「愛していると言ってくれ」「ビューティフルライフ」ヒット請負人が明かすドラマのへそ

(写真:アフロ)

「3年B組金八先生」(79〜11年)、「男女七人夏物語」(86年)、「ずっとあなたが好きだった」(92年)、「愛していると言ってくれ」(95年)、「ビューティフルライフ」(00年)、「オレンジデイズ」(04年)など学園もの、カルト作、ラブストーリーまで、名ドラマのこれまで語られていなかった裏話、もしくひとり歩きしていた伝説を当事者の視点で語ってもらいました。

語り手は、TBS ドラマの名演出家・生野慈朗さん。『3年B 組金八先生』第2シリーズ(80年)で、中島みゆきの『世情』を流した演出はレジェンド。先ごろ亡くなった脚本家・橋田壽賀子さんがセリフで聞かせるドラマを確立したとすれば、生野さんは画や音楽で視聴者の心を動かしてきました。

ひとを感動させるための真髄とは。あのドラマ、このドラマの裏話の数々を、生野演出ドラマのプロデュースも手掛けている植田博樹さんと共に語っていただきました。AD 編はこちら

チーフD編:「金八先生」の中島みゆき、あの話をもう一度

植田: 生野さんの演出には常にワクワクしっぱなしですよ。「金八」のレジェンドの回(『金八先生』第2シリーズ『卒業式前の暴力』)をポンと作られて、若き天才の出現みたいな感じでドラマ界を震撼させたと、当時の先輩たちから伺いました。その後の「男女7人夏物語」での生野さんの演出は、トレンディードラマの潮流を作ったオリジンだと思うんですよ。ここぞっていうときのテーマ曲のかかり方とか、劇伴の入り方も素晴らしい。フジテレビは、そのフォーマットをまんまパクッて月9のブームを作ったと僕は思っています。先日コロナ禍で再放送された「愛していると言ってくれ」を見返していてもそう思いましたが、生野さんの演出には常にオリジンがある。そして、その後のドラマ界の潮流を作り続けたと思うんですよね。話は変わりますが「金八」のとき中島みゆきさんの曲をあれだけ長く使うことについて誰も反対しなかったんですか。

生野:そのことは「3年B組金八先生 卒業アルバム 桜中学20年の歩み」(00年/同文書院/古沢保著)のインタビューで詳しく語っているんだよ。ネットで、『金八先生』第2シリーズ『卒業式前の暴力』のクライマックスが映画『いちご白書』を参考にして中島みゆきの『世情』を使ったというような記事が出ているのを読んで、なんで知っているんだろう?と思っていたら、この本がネタになっているみたいなんだよね。「いちご白書」を見てすげえなと思ったっていうのが第一にあって。その前、80年代後半くらいかな、中島みゆきの「時代」などを聞いて、ややポップな日本のフォークみたいでいいなと思っていたのね。それこそ「愛していると云ってくれ」というアルバムあるんだよ。その中の「怜子」という曲が女の情念をぐっと歌ったもので気になっていて。そのアルバムの最後に入っていたのが「世情」。「金八」のあの回で、合うかなと思って入れてみたら、編集中、ADの森ちゃん(森一弘)やデスクの女の子が泣いていたので、これはいけるかなと確信した。

植田:撮っているときから曲のイメージで撮っていたんですか。

生野:最初から音楽決めてやっちゃうと、当て込みになっちゃうから、撮っているときに完全には決めてないんだよね。ストーリーとかその場の流れで組み立てていって、もしかしたらあの曲合うかな……みたいな勘が半分。うん。勘だよね。

植田:警官がやってきて、学生たちを押さえ付けるところなど、本当にたくさんのカットを重ねているじゃないですか。若いディレクターでああいう台本にないような、カットを重ねて撮ることは、現場の人望も演出への信頼もないと、できないと思うんですよ。スタッフが付いてこない。

生野:うん。エキストラも素人だし、現場はわちゃわちゃしていて、カメラに何が映っているかも分からない状態だった。技術の名佐原昭雄さんには「どうすんだ、お前」みたいにぶつぶつ言われながら、とにかくやりましょうよと、大混乱の中、とにかく撮った。それが逆に功を奏して、いい顔しているよね、生徒たちが。演技を越えたものがあの場にはあったんじゃないかな。

木俣:「3年B組」の中島みゆきレジェンドのところで、加藤(直江喜一)が車に乗せられて連れて行かれるとき、お母さんが追っかけてくる。あれはリハーサルで、お母さんにどの辺で止まれとか、どれくらい走ってとか決めて撮っているんですか。

