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平野美宇、伊藤美誠、早田ひなら卓球日本女子が東京五輪で中国を倒すには?

金明昱スポーツライター
世界卓球の女子ダブルスで銅メダルを獲得した伊藤美誠(右)と早田ひな(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

世界卓球が閉幕した。日本は今大会、金1、銀1、銅3の計5個のメダルを獲得したが、一方で中国の壁はまだまだ厚いことも実感させられた。

2020年の東京五輪で日本が金メダルを取るには何が必要なのか。

2013年から4年間、伊藤美誠、平野美宇、早田ひならを指導してきた前・ジュニア女子日本代表監督の呉光憲(現・ポラムハレルヤ卓球団監督)に今後の対策と課題について聞いた。

銅メダルを取っても「実力差はある」

世界卓球で日本選手の躍進が連日、報じられるなか、女子シングルスで日本勢に48年ぶりとなるメダル(銅)をもたらした平野美宇(JOCエリートアカデミー/大原学園)、女子ダブルスで伊藤美誠(スターツSC)と早田ひな(希望が丘高)組も銅メダルを確定させた。

いずれも中国に敗れたが、堂々と接戦を繰り広げた姿は2020年東京五輪でのメダルを期待させるには十分だった。

平野、伊藤、早田の3選手を中学1年のときから4年間、ジュニア女子代表監督として指導してきた呉は今大会、女子選手の結果をどう見たのか。

「彼女たちが中国勢と善戦し、敗れたものの銅メダルはすばらしい。メダルを取ると予想していましたが、成長している姿をみてすごく安心しています」

呉は教え子たちのメダル獲得を祝福しつつも、「それでもやはり中国との実力差は存在する」と話す。

「確かに今、日本の女子代表選手たちは着実に力をつけています。それでも中国の選手に勝つのは10回に1~2回が現状です。ただ、彼女たちはまだ10代。若い時期に1回でも中国に勝つことで大きな自信が持てます。これだけでも精神面で大きく成長していると感じます。平野は今回、世界1位の丁寧に敗れましたが、簡単には敗れませんでした。丁寧の気迫を見る限り、相当な覚悟で試合に挑んでいましたし、あれだけ彼女を本気にさせたのですから、裏を返せば平野の実力が認められたということです」

(参考:平野美宇はなぜ強くなったのか―前・女子ジュニア日本代表監督の呉光憲が語る「平野世代」の強さの秘密

平野の努力が実りつつあることを呉は心の底から喜んでいた。呉がかつての教え子である平野について語る。

「平野は中国選手への対応策をずっと練ってきたので、左利きの丁寧に対してはレシーブが向上したと感じました。ジュニア代表のころから、(平野)美宇は素早いボールに対応する力がありました。特に中国選手は素早いボールとラリー、駆け引きに優れていますが、その対応策を強化していけばもっといい勝負ができるでしょう。(平野)美宇の強みは努力を惜しまないところ。努力する者には、必ず勝利が訪れると思います」

コリアオープンに出場した平野美宇と久しぶりに顔を合わせた呉監督
コリアオープンに出場した平野美宇と久しぶりに顔を合わせた呉監督

日本の女子選手が成長できた理由

それにしても、なぜ日本の女子選手はここまで大きく成長したのだろうか 。

「私は1995年から淑徳大学の女子卓球部でコーチ、去年まで同部の監督を務めました。2009年からは女子日本代表コーチに呼ばれました。当時の女子日本代表監督だった村上恭和(現・日本生命保険女子卓球部監督)氏が私に声をかけてくれたのですが、今でも連絡を取り合うほど、お世話になった方です。村上監督は08年北京五輪のときは代表コーチでしたが、その後女子代表監督に就任し、しっかりと対策を立てていきました。日本は北京五輪では韓国と中国にも敗れたこともあり、まずは韓国を倒すことを目標にしました。そこで徹底的に始めたのが、韓国のカットマン対策の研究、分析です。さらに日本にいる中国人選手を代表合宿などに練習パートナーとして呼び、“中国ラバー”のボールの回転力への対策を講じました。すると日本の選手たちは、今まで経験できなかった中国選手のボールの回転力に慣れ、徐々に恐怖心がなくなっていった。これを同じように、早くからジュニア代表選手の練習にも取り入れたことで成果を出すことに成功したのです」

失敗から学ぶことは多いというが、日本の成長はチーム一丸となった分析、対策、そして選手の努力が実り、今があるということだ。

中国への対抗策は短期勝負の“3球目”

呉はジュニア代表監督時代、選手たちに「経済的(=省エネ)な卓球」を目標にするよう伝えてきたという。どういう意味なのか。

「卓球は11点で決まる競技。韓国の卓球はラリーでつなぎながら、1点を奪うスタイルがベースなのですが、日本は違います。重要な局面ではたやすく1点を取るスタイルが形になってきています。ズルズルと引きずらない、決定的な場面で得点を重ねる。それこそ“経済的な卓球”が実現できていると感じます」

