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ロシアW杯17日目。あくび連発スペイン、クロアチア苦戦の裏に“一発勝負恐怖症”。日本にもチャンスあり

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
プレー写真がほとんどないのが凡戦の証拠。「最初からPK戦やってくれ」との声も(写真:ロイター/アフロ)

マッチレビューではなく、大きな視点でのW杯レポートの16回目。観戦予定の計64試合のうち大会17日目の2試合で見えたのは、スペイン“一発勝負恐怖症”で当然の敗退。クロアチアも同じ病で苦戦。だから、日本にも勝機……。

あー退屈した。

スペイン対ロシア(1-1 pk 3-4)を見て、“スペインに勝ち上がって欲しかった”と思う人はいないだろう。スペイン在住日本人として日本とスペインは贔屓しているが、それでももう、あくび連発。

日本対ポーランドは、グループステージ(GS)突破に一歩一歩近づいていると思えば、最後の10分+ロスタイムくらいは我慢できた。しかし、スペインのあの緩慢なパス回しは先制ゴール以降、延長戦も含めて100分以上も続き、しかもその目的がPK戦というギャンブルへの安全な到達、というのは何なのだろう?

力で劣るロシアが勝利の確率50%(GKデ・ヘアの調子を考えると実際はもっとあったが)のPKに持ち込みたいというのは理解できる。それはそれで立派な作戦である。だが、力が上のスペインがそれにお付き合いすることにどんな勝算があったのか?

1114本のパスで悪い予感のPK戦へ

もちろん、時々は攻めた。90分で終わらせたい、という気持ちもあったろう。だが、カウンターを喰うのが怖い、という恐れが残り時間が少なくなるとともに増大していった。相手ゴールへ向かうリスクを負うパスが減り安全な横パスが増えていった。

スペインが繋ぎに繋いだパス本数は1114本で、セルヒオ・ラモスの184本とともにW杯新記録だという。だが、それらが導いた先は、欲求不満が溜まり悪い予感しかしないPK戦であり、やっぱり負けた。

“惜しかった”という反応はスペインでは皆無である。“もうあんな酷い試合を見せられるのなら負けて良し”という反応が大半である。

なぜ、スペイン対ロシアが今大会最悪、過去を振り返ってもちょっと記憶にない酷い試合になったのか?

最悪試合になったロシア、スペインの事情

理由はいろいろある。

ロシア側では野心の欠如。ジュバへロングボールを送り込む作戦でスペインDFを恐怖に陥れていたにもかかわらず、64分に下げた。チェルチェソフ監督はロングボールによるカウンターを諦め、投入されたチェリシェフ、スモロスを使ったタッチ数の少ないパスによるカウンターに切り替えたわけだが、決してラインは上げずプレスも掛けなかった。後ろでチャンスを待っているだけではボールは奪えない。インターセプトがなければ当然カウンターもない。

スペイン側は、根源的なところにロペテギ前監督解任の影響――不満分子の存在、フェルナンド・イエロ監督の不思議な采配(デ・ヘアは維持したがイニエスタは控え、ナチョとアセンシオの抜擢、ジエゴ・コスタへの固執と諦め……)――があった。戦う集団になっておらず過去の3試合で自信を喪失していた彼らは弱気になっていた。ロシアの消極的なプランにお付き合いするほどに。

“一発勝負恐怖症”とは? なぜ格上が罹る?

だが、これまったく同じ条件であってもW杯予選やGSだったらこんな凡戦にはなっていなかったはず。決勝トーナメントには、主導権を握る側――普通は格上――が陥りやすい“一発勝負恐怖症”があるのだ。

どんな症状か?