生野:あれはほとんど一発本番だった気がするんだよね。時間は押しているしね、エキストラも役者もいっぱいいてバタバタしていたから。お母さん役の方はベテランの女優さんで、なんとも言えないタイミングで飛び出してきて、なんとも言えないタイミングで崩れ落ちてさ。すげえと思って見ていたよ。

植田:金八先生じゃなくてお母さんに走らせたところがすごいですよね。

生野:ここはお母さんかなと思って。そこでも直江が実に虚無的ないい顔をしているんだよな。沖田浩之も良かったよね。

植田:奇跡は誰しも一回だけなら、起こることもあり得ますが、生野さんはその後も「男女7人夏物語」「男女7人秋物語」、「ビューティフルライフ」、「ずっとあなたが好きだった」「オレンジデイズ」と奇跡のシーンをいっぱい作っている。「男女7人〜」は、キャスティングだけだと、企画ものみたいにもなりかねないのに、あれだけ素敵なラブストーリーにしたのはディレクターの腕だと思います。

木俣:「男女7人」の最終回。大竹しのぶさんと明石家さんまさんの別れを主題歌に乗せて空港のなかをワンカットっぽく撮っていますよね。

生野:あれは空港職員の方の怒号と罵声の中で撮りました。大竹しのぶさんがエスカレーターで下がっていくところを怒られながら何度も撮った。

植田:生野さんの「もう一回お願いします」と淡々と、シーバーから聞こえてくる声が

浮かんでくるようですよ。

木俣:大竹さんが1回手を振って下がっていく途中、もう一度手をあげて振りますよね。下手したら映らないかもしれないギリギリでちゃんと手が映っているのは、カウントとるなどして段取りがあるんですか。

生野:あれは大竹しのぶさんの動物的な勘ですよね。2回振るのは俺も指示してないし、しのぶさんが事前にこうしたいって言ったわけでもないし、撮影場所の都合もあってテストも何回もやってないんですよ。

植田:さんまさんとしのぶさんがコインランドリーで話す場面。あの2人の掛け合いはシナリオにあるんですか。

生野:あれはシナリオにはあるけどあんな細かく書いてないんですよ。「男女7人」のさんまさんとしのぶさんの会話はアドリブでしょとよく言われるけれど、基本的には本当の意味での、本番で急にやるようなアドリブはないんだよね。ホンに書いてあるものを、テストでやりながら、ああしたらどうかこうしたらどうかとセッションしながら決めて、本番に行くっていうやり方だった。

「愛していると言ってくれ」のあのシーン

木俣:「金八」や「男女7人」のように、生野さんは、ひとつの画面で離れたふたりの人間の動きを見事に撮られていますよね。「愛していると言ってくれ」の第1話も、豊川さんが喫茶店の2階にいて、その下で常盤さんがリンゴをとろうと飛び跳ねている。また、常盤さんが表参道歩いてきたら、地下から豊川さんがあがってくる。「ビューティフルライフ」では冒頭で木村さんがバイクで走ってくると、後ろから常盤さんが車で来るっていう、それぞれの物語が、どこかで交差するみたいな瞬間を、長いストロークで撮られていて。最近のドラマでそういう撮り方をあまり見ないように感じますが、当時は当たり前でしたか。

生野:撮るとき最も気を付けていることは、人物と人物の距離と、芝居の間なんだよね。顔や状況ではなく、人物が醸し出す空気を切り取ることで、見ている人に伝わるんじゃないかと思っている。そのどちらも、カットを割ると途切れてしまうものでワンカットになっちゃうんですよ。距離の場合も、ただ、ナメで撮ればいいってもんじゃなくて、距離感が表すニュアンスが出るように、と。できるだけ空間を大切に撮るようにしていますね。

でも、そこ、気づいてくれたんだ。うれしいなあ。

植田:空間。空気。人の息遣いが画面から感じ取れるんですよね。生野さんの切り取った画は。

生野: 1話でプロデューサーの貴島(誠一郎)がすごく褒めてくれた場面は、井の頭線のホームの向こうに晃次(豊川悦司)がいて、紘子(常盤貴子)が反対側のホームを駆けのぼって、電車が来て乗って行っちゃったかと思って崩れ落ちていると、人込みを抜けた向こう側に晃次がアウトフォーカスでいる。あれがただ絋子のアップで、向こう側にいる晃次にカットバックしちゃうと、なんとも言えない2人の醸し出す空気がなくなっちゃうと思うんだよね。それをなんとかするためにどうすりゃいいのか考えた結果、周りにさんざん迷惑を掛け、通行人を止め、もう一回もう一回と、駅を占領して撮影をやった。表参道の場面もなんとかワンカットでやるために、何回も何回も撮った。結構時間を食うし迷惑もおかけするから、ADに、このテイクを最後にしてくださいとよく泣きつかれたな(笑)。

