NHKの朝ドラは戦争をどう描いてきたか  ~『エール』では音楽と戦争の関わりを 過去の作品では?

戦争体験が描かれた朝ドラの数々 再放送中の『純情きらり』も芸術と戦争を書いている

戦時歌謡を多数生み出してきた作曲家・古関裕而。ある種の戦争の応援になる仕事をしていたことを当人はどう思っていたのでしょうか。彼をモデルにした作曲家を主人公にした”朝ドラ”こと連続テレビ小説『エール』(NHK総合 月~金 朝8時~)がいよいよそこに踏み込んでいきます。『エール』の脚本に書かれた想いと、それを演じる主演・窪田正孝の凄み、そして朝ドラで戦争を書くことの難しさについて、朝ドラ制作統括を経て、今は朝ドラと伴走する副読本(ガイドブック)の編集主幹をとつめる加賀田透さんに取材しました。

※この記事では放送中の『エール』に合わせて「戦時歌謡」で統一しています。NHKから聞いた統一した理由は記事の終わりに記しました。

朝ドラで戦時下を過ごした主人公は30人越え

朝ドラこと連続テレビ小説『エール』は15週に入ると、昭和12年、日中戦争がはじまって日本が次第に戦時体制に入り、15週のおわりでは昭和16年、太平洋戦争が開戦する。

『エール』の主人公・古山裕一(窪田正孝)は、実在する作曲家・古関裕而をモデルにした人物。古関は戦時下、「露営の歌」や「暁に祈る」など多くの戦時歌謡を作り、人気を得た。

15週では「露営の歌」の歌詞に出会い、心を動かされた裕一が曲を自主的につけ、久志(山崎育三郎)がそれを歌ってヒットさせ、次に、軍の依頼でつくった映画の主題歌「暁に祈る」が、鉄男(中村蒼)の作詞、裕一の作曲、久志の歌と“福島三羽ガラス”がついに花開く。裕一、鉄男、久志がようやく各々の仕事が認められてきた時期と戦争が同時期で、彼らは戦争で夢を失うのではなく、戦争に行く人たちを勇気づける曲を作ることで夢を実現していく。

NHK出版の編集主幹・加賀田透さんは「NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説エール Part2」を出版するにあたって、「“戦争に協力していく主人公”から“戦後になって、それを乗り越え再起する主人公”の姿を逃げずに描こうとしているのは、朝ドラ史上でも画期的なことだ」と感じたと言う。

加賀田さん、前職はNHKのプロデューサー。朝ドラでは、窪田正孝も出演していた、『赤毛のアン』の翻訳家の半生をモデルにした『花子とアン』(14年)の制作統括をしていたから朝ドラには詳しすぎるほど詳しい。

「朝ドラで戦争は何度も描いていますが、ヒロインが夫や息子を戦争で亡くすなど、戦争の被害者の立場になることが多いんです」と語る加賀田さんが編集した『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説なつぞら Part1』によれば、100作中、戦時中に青春時代を過ごしたヒロイン31人。そこに今回、ヒロインではないが、古山裕一も加わったことになる。

戦争と主人公を深く書くことで見えてくるもの 

「『エール』の場合は実在の作曲家・古関裕而さんがモデルになっています。彼はいわゆる戦意高揚のための戦時歌謡を作った人で、代表的な曲がいくつもある。そういう作品を書いた時代をどう描くか。脚本を読む前は、戦争中のエピソードは多少端折って『オリンピック・マーチ』を作った部分を中心に描く選択もあるかなと僕は思っていました。ところが、読んでみたら、決してそうではなくて、むしろ想像以上に深く踏み込んで描いているなと感じました。被害者というだけにとどまらない、あくまで現象面から見れば戦意高揚に力を貸すというスタンスの主人公はたぶんこれまで朝ドラでほぼないと言ってもいいでしょう。制作側の覚悟と意気込みを感じました」

『とと姉ちゃん』(16年度前期)や『べっぴんさん』(16年度後期)など近年の朝ドラでは戦時はあまり描かれず、主に戦後を書いているが、『純情きらり』(06年度前期)、『ごちそうさん』(13年度後期)、『花子とアン』(14年度前期)などは戦時下のエピソードが占める割合は少なくない。放送時の世の中の空気によっても戦争の扱われ方は変わっていくと聞くが、『エール』は久々にじっくり太平洋戦争時の主人公の物語を書くことになった。そうと知った加賀田さんは、ドラマ・ガイドでも戦争と主人公に焦点を当てることにした。

加賀田さんは『わろてんか』以降、NHKドラマ・ガイドに関わっている。実際に朝ドラ制作経験者がガイドブックを編集することで、作品の掘り下げが深くなってきているように筆者は感じている。

「制作統括の土屋勝裕チーフ・プロデューサーと、窪田正孝さんと二階堂ふみさんのお話を伺いました。窪田さんと二階堂さんのドラマ後半全体に関する対談ページとは別に、戦争の時代ということに特化した形でのインタビューを行いました。お2人とも深く考えていて、非常に興味深いお話を聞くことができました」

