アカデミー賞候補『ローマ』『ブラック・クランズマン』『ファースト・マン』に人気勝ちの『Girl』とは
アカデミー各賞にノミネートされた『ROMA/ローマ』、『ブラック・クランズマン』、『未来のミライ』、『COLD WARあの歌、2つの心』、『カペルナウム』、『ファースト・マン』が同一線上で争ったら、誰が勝つのか?
そんな夢のバトルロイヤルが昨年9月、サン・セバスティアン映画祭で実現していた。部門別に分かれたアカデミー賞ではあり得ないことだが、観客が採点する同フェスティバルの「観客賞」ではそんな無茶も可能だったのだ。
――昨年の観客賞2位『Custody』(のちに『ジュリアン』という邦題で公開)のことはここで紹介した――。
アカデミー賞各賞にノミネートされた前述の6作品に『寝ても覚めても』らを加えた全16作品の人気ランキングはどうだったのか?
『未来のミライ』11位、『ROMA/ローマ』7位、『ブラック・クランズマン』6位…
順位の低い方から紹介すると、『寝ても覚めても』が16位、『ファースト・マン』が12位、『未来のミライ』が11位、『ROMA/ローマ』が7位、『ブラック・クランズマン』が6位、『COLD WARあの歌、2つの心』が5位、『カペルナウム』が2位。1位は長編アニメかつドキュメンタリーという斬新な『Another Day of Life』で、3位に入ったのが今回紹介したい『Girl』である。
この『Girl』はアカデミー賞の外国語映画部門のベルギー代表となっていたが、落選。外国語映画賞には日本の『万引き家族』(是枝監督はドノスティア賞を受賞)に加えて、『ROMA/ローマ』、『COLD WARあの歌、2つの心』、『カペルナウム』と話題作が満載だから、もともと狭き門だったのだ。
観客賞3位『Girl』では涙は出ない。目を背けたくなる現実が痛い
――ここからほんのさわりだけですが、一部ネタバレがあります――
さて、『Girl』はバレエ・ダンサーを夢見る男の子の物語――。というと、大ヒット作『リトル・ダンサー』を思い出す人がいるだろう。
が、あんな感動作、サクセスストーリーとは違う。見ているうちに出て来たのは涙ではなく、目を背けたくなるような現実を前にした、痛みであり冷や汗である。
ビリー・エリオットの疑問は「僕がバレエ・ダンサーを夢見てはいけないの?」という無邪気なものだった。炭鉱の街での“バレエは女のもの”という偏見こそが敵であり、ビリーが父親を説得してバレエ学校に入学、筋肉隆々の体で白鳥の湖を踊ってめでたし、めでたしだった。
だが、『Girl』の主人公の疑問は“私が女としてバレリーナを夢見てはいけないの?”というものだ。男性ビクトルとして生まれながら、女性ララとしてバレリーナを目指しているのである。
『リトル・ダンサー』が触れなかった性の問題と向き合う。敵は自らの肉体
11歳のビリーが悩まずに済み、『リトル・ダンサー』が避けて通った性的指向や第二次性徴の問題に15歳のララは正面からぶつかる。
思春期を迎えたバレエ学校のクラスメイトの女性たちの、好奇心からの残酷な悪戯にもさらされる。
ララの敵は周りの無理解ではない。
父親も学校もクラスメイトもララを偏見なく受け入れる。『リトル・ダンサー』の舞台から30余年が過ぎ、時代は変わったのだ。
そうではなくて、ララの敵はビクトルの体そのものである。
男らしくなる体をどうねじ伏せ、少女たちと華麗さや繊細さをどう競い合うのか? 子供時代からレッスンを始めて柔軟な彼女たちの体に比べ、遅くスタートしたララの体は硬く、そもそも練習中はトイレにさえ行けないのだ――。
私たちは偏見や差別を無くし、愛と理解で包み込めば何となくそれで解決だと思っている。「周囲」ということで言えばそうかもしれないが、「当事者」にとっては茨の道の入り口でしかない。これを見て自分の浅はかさを思い知らされた。アカデミー賞各賞候補を退け、観客に支持された理由もわかろうというものだ。『Girl』、ぜひ日本で公開してほしい。
※追記。その後、『GIRL/ガール』という邦題で公開された。
写真提供/サン・セバスティアン映画祭