会社YouGovが昨年、身代金か救出作戦かについて討論したところ、全員が身代金交渉には応じないことで一致した。さらに英国人が人質になった場合、救出の責任を負うのは発生地の国ではなく、英国だという考えでも一致した。「自国民の安全を守るのはわが国だ」という共通認識が、人質事件への断固たる姿勢を支えている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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