実際に話を聞くと、加賀田さんは「戦後だけでも十分作れるのではないかという考え方は浅はかだった」と感じたと言う。

'''「モデルの古関さんの戦後の代表的な曲である『長崎の鐘』や『オリンピック・マーチ』などは戦時中の経験なしにはあり得ないものだったことが見えてくる。そういう構造に脚本がなっていて、戦時中のエピソードをたっぷり踏み込んで描く必然性がよくわかります」

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戦争との関わりをどう書くか 

戦意高揚に力を貸した人物は朝ドラではあまり描かれていないと言いながら、加賀田さんの制作した『花子とアン』もそこに踏み込んでいた。

不朽の名作『赤毛のアン』の翻訳者をモデルにしたドラマを朝ドラで描くにあたり、加賀田さんは、ヒロインが愛していた英語圏の国々と戦うことになるということへの葛藤は最初からドラマの山場のひとつになると自覚があったが、その前の日中戦争期の“ラジオのおばさん”としての活動をどう描くべきか。それは脚本作りをはじめてからぶつかった問題だった。

「『エール』は太平洋戦争がはじまってからの主人公の葛藤を描いていますが、『花子とアン』の太平洋戦争時の主人公の葛藤は比較的分かりやすいんです。女学校時代から英語に親しんできた花子(吉高由里子)が英語圏を敵に回した戦争に巻き込まれていったとき、花子は迷いなく翻訳という英語と向き合う仕事を続けたため、『非国民』と呼ばれたり、石を投げられたりします。これは花子のモデルである村岡花子さんが体験したエピソードらしいんです。それでも翻訳を続けたことで、最終的に『赤毛のアン』が誕生するという流れはわかりやすい。ただ、花子は太平洋戦争以前、日中戦争が始まるよりもさらに前から “ラジオのおばさん”という今で言うパーソナリティーとして活動をやっていました。そこでのラジオの放送のスタンスは“兵隊さんを応援しましょう”というものです。花子自身はそのスタンスに消極的ではあるかもしれないけども、結果的に戦争に協力しています。ここをどう描くかは悩みました」

主人公には愛されてほしい

「おそらく『エール』も、戦争と主人公をどう書くか、同じように悩んだのではないかと思います。今の目で、過去にあったことの善悪を判断することが果たしていいのかどうかという問題は昭和を描くドラマを作っていて必ず突き当たるところです。ドラマが放送されている現時点の、『花子とアン』でいえば平成26年、『エール』なら令和2年の時点での価値観と、昭和に生きていた人の価値観で捉え方と同じではないだろうということです。表現の仕方がひじょうに難しくはありますが、『花子とアン』の場合、主人公が子どもたちに向かって、“兵隊さんを応援しましょう”と呼びかけることに、今だったら罪深いと感じる人がいるでしょうけれど、当時の状況はどうだったのか。モデルになっている村岡花子さんに限らず、当時の文学者の多くは、“日本文学報国会”というような団体に所属していて、積極的ではないにしても、戦争を続ける国家を支持する側にいました。それをドラマでどこまで描くか。全く触れないで済ますことはヒロインを甘やかし過ぎではないだろうか。とはいえやはり主人公は視聴者に愛されてほしい。そのためにはどう描くのが最適か。様々な意見をスタッフ間で交わし、試行錯誤したすえ、蓮子(仲間由紀恵)というもう一人のヒロインと花子を対峙させて描きました(23週)。日中戦争の時期にラジオでの活動を続ける花子と蓮子が激しく対立し、たもとを分かつ。そこで蓮子が花子を痛烈に批判します。蓮子の口を借りて、花子のスタンスへの批判の言葉をぶつけました」

蓮子のモデルになった歌人・柳原白蓮は実際、戦後、平和運動に参加しているが、花子と蓮子のように村岡花子と対立したかはわからない。ここはドラマの創作部分だ。

だが、「白蓮の夫・龍介は確かに戦中から反戦運動をしていますが、白蓮は戦意高揚的な短歌を作ったりしていて、息子の戦死をきっかけに戦後反戦運動をはじめたのは事実です」と加賀田さん。

ドラマ作りに公共放送としてのスタンスはあるか

アンと蓮子という対比のほかに、『花子とアン』では、ラジオ局の制作部長・漆原(岩松了)がはっきり「ラジオ局は国策への協力を促す立場にあるんです」(132話)と言うことに対して、看板アナウンサー・有馬(堀部圭亮)は太平洋戦争がはじまったとき「私は感情をこめず、正しい発音で一字一句正確に原稿を読み続けます」(138回)とどんなニュースでも聞く人の感情を煽るようなことはしないというアナウンサーの矜持を述べる。これも対比。できるだけ、いろいろな立場から物語を描こうとしている工夫を感じた。

「感情をこめない」というのは報道のスタンスと思うが、ドラマ(フィクション)の場合はどうだろう。公共放送はどちらかの意見に偏ってはいけないと聞くし、これまでも、そういう発言を聞いたこともあるが、加賀田さんはこう考える。

「自分ではそんなに気にしないようにしてきたような気がします。バランスは個々の番組が考えるのではなくて、編成が全体のバランスを考えればいいのではないかと思っていました」

