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「見ることなく書くことは恥である」中国反体制作家の廖亦武氏がノーベル文学賞の莫言氏を痛罵

木村正人在英国際ジャーナリスト

今年のドイツ・ブックトレード平和賞を受賞した中国の詩人、廖亦武(リャオ・イウ)氏は、農民作家、莫言氏のノーベル文学賞受賞を痛烈に批判する書簡を6日付のスウェーデン紙ダーゲンス・ニュヘテルに寄せている。廖氏は1989年の天安門事件を批判する長詩『大虐殺』を発表して投獄されたことがあり、昨年、ドイツに逃れて、ベルリンで暮らしている。

「見ることなく書くことは恥である」と題した寄稿で、廖氏は、2009年のノーベル文学賞受賞者であるドイツの女性作家ヘルタ・ミュラーさんが11月24日付同紙に「莫氏は検閲を称賛している。授与決定は破滅的だ」と批判したことについて、「実に正しいことだ」と同調。スウェーデン・アカデミーは1965年にソビエト文学者のミハイル・ショーロホフ氏に同文学賞を授与したのと同じ過ちを犯したと痛烈に批判した。

スウェーデン・アカデミーの選考委員について、廖氏は、「委員の皆さんが十分に、中国共産党のもたらした悲劇的な結果について知識があるのか疑問に思える」と述べ、「そのような無知が党の指導下にある中国作家協会の副主席として成功している莫氏を選ばせたのではないか」と選考基準に異を唱えた。

廖氏は、「莫氏は中国国内の抑圧に関して何ら意見や批判を述べたことは一度たりともない。非常に限定的に毛沢東時代の暗黒を共産党がちょうど許可するだけ明るみに出しているに過ぎない」と切り捨てた。

「中国では見もしないで書くことは恥だ。スウェーデン・アカデミーは今回、中国共産党の高位官職者で国家検閲支持者に文学賞を与えたのだ」と嘆いている。

現地からの報道によると、当の莫氏は6日、授賞式が行われるストックホルムで記者会見を行ったが、2010年のノーベル平和賞受賞者で、服役中の中国の民主活動家、劉暁波氏について尋ねられると、「これまでに発言した通りだ」と苛立った表情を見せた。

莫氏は同文学賞の発表後、劉氏にはできるだけ早く自由になってほしいと語っていた。

チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世を含むノーベル賞受賞者たちが中国共産党の習近平総書記に劉氏の釈放を求めていることについて、莫氏は「私は文学者だ。選ばれたのは私の文学であって、政治とは関係ない」と発言。検閲についても「どこの国でも一定程度の検閲があり、気にしていたら書けない」と述べた。

今回は同文学賞を選んだスウェーデン・アカデミーもガタついている。

日本の村上春樹氏ではなく、莫氏への授与を主導したとみられるスウェーデン・アカデミーの中国文学担当ヨーラン・マルムクヴィスト氏は「おそらく一部の人々から彼がどうして受賞したのかという疑問の声が上がるだろう。しかし、彼の作品を読めば、喝采に変わるはず」と話していた。

その後、マルムクヴィスト氏をめぐる醜聞が次から次へと明るみに出た。マルムクヴィスト氏の妻は莫氏と長い友人で、マルムクヴィスト氏自身、莫氏から自著に友情を示す序文を寄せてもらっていた。

スウェーデン紙アフトンブラデットのアサ・リンデルボルグ文化部長は筆者の電話取材に、「莫氏は素晴らしい文学者だが、選んだスウェーデン・アカデミーのマルムクヴィスト氏には問題が多い」と指摘した。

リンデルボルグ文化部長の話では、中国文学担当のマルムクヴィスト氏は2000年に高行健氏(フランスに亡命)が同文学賞を受賞した際、高行健氏の作品を翻訳して翻訳料を手にしていた。

今回もマルムクヴィスト氏は莫氏の数作品を自らスウェーデン語に翻訳して選考委員に配布した上で、出版社から出版する予定になっていた。莫氏の同文学賞受賞で、翻訳作品の売り上げが増え、マルムクヴィスト氏には高額の翻訳料が転がり込むはずだった。

しかし、メディアから批判を浴び、「出版社から翻訳料は受け取らない。ボランティアで翻訳した」と釈明に追われた。

このほか、昨年、同文学賞を受賞したスウェーデンの詩人、トーマス・トランストロンメル氏作品の中国語への翻訳をめぐり、元ストックホルム在住の中国人翻訳者との間で、聞くに堪えない泥仕合を演じるなど、マルムクヴィスト氏には人間的にも大きな問題を抱えていることが浮き彫りになっている。

スウェーデン・アカデミーの選考委員18人は終身制のため、マルムクヴィスト氏の交代はあり得ない。

今年のノーベル文学賞をめぐる騒動は10日の授賞式と莫氏の演説で締めくくられるが、習体制への称賛か、それとも体制を批判するのか、同文学賞の正当性と莫氏受賞の真価が問われることになる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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