Yahoo!ニュース

“ほのぼのとした良い話”とは180度異なる視線で見る、『ライオンは今夜死ぬ』(ネタバレあり)

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
ジャンに生きる歓びを与える2つの交流。1つは子供たちと、もう1つはジュリエットと

1月20日公開の『ライオンは今夜死ぬ』。その公式WEBページにあるフレーズを抜き出してみる。

「天真爛漫な子どもたち」、「生きることは素晴らしく」、「生きる歓びの明かり」、「過去と向き合い」、「思いもよらない奇跡の瞬間」、「演劇的で詩情溢れる世界」、「生死の垣根を越え」、「自らの過去と残された時間を見つめ出す」、「生と死は同伴している」……。これらのフレーズを散りばめて、あらすじ紹介とちょっとした感想を付け加えれば、この『ライオンは今夜死ぬ』への批評文が出来上がってしまうだろう。

そうして書かれた文章はオリジナリティには欠けるが間違いではなく、読者をミスリードしないはずだ。あなたが読んでイメージした通りの作品を目にし、あなたが鑑賞後に抱きたいと思った通りのものを感じられるはずだからだ。

あなたは老いについて考え生きる歓びを得て、映画館を後にすることになる。それは間違いない。

私も昨年10月サン・セバスティアン映画祭で見た時にはそう思った。だが、それだけで終わっていいのか、と引っ掛かったことがあるから、それを書こう。

断っておくが、これは少数派の意見である。サン・セバスティアンでこの作品を見た同僚たちの批評を何本か読んでみたが、私と同じ見方をしたものは一つもなかった。これから書くことは一般的な感想や描写とは180度異なるもので、この作品を総括したり概要したりするものではない。変わり者による変わった見方である(以下ネタバレあり)。

ジュリエットはなぜ死んだのか?

主人公ジャンが訪ねて行くと「本当に愛した女」ジュリエットが幻想となって現れる。その姿は若く美しいまま。ジャンの記憶にあるまま。墓標によると1949年に生まれ1972年に死んでいるから22、23歳で亡くなったわけだ。

なぜ? 病気や事故ではない。そんな描写や説明はない。唯一あるのが、入水自殺を想わせるシーンである。

その時期は、ジュリエットの容姿=ジャンの最後の記憶(ジュリエット役のポーリーヌ・エチエンヌは現在28歳だが映画の中ではもっと若く見える)から想像すると、彼が彼女の元を去ってからそんなに年月は経ってないのではないか?

となると、もしかするとジャンとの別れが死の引き金になったのかもしれない。

ジャンとジュリエットが出会った当時、ジャンは飛び鳥を落とす勢いの若きスターであり、成功や富、取り巻きの女性たちに目がくらんで、ジュリエットへの愛に気が付かなかったというのはありそうな話である。ジャンがいろいろな女性と関係した末に「唯一残った女性を妻にした」と独白するシーンもそれを裏付ける。

だが、ジュリエットが悲嘆の末に自殺したのであれば、なぜニコニコ笑ってジャンの元に現れるのか? 怨霊となってもおかしくないではないか?

作品では鏡が効果的に使われている。ジャンの自問自答の対象として、あるいはジュリエットの居場所として。写真はすべてサン・セバスティアン映画祭提供
作品では鏡が効果的に使われている。ジャンの自問自答の対象として、あるいはジュリエットの居場所として。写真はすべてサン・セバスティアン映画祭提供

老いによる過去の理想化

その通りだ。

だが、ジュリエットがジャンの妄想だったらどうだろう? ジャンの中で理想化されたジュリエットだったらどうだろう?

ジャンくらいの歳(演じるジャン・ピエール・レオは73歳)になって人生を振り返ってみたら、妻よりも愛していた女がいたことに気が付く。悔やんでも悔やみ切れないが、もう今さらどうしようもない。激しい後悔と悲しさに包まれたジャンが、理想化したジュリエットに救いを求めたとすれば……。

ジャンと子供たちとの交流にはほのぼのさせられた。子供は暗い過去ではなく明るい未来であり、死を前にした悲しみではなく生きる歓びそのものである。だけど、最も愛した女性が自分のせいで亡くなったとすれば、私がジャンなら、子供の生気だけでは前向きに余生を送る気にはなれない。たとえ、自殺が自分のせいではないとしても、彼女を救えなかったという悔いからは一生逃れられないだろう。

いずれにせよ、ジュリエットに許してもらえないと生きていけない――。

私たち誰もが過去を美化する。死ぬ前に「幸せだった」と言いたくなるのだ。そんな美化の象徴が、あの若く美しくそして包み込むような優しさを持ったジュリエットではなかったか?

以上は私の想像である。誰もそういう見方をしていないから妄想かもしれない。それでも、いつか諏訪敦彦監督に聞いてみたい。

ジュリエットはなぜ死んだのですか?と。

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

木村浩嗣の最近の記事