一発勝負だからミスを犯せば終わり。だから、監督は勝つことよりも負けないことプランを組む。攻撃よりも守備を重視した采配をする。選手の方はリスクのあるプレーを避け安全第一のプレーをする。決勝トーナメントはこの日の2試合のような堅いロースコアゲームが増えるのが必然。フランス対アルゼンチンのような撃ち合いこそ例外なのだ。

“一発勝負恐怖症”に格上の方が陥りやすいのは、主導権を握る側はボールポゼッションをする側であり、常にボールロストをしカウンターを喰う危険性のある側であるからだ。ボールを持っていなければボールロストはない。すなわちカウンターはない。

引き籠ってばかりでは普通はやられるが、W杯の決勝トーナメントという大舞台では相手の腰も引けているので、比較的安全である。

ここに“無理して攻めるのは止めましょう”という暗黙の了解が成立する余地があるのである。あの日本対ポーランドの幕切れと同じ様に。

鍛えられた戦術が即興を上回る

失点すると“一発勝負恐怖症”どころではなく捨て身で行かなくてはならない。

思わぬ失点で大慌てで点を取りに行き、すぐに追いついて再び恐怖が支配する試合となって、そのまま120分が過ぎてしまったというのが、クロアチア対デンマーク(1-1 pk 3-2)だった。

だが、この試合は退屈ではなく緊張感があった。個で圧倒的に上、1対1なら間違いなく抜くというテクニシャンぞろいのクロアチアに、デンマークが見事な組織で互角以上にわたり合ったからだ。

“一発勝負恐怖症”ならぬ“両者勝ち抜き引き分け症”にかかっていて参考にならなかったフランス戦、内容的には下回ったペルー戦もあって、あまり評価していなかったが、この試合はデンマークのベストゲームだった。自由でクリエイティブなクロアチアに対してデンマークには「型」があった。

前半は引いて守り、戦えるFWコルネリウスとブライスワイトにロングボールを入れていたが、後半は、ボール回しが巧みなシェーネを入れてラインを上げ、ボールを支配する策に出た。

戦術変化を込めた交代と幕切れのドラマ

マンジュキッチはマティアス・ヨルゲンセンが完封、シェーネ、エリクセン、デラネイがモドリッチとラキティッチからボールを取り上げ、プレスを掛けられたらGKは必ず右サイドのポウルセン目掛けてロングボールを入れ、ポストプレーが巧みな彼を起点にする。そうして最後はサイドへ展開してセンタリングからのフィニッシュに結び付ける。敵陣深くのスローインは必ずロングスローにして、それも行き当たりばったりではなくセットプレーとしてパターン化されているからかなりの確率でチャンスになる。

一言で言えば、鍛えられているチーム。

ハレイデ監督の選手交代はすべて戦術的な変化を意味し、ドリブラーのシストを延長戦に入れて勝負させたところも心憎かった。

監督の中にはリアクションとしての交代しかできない者、同じポジションの選手を代えるしかできない者もいるが、ハレイデはちゃんと延長戦を含めて準備されたプランに沿った交代をし、戦い方を定めたシナリオ通りに試合を進めた印象だ。

それとこの試合のPK戦にはドラマがあった。延長戦終了間際のPKを外したモドリッチに再びキッカーがめぐって来る。相手GKは父シュマイケルに見守られる息子シュマイケル。因縁、駆け引き……。

70分0-0でベルギーは恐怖症の虜に

最後になるが、この後行われるベルギー対日本。ベルギー側が“一発勝負恐怖症”にとりつかれるゆえに、日本には戦いやすい、守り重視、リスク回避の展開でのロースコアゲームになるはずだ。後半70分くらいまで0-0で、PK戦になっても構わないという気持ちで戦い、ロシアに対してスペインが陥った“暗黙の了解”が成立するような状況になれば、勝機はある。

もっとも、ベルギーにとって安全確実な攻撃策であるセットプレーで日本が失点すれば、その時点で試合が終了してしまう可能性もある。カギは、GK川島と4人のDFと2ボランチ(3ボランチもある?)の守備力。FWや攻撃的MFもできれば高さのある選手でスタートし、終盤テクニシャンで点を取りに行くという考え方でいきたい。

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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