植田:すいません。僕もよく泣きつきました(笑)。

生野:晃次の手話をどれくらいの画角で撮るかも何パターンも考えたんですよ。手話の文字の入るタイミングも全部セリフを出さずに一瞬、間をおいてから出すとかね。いろいろ試行錯誤した。橋田壽賀子さんがテレビドラマは画面を見てなくてもセリフを聞けばわかるように作るものとおっしゃっているけれど、「愛している〜」は晃次がしゃべらないからセリフのない部分が多くてね、手話を含めビジュアルの訴求力が必要だったんですよ。ふたりの2ショットを交えながら、手話している晃次は手まで見せ、聞いている絋子はアップの表情だけ見せるとか。一度、フルサイズで1分間、セリフのない状態を続けたこともあったけれど、意外と保つなって思ったね。

植田:空気といえば、生野さんと土井さんとジャイさん(「半沢直樹」の演出を手掛ける福澤克雄)は現場の空気を作るのもすごいうまかった。駄目なディレクターだったら、おはようございますって、だら〜っとした空気のまま撮影がはじまるけれど、生野さんは、ここぞという場面の撮影のとき、現場の空気がビーンと張り詰めるんだよね。芝居の場を支配できるヒトは、生野さんと土井さんと、役者で言うと木村拓哉さんだった。僕は「愛していると〜」の現場には入っていないけれど、おそらく、いいものを作るぞと、張り詰めた空気のなかで、カメラマンやスタッフがインスパイアされて、アイデアをいっぱい出していたのだと思いました。

生野:うん。まさにそう。例えば、技術の島﨑孝雄さん。「愛している〜」でいうと、雨上がりで晴れて空がきれいだったときがあって。俺は低めの位置から空を撮ったらどうかと言っていたら、島﨑さんがちょっと盛り土みたいにしてあったところに登って下を見ていて。水たまりに映った空を絵に入れられないかって言うんだよね。空を撮りたい意図は同じだけれど、アングルは、島﨑さんのアイデアのほうがおしゃれなわけ。

植田:生野さんと島﨑さんのバディ感たるや、本当に黄金の組み合わせでしたよ。そこに美術の青木ゆかりと石田道明さんが集まったら、本当にもうオールスターだった。

「ビューティフルライフ」のナレーションは反対を押し切った

木俣:「ビューティフルライフ」の冒頭、車を運転している常盤貴子さんが外に手を出してバイクに乗っている木村拓哉さんが驚くという、お互いが気をつけないといけないシーンがやれるのは俳優との信頼感ですか。

生野:いや。あれは台本に書いてあったよな。

植田:書いてありましたけど、それは木村さんと生野さんの作った演出ですね。「織田信長 天下を取ったバカ」(98年)のときもそうでしたね。猫を捕まえて出てくるのは、台本になかった(脚本は井上由美子)。猫を捕まえて颯爽と出てきて、濃姫役の中谷美紀さんが「何者」みたいなことを言ったら、「信長だ」って言う。

生野:信長の猫のようなしなやかさというか、動物的な部分をどう表現するかなと思って、だったら猫かなと。

木俣:「ビューティフルライフ」は貴島さんが、生野さんに、植田さんとやってあげてくれと頼んで、泣く泣く(?)「金八」を離れたとか聞きました。

植田:「金八」は2クールだからどうしても重なるので申し訳なかったです。でも「ビューティフルライフ」は、北川悦吏子さんと生野さんと貴島さんの組み合わせがぴたりと合ったから、あれだけのものになったんです。最初サスペンスものの予定だったものが、北川さんと生野さんのすーっとした阿吽の呼吸の中で美しいラブストーリーに突然変わっていった。

生野:各話の最後に、ヒロインが過去を振り返るナレーション入るでしょう。つまりそれはゆくゆくふたりは駄目になることがわかるナレーションだから、やめたほうがいいってみんなに言われたの。貴島にも絶対やめたほうがいいって言われて。

