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映画『ひとつの愛』。恋人厳禁。異性の友だちと見に行こう!

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
美女と野獣で、野獣は本物の野獣。© Alfredo Tobía

これ、題名に騙されてカップルで見に行くと後悔する。

なぜなら……。

①男に幻滅するから

出てくる男にろくな奴がいない。

主人公は、都会で心に傷を負い、自然に癒しを求めて移住してくる女性。若く美しくか弱く陰のある女にワッと群がる村の男たち。親切を装ってはいるがもちろん下心があり、よそ者との後腐れのない関係を虎視眈々と狙っている。

舞台は北部の山村で、女には憧れだけはあっても田舎で生きていく術が無く、村の男たちの助け抜きでは暮していけない。

その男たちは都会の洗練と現代の政治的正しさとは真逆の、粗野で男尊女卑で欲望剥き出しのギラギラである。

『ひとつの愛』の1シーン。© Un amor
『ひとつの愛』の1シーン。© Un amor

オオカミだらけの森に自ら進んで入って来た赤ずきんちゃんの構図で、これで悪いことが起きないわけがない。

②スペインにも幻滅するから

太陽もビーチも陽気で開放的な人たちも出て来ない。むしろ真逆。毎日雨ばかりで、村人たちは屈折した暗い何かを胸に秘めた一癖ある者ばかり。この作品を見て、新婚旅行先をスペインにしよう、とは決して思わないだろう。

本作の舞台は「ディープ・スペイン」である。

『ひとつの愛』の1シーン。© Un amor
『ひとつの愛』の1シーン。© Un amor

古いスペインの慣習と文化が残っている場所、という意味だが、普通はネガティブに“古き悪しきスペイン”の意味で使われる。以前紹介した映画『ザ・ビースト』(邦題:理想郷)や『コルク』の舞台もそうだ。田舎暮らしブームが落ち着き、過疎に歯止めがかからない山村へのネガティブキャンペーンが、こんなに続いてもいいのだろうか?

③女を嫌いになるから

途中で主人公の女が起こすある行動。これ、男の私は理解できなかったが、あなたの隣に座っている彼女は理解できるだろうか?

『ひとつの愛』の1シーン。© Alfredo Tobía
『ひとつの愛』の1シーン。© Alfredo Tobía

この作品の原作者(ちなみに女性)は「最近の小説の女主人公の中では断トツで嫌われている」と言っている。ただ、拒絶がスキャンダラスな話題を呼んだせいか、原作はベストセラーになった。

主な読者である女性に拒否反応を示されたのは、理解不能で感情移入できなかったからだろう。“私ならあんなことはしない”というわけだ。

映画館を出た後の彼女は、憤慨している可能性が高い。

『ひとつの愛』の1シーン。© Zoe Sala Coixet
『ひとつの愛』の1シーン。© Zoe Sala Coixet

あなたと彼女は自問するはずだ。

主人公の感情は本当に「ひとつの愛」だろうか? あれを愛と呼んでいいのだろうか?

男からすると肉欲に見える。題名が「ひとつの欲望」であればよりしっくりくる。

とはいえ、純粋な肉欲のみでもない。

主人公が“愛する”男が抱いているのは純粋な肉欲である。寝る→気持ち良くなる→邪魔だからサヨウナラ、という典型的なダメ男、女性からは最も嫌われる類の振る舞いを、この男はする。

要は、体だけが目当てなのだが、女を攻略するために甘言を尽くすなどの最低限の努力すら放棄しているのだから、女たらしよりもタチが悪い。

『ひとつの愛』の1シーン。© Un amor
『ひとつの愛』の1シーン。© Un amor

女は違う。

執着して嫉妬する。まるで、恋をしている女のような振る舞いをする。

しかし、だ。

女が夢中になっているのは、ダメ男で、若くとも美しくとも優しくもなく、否、その真逆の、年上だが包容力に欠け、もっと言えば人間性にも欠け、生活態度が表れたようなだらしない体の、美醜で言えば絶対に後者に当たるタイプの男である。

美女と野獣で、野獣の方が本当に野獣という組み合わせ。

洗練され、知的で、若くて美しい主人公が、こういう男に魅かれる。

“あんなの愛じゃない。愛じゃない何かだ”、という結論にあなたと彼女は達するだろう。

そう、カップルで見てはいけない最後の理由が、④愛の物語ではないから、である。

『死ぬまでにしたい10のこと』『あなたになら言える秘密のこと』のイザベル・コイシェ監督作。©Zoe Sala Coixet
『死ぬまでにしたい10のこと』『あなたになら言える秘密のこと』のイザベル・コイシェ監督作。©Zoe Sala Coixet

『ひとつの愛』は2023年の東京国際映画祭で上映された。リンクが残っているのでここに貼っておく。日本での一般公開は未定のようだが、スペインの最高映画賞ゴヤ賞にノミネートされているので、24年2月の表彰式前後に公開されるかもしれない。

カップルにはおススメしないが、こういう頭と心を搔き乱してくれる映画はめったにないので、機会があればぜひ見てほしい。下心抜きで女友だちを誘って、感想(男と女で食い違うはず)を言い合うと盛り上ると思う。

※写真提供はサン・セバスティアン映画祭

※『理想郷』のオフィシャルサイト

ポスター
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在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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