そのうえで呉は日本の選手たちの長所についてこう話す。

「日本の選手たちの多彩なレシーブやネットプレーは、中国の選手たちよりも優れています。中国を相手にしても、ラリーを優位に運ぶことができるシーンをこの目で見た人も多いと思います。日本の選手たちはバックハンドの技術も世界水準です」

「強化しなければならないのはパワー」

一方で、「これから強化しなければならないのはパワー」 と呉は強調する。

「日本はフォアハンドの攻撃力で中国に劣ります。つまりはパワーで劣るということ。こればかりは練習とトレーニングで、フォアハンドのパワーを地道に強化していくしかありません。そして、サーブと先制攻撃の強化も大事です。私がジュニア代表監督時代、(伊藤)美誠、(平野)美宇にも教えてきましたが、自ら先に仕掛けて点を取る攻撃的なスタイルを構築できれば、日本は中国の脅威となるでしょう」

さらに呉は日本の選手に必要な対策についても教えてくれた。

「私が日本でジュニア選手を指導してきたときから言っていることですが、一つはサーブからの3球目の攻撃力強化。2つ目は幅広い卓球を駆使すること。3つ目は短期的な作戦で終わらせる。特に3つ目は中国を意識してのこと。中国はラリーが優れているので、そこに対抗するには、かなりの技術とパワーが必要となります。なので、日本は3球目で相手を仕留める“短期勝負”をより強化する必要があるということです」

中国との技術の差を詰めるには、相当な練習量と分析が必要となる。

それでも呉は「日本が2020年の東京五輪で中国を破る可能性は十分にあります」と語る。

世代交代が遅れる中国、東京五輪で勝算あり

その理由は、中国の世代交代が遅れていることだ。呉の話によれば「中国は世代交代がうまく進んでいない」という。

現在、世界ランキング1位の丁寧は今年27歳。3年後の東京五輪で丁寧は30歳を迎え、体力的な衰えもあり絶頂期は過ぎていると考えられる。

「東京五輪で丁寧がまだ世界1位の座にいるとは限りません。世界2位の劉詩●(あめかんむりに文)も今年26歳で、3年後は29歳。今よりも体力的に衰えている可能性もあります。仮に再び(平野)美宇が五輪で丁寧と戦うことがあれば、勝つ可能性もあるでしょう。平野は2020年に20歳で、ちょうど油の乗っている時期です。もちろん、(伊藤)美誠も勢いはあると思います。懸念しているのは、同世代の中国選手に強い選手が多数存在することです。丁寧が去ったとしても、優秀な選手が次々と表舞台に上がってきてくるので、油断できませんね」

日本はいい時期に世代交代が進み、国際大会で経験を積んだ若い選手たちが世界のトップに近づきつつある。

呉の話を聞いていると、3年後の東京五輪で日本のメダルは十分、期待できそうだ。

10代選手を持ち上げすぎる報道に警鐘

最後に呉は「一つ、心配事があります」と言った。それは日本メディアの報道だった。

「日本のメディアが、若い選手たちの躍進を大きく報じることは当然ですし、卓球に注目されるためにも大事なことです。ただ、まだ中国という壁が立ちはだかっており、まだ世界一になったわけではありません。今回は世界選手権でメダルラッシュが続きましたが、もっと冷静な目で見る部分もあっていいと思います。成績を称えるニュースがあれば、批判めいた報道もあっていい。バランスが取れてこそ、若い選手には効き目のいい薬になります。私が感じるのは日本のメディアが、若い選手たちの活躍を大きく取り上げすぎていることで、選手への影響を懸念しているのです。(伊藤)美誠、(平野)美宇、(早田)ひなは10代の選手なので、取り上げられ方によっては天狗になってしまい、周囲へ感謝の気持ちを忘れてしまうこともあります」

日本が活躍すれば大きく取り上げるのは、メディアとしては当然のこと。

だが、10代の選手には時として刺激が強すぎる場合があるという。

「若い選手の特徴として、注目されると周囲が見えなくなることもあります。周囲に支えられて今があることを忘れてしまったり、監督、コーチなどスタッフへの感謝、与えられた環境への感謝を忘れるときがあるのです。時に選手たちにはメンタル的にプレッシャーを与えることも大事なのです。なぜ自分がここまで成長できたのか、それを気づかせてあげるためにも、メディアの役割は大事です。冷静に物事を見る必要があると感じます。それこそ、日本が育てた才能豊かな大事な選手たち。彼女たちをみんなで見守り、育てていく必要があると思います」

今回の世界卓球で日本は躍進したが、3年後の東京五輪が本当の勝負どころ。

自国開催の五輪で金メダルへの期待を一身に背負うことになるのだから、プレッシャーも大きいに違いない。

呉は「平野美宇、伊藤美誠、早田ひなが金メダルを取るところをこの目で見たい」と今も韓国から成長を見守っている。

<文中敬称略>

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています】

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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