植田:僕も、ミステリーでいうところのネタバレですよみたいなことを言いました。

生野:俺は、最後に駄目になるとわかりながらも、そこまでの2人がどうなるかが面白いと思ったんだよね。最近だと「100日後に死ぬワニ」ってあったけど、ああいう感じ?(笑)。とはいえ、その意思を貫くまでにものすごく悩んだけれどね。だからポスターも、最初、車いすを強調したくないからと寄りっぽかったけれど、あえて、入れろと意見を出したの。いつか別れることになる車いすのヒロインと恋人がどうなっていくかを見守るというドラマにしようと思って。

植田:生野さんの嗅覚ってすごいんですよね。「ずっとあなたが好きだった」のとき佐野史郎さんが注目されたのも、もちろん演技力もすごかったけれど、生野さんの演出による部分も大きいと思います。木馬に乗る演出とかギミックのシーンの大半は、桑波田景信さんで、その功績も大きいんだけど、お客さんの気持ちをつかむ心情の回は生野さんなんですよね。

生野:あのとき、貴島はラブストーリーがやりたかったんだよね。でも俺はこのキャストでラブストーリーやっても爆発しないんじゃないかと思った。俺、時々打ち合わせで、「このドラマのへそはどこ」って言うんだけど。

植田:はい。「へそ」。生野さん、よく言っていますね。

ドラマの「へそ」はどこにある

生野:「ずっとあなたが好きだった」のへそは何なんだろうと考えたとき、ただのラブストーリーじゃないように感じたのね。キャストをはじめ企画の成り立ちをいろいろ見ていると、佐野さんと野際陽子さんがキーになるんじゃないかって。それこそ勘だけど。俺のそのへそが効いたのは、お見合いに行く途中で佐野さんが自転車倒す場面。

植田:仙台ロケですね。

生野:佐野さんが小指を切っちゃって血出して、野際さんが口にくわえるっていう、あのカットをやったとき。あれがお客さんに受けるかどうかで、このドラマのへそが決まると思った。俺が現場で提案したら、2人はすっと理解してくれて、思い切りやってくれたんだよね。

植田:あの動きは佐野史郎さん発か野際陽子さん発かと言われていますが、正しくは生野さん発なんですよね。あのとき、僕は、仙台の自転車担当だったんですよ。バラエティーからドラマ制作に来て、最初に付けてもらった連ドラが「ずっとあなたが好きだった」でした。一番下っ端のADで、生野さんが自転車が、次々倒れるシーンを入れたいって言うから、仙台のロケ担の人にお願いしたら、実は観光専門の人で、自転車を予定分借りるとかできなくて、仕方ないから違法駐輪で役所が引っ張った自転車を借りてきて、ずらずらと並べました。野際さんが佐野さんの指の傷をなめるシーンを見て、金ドラなのにこんな不真面目なシーンを……って当時の僕は思ったけれど(笑)、それがへそだとは当時の僕はわからなかった。当時、ネットがあったら騒然となったでしょうけど、それを生野さんは、肌感覚で捉えてらしたわけで。

生野:どういうドラマになるかよく分かんないけど、とにかくやってみようと思って。でも、それが受けて、だんだんじわじわと危うい方向へ転がって行っちゃった(笑)。

植田:台本にあった、冬彦さんがエロ本のコレクションをしているシーンのために、俺、古本屋でエロ本をいっぱい買って、一週間かけて、チョキチョキ切ってコレクションノート作って、生野さんに見せたら「ああいいんじゃない」みたいなこと言われて、やったと思ったけど、その直後、美術制作の島田孝之さんがやってきて、蝶の標本のコレクターというのはどうでしょうかと言って、プランがガラリと変わった。僕の作った、エロ本コレクションノートは没になりました。でも、島田さんは蝶の標本とか木馬とか、冬彦が土の中から出てくるみたいな案も次々出してくれましたね。

生野:土の中から出てくるのはジャイとかみんなで話しあって決めたんだよ。

植田:そのときに穴をどうやって掘るかも試行錯誤しましたよね。ゴムを張って、それでその上に土を乗せて、ゴムをカッターで切って出てきたら勢いが出るんじゃないかとか。その美術プロデューサーが、「全員集合」の美術さんと同じように、いろいろ考えていたんですね。スタッフが頑張ると、生野さんは見ていてくれて、打ち上げの挨拶で、みんなの働きを褒めてくれるんですよね。そうすると、見ていてくれたんだって、全員が号泣するんだよね。

木俣:生野さんから見て、植田さんはどういうところが魅力でしょうか。

生野:やっぱりタフだよね。どんなことに対しても前向きに進むっていうか。そこはすごいなと思いますよ。知識が豊富でーー特にサスペンスとかのからくりなんかになってくると太刀打ちできない。植田の言っていることが難しすぎて、よくわかんないけどすげえみたいな(笑)。

「男女7人夏物語 評判編」は「半沢直樹」の生放送の元祖だった?

