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ウクライナ侵攻半年「ロシアメディア」が規制くぐりフェイク拡散、その新たな手法とは?

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
ロシア国営メディアが欧州の規制の網をかいくぐっている(写真:ロイター/アフロ)

ウクライナ侵攻から半年、ロシア国営メディアが欧州の規制の網を潜り抜けて、なおフェイクニュースの発信を続けている――。

英シンクタンク「戦略対話研究所(ISD)」が、そんな調査報告をまとめている。

ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、欧州連合(EU)は3月初め、制裁の一環としてフェイクニュース(偽情報・誤情報)などの発信元として知られるロシア国営メディア「RT」「スプートニク」の遮断を実施した。

だが調査によると、RTはその規制を潜り抜けて、引き続き欧州で拡散を続けているという。

これまでも、ロシア国営メディア関連のソーシャルメディアアカウントが、規制を受けぬまま、情報拡散に使われていた実態が明らかになっている。

だが今回は、それに加えて新たな規制回避の手法が明らかになったという。

その手法とは?

●配信停止でも数百万件の閲覧

RTの代替ドメインとミラーサイトは、過去数ヶ月で数百万のページビューを集めた。少なくともその一部は、これらのコンテンツが、RTの公式アカウントによってソーシャルメディア上で共有されているおかげだ。

これらのドメインにリンクした投稿は、ツイッターとフェイスブックで45万6,000回以上共有されており、4月上旬に大きなピークが確認された。

戦略対話研究所が7月20日に公開した調査報告は、そう指摘している。

ロシアによるウクライナ侵攻への制裁の一環として、EUは侵攻7日目の3月2日、ロシア国営メディアのRT(RT英語版、RT英国版、RTフランス語版、RTドイツ語版、RTスペイン語版)、スプートニクの域内での配信停止を実施している。

これを受けて、ツイッターやフェイスブック、グーグルなどのプラットフォームも、規制対応を表明している。

だが調査報告によれば、RTについてはそれ以降も引き続き、EU域内でコンテンツが閲覧できる状態が続いているのだという。

同研究所は6月末から7月にかけて、EUでは遮断されているはずのRTの英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語のコンテンツについて、域内からグーグル検索を使って収集。

EUからアクセスできるRTのコンテンツの配信サイト計183件を特定した。

それらを分析した結果、規制を潜り抜ける仕組みには、①代替ドメイン(14件)②ミラーサイト(5件)③コピー&ペースト(112件)④アグリゲーション(52件)、の4つのパターンがあったという。

①は、RTのスペイン語版の公式ドメイン(アドレス)「actualidad.rt.com」がEUの規制対象となっているのに対して、ピリオド「.」の1カ所をハイフン「-」にしただけの「actualidad-rt.com」という別のドメインで、同じサーバー(IPアドレス)から配信を続ける、といったものだ。

②のミラーサイトでは、ページデザインも含めてまったく同一のサイトを、別のアドレスを使い、別のサーバー(ミラーサーバー)から配信するケース。

③のコピー&ペーストでは、既存のサイトが、RTのサイトから見出し、記事、写真などをそのままコピーして掲載しているもの。

④は、RTのコンテンツの一部とそのコンテンツへのリンクを、ネット上の情報を収集して紹介するアグリゲーションサイトが掲載しているものだ。

最も多いのは③のコピー&ペーストだが、これはRTとの関係が明確ではないという。RTとのつながりが明確なのは、サーバーのIPアドレスが同じ①の代替アドレスだ。そして、そのうちの11のアドレス(英語サイト1、ドイツ語サイト7、スペイン語サイト3)はロシアによるウクライナ侵攻後の6週間のうちに、相次いで登録されているという。

これらの中には、広告収入を目的としたサイトもあると見られる、としている。

また、ドイツ語版RTは、公式サイトそのものがEU域内で閲覧できる状態だったという。

●2カ月で500万件以上のアクセス

同研究所は、このうち代替ドメイン11件とミラーサイト2件について、アクセス数のデータを収集することができたという。

それによると、この13サイトのアクセス数は5月には259万件、6月には249万件。2カ月で500万件以上のアクセスを集めている。

5月のアクセス数のうち120万件(48%)は、スペイン語の代替ドメイン「actualidad-rt.com」、6月のアクセス数のうち110万(44%)はやはりスペイン語の代替ドメイン「esrt.press」が占めていた。

「esrt.press」は、スペイン語版公式ドメイン「actualidad.rt.com」にリダイレクト(転送)するドメインとして使われていた「es.rt.com」の代替と見られる。

「actualidad-rt.com」へのアクセスの88%、「esrt.press」へのアクセスの43%がスペイン国内からのものだった。

代替ドメイン、ミラーサイトの拡散を主に担うのが、RTのソーシャルメディアアカウントだ。

ツイッター、フェイスブックのRTのアカウントによる代替ドメイン、ミラーサイトの拡散は、4月1日を境に、一気に広がりを見せているという。

中でも、スペイン語版RTの公式ツイッターアカウント(ツイッター社の認証済みバッジ有り)が活発に拡散を実施。2月1日から6月30日までに9,000回以上、関連リンクをツイートしていたという。

