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「安倍首相が誕生したら、とても楽観的にはなれない」 英誌エコノミストのビル・エモット前編集長

木村正人在英国際ジャーナリスト
ビル・エモット氏(左)とアナリサ・ピラス監督、木村正人撮影

英誌エコノミストのビル・エモット前編集長が新著「グッド・イタリー バッド・イタリー(邦題:なぜ国家は壊れるのか)」をもとに自主制作したドキュメンタリー映画「ガールフレンド・イン・ア・コーマ(昏睡状態に陥った恋人)」の試写会が26日夜、ロンドンで行われた。

エモット氏の招待で、つぶやいたろう(筆者)も、エコノミスト誌のジョン・ミックルスウエイト現編集長、英紙フィナンシャル・タイムズの看板コラムニスト、ギデオン・ラクマン氏、歴史家で英紙ガーディアンのコラムニスト、ティモシー・ガートン・アシュ氏、イタリアの自動車メーカー、フィアットのジョン・エルカーン会長に交じって、長期にわたる経済停滞で競争力を失ってしまったイタリアの問題点をえぐった力作を鑑賞した。

エルカーン会長自身もドキュメンタリー映画に登場し、フィアットがどのように改革に取り組んだかを語っている。エルカーン会長は36歳、普通の若者が着るようなジャンパーコートを着ていて、従業員22万人、イタリア最大の企業グループを率いる経営者にはとても見えなかった。

ドキュメンタリー映画の感想を聞こうと、ぶら下がり取材を敢行したが、丁重に断られてしまった。しかし、その若さと謙虚さにイタリア再生の光明と「グッド・イタリー」をエモット氏が見たように、筆者もすっかり感激してしまった。

「ガールフレンド・イン・ア・コーマ」では、ベルルスコーニ前首相が牛耳るイタリアのテレビが女性を「性の商品」として扱い、女性の社会進出が遅れている状況、マフィアの恐怖支配、懺悔をすればすべてが許されるというカトリック文化の弊害などが克明に描かれている。

アナリサ・ピラス監督も、ジュリオ・アンドレオッティ元首相ら大物政治家を含む3000人が訴追された「タンジェントポリ(汚職の町)」と呼ばれる1992~94年の疑獄をきっかけに、祖国を捨ててロンドンにやってきたイタリア女性の一人だ。

ジャーナリストでもあるピラス監督は筆者に「イタリアは改革の時を迎えた。できることなら祖国に戻って国のために尽くしたい」と語った。

エモット氏も「イタリアはニュー・ルネッサンスを起こして復活できる。しかし、それには衰退の現実と困難を直視することが不可欠だ。若者世代が改革を阻む多くの利益団体を打ち負かさなければならない」と語る。

日本の総選挙で次期首相の最有力候補とみられる自民党の安倍晋三総裁について、エモット氏は「私はとても楽観的にはなれない。彼が変化とイノベーションを支持するとは思えず、適切なタイプとも思わない。前回の失敗を自覚しているはずだから、私の意見が間違っていることを望んでいる」と語った。

エモット氏によると、日本はまだ経済停滞の根底に横たわる問題を直視しようとしていない。かつては新しい企業、新しいグループ、新しい考えが日本の新しい現実を創造した。しかし、現在の日本は固定観念に縛られ、機能不全に陥っている。利益団体が日本の創造性と変化を阻害しているという。

日本にはまだ、構造改革を断行するマリオ・モンティ首相のような政治指導者やエルカーン会長のような若き経営者は見当たらない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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