植田:「QUIZ」(00年)も1本撮ってもらいました。なにかあるたびに生野さんのところに行って、俺が「生野さん、もう駄目かもしれません」みたいに、何度生野さんの前で号泣したか(笑)。

生野:ディレクターはプロデューサーとの出会いがないと、どうしようもないからね。くじ引きみたいなもんで、俺はいいくじを引いただけ。植田との出会いとか、貴島との出会いとか。「男女7人」もそれこそいいくじを引いたようなものだった。

植田:あれはテレパック制作でしたよね。どうして生野さんがやることになったんですか。

生野:テレパックのプロデューサー武敬子さんに声をかけてもらったの。赤坂のそば屋・長寿庵の前の通りを歩いていたら、いきなり後ろから小柄の中年女性が「あんた生野さんよね」と声をかけてきて「あなたにね、ドラマ撮ってほしいのよ」って、大声で言うの。もうびっくりしちゃってさ。筒井とも美さん脚本で、浅丘ルリ子さんと竹脇無我さん主演の「離婚テキレイ期」という連ドラで、すでに頭3本はもう撮り終わっているが、途中の2本を撮ってくれって。どういうふうに変えてもいいって言うけれど、すでに撮り始めているドラマに途中参加するのはどうなのかと躊躇があってね。もし、本当にやるなら辞令もいるから、当時の部長・柳井満さんに相談したの。そしたら、やってみたらどうだと。そして、現場に乗り込んだらさ、さんまさんも出ていたし、所ジョージさんとか面白いキャストがいっぱい出ていたんだよ。なんとか2本無事撮り終えて、それから1年ぐらいしてかな、赤坂に昔あったシャンピアっていうホテルから下りてくる坂道があるでしょう。そこを歩いていたら、また後ろから「生野さん、生野さん」って。また武さんで、「あなたに撮ってほしいものがあるのよ」って言うんだよ(笑)。今度は、木下プロは「金妻」(金曜日の妻たちへ)で大ヒットを出したから、テレパックも鎌田敏夫さんを押さえてヒットさせたい。ついては「あんた撮ってちょうだい」って言われて。それが「男女7人〜」。

植田:ヒット請負人(笑)。

生野:また柳井さんに聞いたら、それはやるべしと。まず企画を聞いてみようと思って、鎌田さんと会って。そうしたら映画「セント・エルモス・ファイヤー」みたいなものをやりたいと。俺も「セント・エルモス・ファイヤー」みたいなものは企画出していたから、ちょっとそれは……と渋ったら、「セント・エルモス〜」は、20代――要するに学校卒業したばかりの男女。そうじゃなくて30歳過ぎて、ひととおり仕事全部覚えて、これからどうしようと宙に浮いちゃった男女7人のドラマと言うから、それなら面白いかもと思って。武さんは「さんまさんとしのぶさんだけ押さえてあるのよ」と言って。あの頃、俺は、大竹さんの最初の旦那さんの服部晴治さんの下に付いていたから、大竹さんの人となりもなんとなくわかるし、いいかなと心を決めた。でもさ、まさかあんなにお化け番組になるとはそのとき思ってもいなかったよね。いざ始めたらとにかくホンがあがってこなくて苦労したよ。下手したら前の日だからね(苦笑)。

植田:さんまさんも忙しかったから、真夜中に撮影したと聞きました

生野:さんまさんと鶴ちゃん(片岡鶴太郎)は「俺たちひょうきん族」の撮影が終わってからこちらの現場に入る。全員揃うのは夜11時ぐらいから。そこから午前4時までやって、朝7時にはまたロケスタート。そんなヘヴィなスケジュールだった。貴島との出会いは、それこそ「男女7人」の「評判編」。「男女7人」のネタを元にさんまとしのぶがトークする2時間半とかの生番組で「男女7人」のDVD に特典として入っているよ。「秋物語」のときは生じゃなくて収録で、「秋物語」のほうが面白かったかな。

(※そのときはなんとなく聞き飛ばしてしまったが、その後、「半沢直樹」が生放送で出演者のトーク番組をやった。コロナ禍の苦肉の策であったが、昔から内輪で裏話を語る番組は存在していたのだ)

