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ロシアW杯3日目。VAR発動で偽善時代の終わり、強力な攻撃タレントを有するチームのジレンマ

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
タレントお任せサッカーの代表格フランス。作るサッカーの方はペルー(写真:ロイター/アフロ)

マッチレビューではなく、見えてきた戦術的な傾向や前評判との相違点、ジャッジなど大きな視点でのW杯レポートの2回目。観戦予定の全64試合のうち、大会3日目の4試合で見えてきたものは、テクノロジーが上げた審判の権威と、強力な攻撃タレントを有するチームのジレンマだ。

審判が落ち着いて笛を吹ける試合が続いている。

揉めたのはモロッコ対イランの終了間際くらい。あの場面、主審チャキルはもっとカードを出してコントロールすべきだった。ジャッジ面でトラブルがないのは“VARが見ているぞ”という脅しが効いているからではないか。複数のカメラによるリピート、静止、スローモーション、クローズアップ――いずれも肉眼では不可能。テクノロジーに武装され人間にはない視点を手に入れたことで、審判はサッカー界が要求していた、絶対にミスをしない存在に一歩近づいたわけだ。

ビジネス化でミスを許せる時代は終了

「ミスもサッカーのうち」と言う人がいる。その通り。だが、「審判がミスしても決して怒りません」と誓えるだろうか?

ミスジャッジで贔屓チームのW杯出場の道が閉ざされたり早期敗退したり、ブックメーカーから多額の賞金を受け取れなくなっても、「審判も人間だからミスをする」と動じない者だけが、テクノロジーを否定できる。私の心はそんなに広くない、というか、ビジネス化したサッカー自体がすでにミスジャッジを許容できなくなっていた。

牧歌的な時代は終わっていたのに「人間だから」と表面上は寛容な振りをしながら審判に絶対を要求する、そんな偽善は終わったのだ。

フランス対オーストラリア(2-1)でVARとゴールラインテクノロジーがなければフランスは敗れていたかもしれない。ペルー対デンマーク(0-1)でVARがペルーにPKを与えていなければ、その後試合は荒れていたかもしれない。両試合の主審は試合後、脅迫を受けていたかもしれない。

VARは日本への爽やかな追い風かも

VARが見張っていることで、ペナルティエリア内で実質やり放題だった、審判の死角でのシャツや腕の引っ張り合いは激減するだろう。いや、もう激減しているか。こうした隠れた不正は選手をヒートアップさせ、試合を壊す。

クロアチア対ナイジェリア(2-0)でクロアチアへのPKが与えられたプレーは、あまりにあからさまで主審が正しく笛を吹いたが、仮に彼が見逃していてもVARの目は欺けなかったに違いない。VARの裁きの前には監督や選手も決して抗議できない。だって、向こうは人間じゃないんだから。

この大会はトラブルの少ないものになるだろうし、マリーシアが減ることは日本への微風ながら追い風になるかもしれない。

タレントお任せの気持ちはわかるが…

もう1つ、フランスとアルゼンチンの苦戦を見ていて思ったのは、強力過ぎるアタッカーを擁することの良し悪しである。

守備は組織できるが攻撃は組織し切れない。ゴールを挙げるには個の閃きが要る。だから、ポルトガルがロナウドに依存するのは当然であり、個への依存は常に弱点ともなり得る。昨日見たルイス・スアレスとカバーニのいるウルグアイにもその傾向がある。寄せ集めの代表だしW杯は短期決戦だから、計算できる守備を整備しておいて攻撃はお任せ、となるのは仕方がない面もある。

だが、いくらグリーズマン、デンベレ、エムバペがいるからと言って、フランスのあれはやり過ぎだろう。

最初の15分ほどエムバぺが元気なうちは良かったが、オーストラリアに引かれて守られ3人へのボール供給が滞ると攻められなくなったばかりか、結構な数のサイドアタックを食らった。カンテがあれだけボールを拾いまくっているのに、中盤で攻撃を作る者がいない。

3トップ依存というと、ネイマール、ルイス・スアレス、メッシで崩し、アシスト、シュートのすべてを賄っていたバルセロナを思い出すが、あれはクラブチームだからコンビネーションの質が違う。中盤でポゼッションしてひと崩ししてから供給されるボールの質も違う。攻撃参加するSBのレベルも違う。フランス、本当にあれでいいのか?

メッシに始まりメッシに終わる

アルゼンチン対アイスランド(1-1)でのメッシもしかり。PK、FK、CK、後方からのボール出し、キープ、サポート、サイドへの散らし、ドリブルやクサビによる崩し、アシスト、シュートまで全部メッシ。ポルトガルにはロナウドを生かす戦術(カウンター)があったが、アルゼンチンはメッシに始まりメッシに終わっていた。

メッシを探してしまうゆえか、ディ・マリアとアグエロの個も光らない。PK失敗後にメッシが意気消沈するとアルゼンチンも意気消沈。バネガがボランチに入り散らしやキープを担当すると、攻撃はやや活性化したから、守備も相当不安なのだが、ゴール前以外でのメッシの負担減を図るしかないのではないか。

実はクロアチアも同じジレンマを抱えている。マンジュキッチ、ペリシッチ、クラマリッチ、レビッチの4FWがそろい踏みしている時はチームは機能せず、モドリッチとラキティッチが肩で息をしていたが、FWを削りMFを増やすごとに安定感と支配力が増した。

“ミニイングランド”勢の依存とは?

攻撃お任せと言えば、アイスランドのフィンボガソン頼り、オーストラリアのナバウト頼りも相当なものだ。

2人ともロングボールを追って走りに走った。しかし、格上相手に守りに人数と時間を割かざるを得ないアイスランドとオーストラリアの攻撃の単調さを、アルゼンチンとフランスのそれとは同一視できない。むしろ、両チームとも“ミニイングランド”と呼ぶべき、ロングボールとサイドアタックを持ち味とした戦術が良く整備されていた。ハルフレズソン、ムーイというスキンヘッズの好選手が中盤にいる点でも似ている。昨日の記事との関連で言えば、オーストラリアは選手の質でもプレーの質でも、アジア勢の範疇には入らないことが再確認できた。

MFのタレント任せ=作るサッカー

タレント任せではなく、中盤できちんとゲームを作って組織で崩そうとしていたのがペルーである。

この点では現時点でスペインに次ぐ存在だ。もちろん、作るのにも中盤にタレントが要る。スペインならイニエスタ、イスコら、ペルーならクエバ、ヨトゥンらのタレントがなければこういうサッカーはできない。

ただし、FWのタレント任せのサッカーと違うのは、MFのタレント任せのサッカーはボール支配が前提となるから試合のコントロール力が上がるし、崩しのパターン化も可能だから、偶然に頼る部分が小さくなること。もっとも、肝心のゴールゲットにタレントの個人技はどうしても必要となるので、ペルーのように優勢でも敗れるケースも出てくる。そこは途中出場だった絶対的なエース、ゲレーロにフル出場してもらうしかなさそうだ。

さて、今日ネイマール、コウチーニョ、ジェズスのブラジルはどう戦うのだろうか?

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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