難しい役に挑む窪田正孝の演技が語るもの

“反戦”という蓮子のシンプルな立場に対して、花子は、あえて、誰もが簡単に正解にたどりつけない複雑な葛藤を抱える。『エール』では軍事歌謡を作り続ける古山裕一をどこまで描くだろうか。

「確かに、裕一は花子と同じようなことを抱えている気がします。窪田正孝さんの演じている古山裕一は本当に複雑ですよね、窪田さんのインタビューを聞くと、相当考え抜いている印象で、それが芝居にも表れていると感じます。15週の75回で、『暁に祈る』が売れたあと、裕一と鉄男が2人で語るシーンが印象的です。『俺たちこれでよかったんだね。ひょっとしてなんか、とんでもない間違いをしてる? いや、そんなことないよね』というように自問自答しているような表情。わずか数秒のカットのなかで窪田さんが、曲が売れた嬉しさと、かすかな不安のようなものが瞬時に見える絶妙な表情をしていました(※喫茶バンブーで保(野間口徹)たちに「暁に祈る」がいい曲だねと言われる場面)」

『花子とアン』ではヒロインを支える幼馴染に窪田をキャスティングした加賀田さんは、俳優・窪田正孝の実力を信頼している。

「『花子とアン』の前に『下流の宴』(林真理子原作、中園ミホ脚本)で窪田さんとお仕事していて、そのときは無気力な、何を言っても伝わっているんだか伝わってないんだか分からないような若者を演じてくれました。それが『花子とアン』ではひたむきな朝市とまったく違う役どころに。ヒロインに片思いをしていて、想いは報われないが、ずっと思い続けている幼なじみの男の子という役(朝市)ができたとき、真っ先に窪田さんの名前が出てきました。僕と、中園さん、チーフ演出の柳川強が全員一致で。夫役は、花子が荒れ球ぎみのピッチャーだとしたら、とにかくどんな球でも受け止めるキャッチャーのような人というイメージから、鈴木亮平さんに決まりました。鈴木さんが堅実なキャッチャーだとすると、窪田さんは軽快に動けて守備範囲の広いショートやセカンドというイメージ。朝市と裕一はキャラ的には幾分通じるものはあるかもしれないです。自分のことより人のことのほうを気にするような部分に似たところを感じます。でも、朝市のほうがシンプルで裕一のほうがやや複雑な部分を持っているかもしれないですね」

朝ドラ、新たなフェーズへ

朝市という名は『あさイチ』にちなんで中園がつけた。それによって朝ドラと『あさイチ』の関係はより深くなり、当時の司会・有働由美子は吉田鋼太郎演じる伝助に夢中になるという盛り上がりも見せた。

朝市自身も、窪田の一途な演技が評判を呼び、スピンオフでは彼が主役の「朝市の嫁さん」が制作された。

『ゲゲゲの女房』(10年度前期)では主人公の漫画家アシスタント、『花子とアン』ではヒロインの幼馴染、そして『エール』で主人公。確実に前進している窪田正孝。戦争を経験しながら複雑な葛藤を抱えていく古山裕一は彼の代表作となるだろう。それと同時に、朝ドラと戦争という、切っても切れない関係の歴史に新たなフェーズを迎えることになるか、ドラマの進行を見守っていきたい。

「視聴者の方々はそういう話はもしかしたら楽しくはないかもしれないけれども、敬遠しないでくださいねというような思いを僕なりに込めて、ガイドブックの編集に当たりました」と加賀田さん。

ドラマには、作るスタッフだけでなく、ドラマの本質を読み解き、支える人たちがたくさんいる。

NHKに聞いた『エール』では「戦時歌謡」と統一している理由

この記事では『エール』の表記に合わせて「戦時歌謡」に統一していますが、「軍事歌謡」と呼ばれることもあります。

NHKになぜ「戦時歌謡」としたか問い合わせたところ、下記のような回答をもらいました。

“戦時歌謡”という言葉は、連続テレビ小説『エール』の風俗考証をご担当頂いている刑部芳則さんが、著書の『古関裕而 ー流行作曲家と激動の昭和』で使用されている言葉です。ド ラマの中では、裕一が軍への協力として作曲する場合も、出征する兵士や送り出す家族たち の気持ちに寄り添う曲作りをしているという描き方をしているので、 “戦時歌謡”という呼 称を使用するのがより内容に沿っていると考え使用しています。

NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説エール Part2 表紙
NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説エール Part2 表紙

「ドラマとしてこれから一番難しい時代に入っていくので、そこをどう見るかということについてきっといろんなヒントになる記事が満載です。窪田さん、二階堂さんをはじめとして、注目の“福島三羽ガラス”の中村さん、山崎さんなどの生の声もふんだんに掲載していますので、ぜひ手に取っていただきたいです」と加賀田さん。

NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説エール Part2

NHK出版

9月29日発売

profile

加賀田透 Toru KAGATA 

NHK出版編集主幹。NHKでは「花子とアン」のほか、「荒神」「トットてれび」「美女と男子」「書店員ミチルの身の上話」などの制作統括を担った。