さらに、そのツイートの仕方にも特徴が見られた。

2月1日から3月31日までは公式ドメイン「actualidad.rt.com」とリダイレクト用の「es.rt.com」へのリンクを拡散していたが、4月1日からはそれらがぴたりとやみ、もっぱら代替ドメインの「actualidad-rt.com」を拡散。さらに5月半ばからは、別の代替ドメイン「esrt.press」のリンク拡散に移行していた。

RT公式アカウントのツイートでは、「ページが機能しない場合は、actualidad-rt.comのアドレスを試すことができます」などと投稿していた。ユーザーを代替アドレスに誘導することで、EU域内でのアクセス制限を回避しているように見える、という。

スペイン語版RTの公式ツイッターアカウントでは、トップに表示される「固定されたツイート」に「RTが世界のいくつかの国でブロッキングに直面しているため、VK(フコンタクテ)とテレグラムで私たちのページをフォローし、当チャンネルのニュースと番組の最新情報をチェックしてください」と投稿。

ロシア発祥で制限のかかっていないソーシャルメディア、フコンタクテとテレグラムへの誘導を行っている。

同研究所によると、ツイッターはEU域内でRTのアカウントへのアクセスを制限しているが、ユーザーが自分の国設定をEU域外に変更することで、閲覧は可能だとしている。

●「ロシアは西側との情報戦に全面敗北、だが…」

これまでのところ、プーチン大統領はウクライナと西側諸国における情報戦に全面的に敗北している。これは喜ぶべきことだが、ロシアの偽情報が、世界の他の地域でも展開されていることを過小評価すべきではない。最も人口の多い国々の多くは、ロシアの侵攻に対する国連の非難決議に賛成しなかった。これらの国々の世論は重要だが、すでにロシアが発信する情報による影響が出ている。これはウクライナ戦争の新たな前線であり、その影響は少なくとも紛争が続く限り続くだろう。

英国の情報機関、政府通信本部(GCHQ)長官のジェレミー・フレミング氏は8月18日付の英エコノミストへの寄稿で、ウクライナ侵攻をめぐる情報戦について、そんな評価を示している。

西側諸国は、ウクライナ支援で足並みがそろう。一方、エコノミストと英調査会社「キャズム・テクノロジー」による調査結果では、親ロシアのツイートが、インドなどの南アジアやアフリカなどで拡散している現状が明らかになっている。対米関係で緊張が高まる中国を含め、これらの国々は、国連でのロシア制裁決議に賛成はしなかった。

※参照:ウクライナ侵攻「見えない情報戦」でロシアが勝っている? その理由とは(05/23/2022 新聞紙学的

戦略対話研究所も参加するプロジェクト「偽情報状況センター」は5月、制限されているはずのRT、スプートニクについて、公式アカウントではない、スタッフなどの関連アカウントによってEU域内での情報の拡散が続いていることを指摘した。ツイッターでは、その数が47件に上ったという。

※参照:ウクライナ侵攻「ロシアメディアのフェイク」が制裁を潜り抜ける、その手法とは?(05/09/2022 新聞紙学的

このほか、7月に公開された戦略対話研究所の調査では、ウクライナ政府が削除要請をしたロシア関連とみられるプロパガンダなどの投稿のうち、ツイッターやユーチューブでは3分の2が手つかずの状態だったという。

※参照:ウクライナ侵攻のロシアフェイク、Twitter、YouTubeが3分の2を「放置」のわけとは?(07/19/2022 新聞紙学的

今回の戦略対話研究所の調査では、GCHQのフレミング氏が「ロシアの全面敗北」と評価したEU域内でも、なお制限を迂回して情報拡散を図るロシアの動きが、改めて明らかになったことになる。

●継続的な検証が必要

情報に壁を設ければ、それを迂回する。そのような動きは、ロシア側が設定した情報規制でも見られる。

ロシアによるフェイスブックやツイッターなどへの規制「デジタル鉄のカーテン」に対し、ロシア国内やウクライナ国内のロシア占領地からは、暗号通信のVPN(仮想プライベートネットワーク)などのツールを使って、迂回する試みが続いている。

※参照:ウクライナ侵攻「デジタル鉄のカーテン」を突破する、ロシアに事実を知らせるこれだけの方法(04/25/2022 新聞紙学的

※参照:「インターネットを囲い込む」ロシアがウクライナ占領地を分断、その狙いとは?(08/12/2022 新聞紙学的

GCHQのフレミング氏は、情報戦をハイブリッド戦における「前線」の一つと位置付ける。「前線」の状況は刻々と変わる。さらに継続的な検証が必要だ。

(※2022年8月22日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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