生野:それを撮っているときにサブ調整室でああだこうだってやっていたら、後ろに、でかい男がネクタイ締めて現れてーー

植田:化け猫(貴島のあだ名)が(笑)。

生野:そして「貴島と言います。今度制作に来ることになりまして。生野さんとドラマやらせてください」みたいなことを言うんだよ。それで「結婚したい男たち」をやった。それが出会い。だからそういう意味で本当、人生、くじ引きみたいなものだよね。

植田:つまり、テレパックの武さんを有名ならしめたのは生野さんでもあるし、貴島さんもそうで。さらに言うと僕なんかも、生野さんの名前がなかったらプロデューサーはできなかったですからね。生野さんが撮りますって言ってくれると、やっと事務所の人が企画書みるためのアポくれるみたいな。今まで、生野さんの名前で沢山の仕事をさせてもらったという実感です。

生野:ふふふ。ローリング・ストーンだよね。俺は別になんにもやってなくて、ころころ転がるうちになんか偶然出会うみたいなさ、そういうのが一番格好いいんじゃない?

◎取材を終えて

「ネットで、『金八先生』第2シリーズ『卒業式前の暴力』のクライマックスが『いちご白書』を参考にして中島みゆきの『世情』を使ったというような記事が出ていて、なんで知っているんだろう?と思っていた」

生野慈朗さんはそう言って笑った。「3年B組金八先生 卒業アルバム 桜中学20年の歩み」のインタビューで自ら裏話を語っていたことをすっかり忘れていたそうだ。

ネットの発達によって、過去の発言が掘り返され拡散することも喜ばしいが、同時にさまざまな見解がひとり歩きしていくこともある。

名作ドラマがどうやってできたか、当時、どんな人が何を思って作っていたのか、少しでも記録しておきたいと思って、今回、生野慈朗さんと植田博樹さん、現場の当事者に語ってもらった。

「3年B組金八先生」、「男女七人夏物語」、「ずっとあたなが好きだった」、「愛していると言ってくれ」、「ビューティフルライフ」、「オレンジデイズ」などを撮ってきた生野さん。「転がる石」と自身を語る生野演出は劇的だ。「金八先生」の中島みゆきをはじめとして、「男女7人〜」も「ずっとあなたが好きだった」も「愛していると言ってくれ」もここぞというところで主題歌が入る。そこで一気にドラマのボルテージが上がる。そして視聴率も上がっていく。なんでこんなにツボに入った曲の入れ方ができるのかと思ったら、生野さんはその昔、フェンシング部の主将だったというから、あの細い剣先を狙ったところに当てる繊細さと素早さで、視聴者のツボを射抜くのだと納得した。ただし、繊細なだけでは、あの強烈なインパクトは出ないだろう。演劇やライブでドッカン!とくるスケールの大きさも兼ね備えている。それはおそらくAD時代に関わった、生放送の「8時だョ!全員集合」で鍛えられたものなのではないだろうかと、お話を聞いて思った。ステージの緞帳を上げる瞬間の高まる鼓動を振り返っているときの臨場感を聞いて、演者と観客とのかけあいのなかで揉まれながら、何がヒトの心を熱くするかを体感でわかっているのだと感じたのだ。生放送の現場を体験しているヒトは身体感覚が違う。

生野さんの、森全体をしっかり見据える広い視野と、一瞬のズレも許されない見極め力と瞬発力。こんな異才はなかなか現れない。生野ドラマは時を経てもずっと見る者の心を沸き立たせる。

生野慈朗 Jiro Showno

1950年、兵庫県出身。慶応大学卒。1972年TBS入社。代表作に「ずっとあなたが好きだった」「男女7人夏物語」「愛していると言ってくれ」「ビューティフルライフ」「オレンジデイズ」など多数。「3年B組金八先生」の第3、4シリーズのチーフディレクター。第2シリーズで、中島みゆきの「世情」を使った演出が伝説となっている。ドラマのみならず映画監督もつとめ主な作品に「余命」「手紙」「食べる女」などがある。

植田博樹 Hiroki Ueda

1967年、兵庫県生まれ。京都大学法学部卒業後、TBS入社。ドラマ制作部のプロデューサーとして、数々のヒットドラマを手がける。代表作に「ケイゾク」「Beautiful Life」「GOOD LUCK!!」「SPEC」シリーズ、「ATARU」「安堂ロイド~A.I .knows LOVE?~」「A LIFE~愛しき人~」「IQ246~華麗なる事件簿~」「SICK‘S」などがある。4月16日(金)から金曜ドラマ「リコカツ」放送。