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今季初優勝のキム・ハヌル、専属キャディも気づいた一番の変化とは?

金明昱スポーツライター
日本で通算4勝目を挙げたキム・ハヌル(写真:Getty images)

晴れ晴れとした表情は、3年前とはまったく違っていた。

女子ゴルフツアーのサイバーエージェントレディスで今季初優勝し、ツアー通算4勝目を挙げたキム・ハヌル。昨年大会はプレーオフで敗れて2位だったが、今大会はきっちりと雪辱を果たした。

ちょうど同大会の練習日にキム・ハヌルとレストランでコーヒーを飲みながら話す機会があった。ハングルでの会話だと楽なのか30分の予定時間を大幅に過ぎ、1時間も話は続いた。

初日のホールアウト後の取材の受け答えも終始上機嫌で、調子の良さや余裕も感じることができた。もしかしたら優勝するのではないかという予感もあったが、それが的中した。

優勝後の会見でキム・ハヌルは今季の目標を聞かれ「日本に来て3年目ですが、1年目で1勝して、2年目で2勝。だから今年は3勝することが目標です」と謙虚に語っていた。

「賞金女王になる」と言わないところは、来日当初から今もまったく変わっていない。

2011、12年の韓国女子ツアーでは2年連続で賞金女王のタイトルを獲得したにも関わらず、キム・ハヌルが目標を控えめに設定している理由は、ジュニア時代からプロになったあともコツコツと努力を重ね、結果を残してきた選手だからだろう。

韓国で”老将”と呼ばれ

キム・ハヌルはアマチュア時代、韓国代表(ナショナルチーム)に一度も選ばれたことがない。

同年代には米ツアー賞金女王になったパク・インビと申ジエ、日本の賞金女王イ・ボミなどの実力者がひしめいていて、「国家代表になれない悔しさはもちろんあった」と言うが、高校3年でいち早くプロに転向した。

08年に韓国ツアーで年間3勝して賞金ランキング3位に入ってからは「アマチュア時代は悔しさも多かったけれど、早くプロになって勝つこと、賞金を稼ぐ楽しさがあった」と正直に語る。

そして11年、12年に賞金女王となり名実ともに絶頂期を迎えるも、13年は1勝、14年は優勝できずに2位が5回。

少しずつ優勝から遠ざかっていくキム・ハヌルのことを韓国メディアは、“老将(ノジャン)”(ベテランの意味)と表現しはじめた。

「韓国は勢いのある若手をセンセーショナルに取り上げる風潮が強く、結果が出ないベテランは蚊帳の外に置かれていきます。新聞やネットの報道でまだ26歳なのに“老将”と書かれて、相当ショックでしたよ」

そう言って苦笑いするキム・ハヌルだが、14年の日本ツアーのファイナルQT(予選会)挑戦は英断だった。

「QTを突破したあとも、15年の日本1年目は9月のマンシングウェアレディース東海クラシックで初優勝するまで本当に苦労しましたし、当時は住んでいた東京での家もすべて出払う手続きを済ませた状態で、韓国に戻る考えでしたからね。それでも2年目には2勝し、3年目の今年も早く勝つことができてホッとしています」

日本の水に慣れた

日本3年目を迎えたキム・ハヌルには日本で結果を残すことで、気づいたことがある。

「日本に来たばかりのとき、ティショットをフェアウェイに落とし、ピンにしっかり寄せてスコアメークすれば結果は残せると考えていました。ようするに技術があればいいと。でも、それは私の完全な誤解でした。日本での生活や環境に慣れること、ゴルフ場でいろんな人とコミュニケーションを取れるようになったことで精神的にゆとりができました。それが結果につながるんだと分かったんです」

去年、専属キャディの小谷健太氏に話を聞いたとき、確かに「日本の水に慣れたことで、彼女の実力が引き出された」と語っていた。

「近くにいて一番感じるのは、たくさんの人とコミュニケーションを取れるようになったことが大きい。本当に現場で楽しく話せる人がすごく増えました。1年目をしっかり過ごしたことで、周囲から『ハヌル!』って寄ってきてくれるようになって、居心地が良いみたいです。1年目は韓国人のキャディさんがバッグをかついでいて、周囲との交流も少なく、一人で黙々と練習して帰っていました。最初は馴染めない感じはあったかもしれません。ただ、ハヌルさんはあいさつもしっかりできる方なので、周りの方にかわいがられるのも早かった。(結果を残せるのは)そういう部分が大きいと思います」

日本3年目の今年は環境もコースも食事する場所でさえ、見慣れた土地になった。SNSのインスタグラムを見ても、日本でのツアー生活を存分に楽しんでいるのがよく伝わってくる。

今回の優勝スピーチを聞いて日本語の上達ぶりにも驚いた。

今季は7試合中、トップ10入り5回で1位。賞金ランキングも現在3位。今季の目標である年間3勝ができれば、初の賞金女王のタイトルも決して夢ではない。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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