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新型コロナで大「誤報」騒動、名だたるメディアは何を間違ったのか

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
「誤報」騒動で、名だたるメディアは何を間違ったのか(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナをめぐる「薬過剰摂取」のニュースを、名だたる大手メディアが次々に取り上げネットに急拡散。だが、結果的にはそのような事実は確認できず、世界的な「誤報」騒動となった。メディアは何を間違ったのか――。

発端は米オクラホマ州ローカル局のニュースだった。それが国内外の大手メディアやソーシャルメディアを通じて増幅され、伝言ゲームのように世界に広がる。

ニュースのもとになったのは、たった1人の地元医師のインタビューだった。

そしてこの拡散ニュースは、地元病院の「過剰摂取の患者など扱っていない」と否定声明をきっかけに、「誤報」へと急転する。

ところが、事態はさらに新たな展開に...。

背後にあったのは、メディアの思い込み、そして事実確認なき伝言ゲーム型の拡散スタイル。

フェイクニュース(誤情報・偽情報)問題に、どう対処すればいいのか。今回の騒動では、その「メディア問題」としての側面が、あますところなく浮かび上がった。

●ローカル局の報道の波紋

救急治療室(ER)は満杯で、銃撃の被害者が、きちんとした治療を受けられる施設になかなかたどり着けないこともあった。

きっかけは、オクラホマ州のNBC系列のローカル局「KFOR(ニュース4)」が9月1日深夜(米中部標準時)に配信した、「イベルメクチン過剰摂取の患者でオクラホマの地方病院や救急車は満杯」との記事だ。

地元の医師へのインタビュー映像を含む2分ほどのニュース動画とともに、医師の発言をもとに、病院の逼迫状況を伝えている。そして記事の中で医師は、過剰摂取の危険性についても指摘している。

「KFOR」が紹介したのは、米国における抗寄生虫薬「イベルメクチン」の過剰摂取をめぐる混乱だ。

新型コロナ禍で、馬などの家畜用に売られているものを自己判断で過剰摂取し、体調不良となる事例が問題化。米食品医薬品局(FDA)が8月、新型コロナへの使用は未承認だとして、警告の声明を出していた。

「KFOR」は、この過剰摂取の混乱が、地元病院の逼迫を引き起こしている、との切り口でニュースと記事をまとめている。

ただ、このニュースと記事を支えているのは、たった1人の地元の医師のインタビュー証言だけだ。

この記事が、瞬く間に世界的なニュースになる。

翌日の9月2日午後4時すぎ(米東部標準時)、ニュース専門局MSNBCの人気アンカー、レイチェル・マドウ氏がこの記事をツイッターで紹介している。

マドウ氏は1,000万人を超すフォロワーがいるインフルエンサーでもある。ツイートは2万件を超すコメント、8,600件を超すリツイートを集めた。

マドウ氏のツイートの約40分後には、米ニューズウィークが「イベルメクチン過剰摂取の患者でオクラホマのERが満杯に:医師」との見出しで記事を配信している。

ニューズウィークの記事は、オクラホマの「KFOR」の記事を下敷きにしたもので、独自のデータはない。

これに続く各メディアの記事の拡散も、「KFOR」の記事を下敷きにした、ほぼ全く同じ内容だ。

9月3日午前5時半すぎ(米東部標準時)、さらにニュースメディア「インサイダー」が「オクラホマのERがイベルメクチンの過剰摂取の人々で満杯、銃撃の被害者が治療で空き待ち、と医師語る」との見出しで、記事を配信している。

米カルチャーメディア「ローリング・ストーン」が9月3日午後6時半過ぎ(米東部標準時)、「馬の抗寄生虫薬の過剰摂取でオクラホマの病院が満床のため、銃撃の被害者がずっと待たされた、と医師が語る」との見出しで記事を配信した。

同日には、首都ワシントンの政治メディア「ザ・ヒル」も「医師によればERは新型コロナ治療に家畜薬イベルメクチンを過剰摂取した人々であふれ返っている」との見出しで記事を配信している。

大西洋を渡り、英ガーディアンも9月4日午後2時すぎ(英国時間)に、「オクラホマの病院がイベルメクチン過剰摂取であふれる、医師語る」との記事を配信。

英BBCも同日夜に「イベルメクチン:オクラホマの医師が未承認コロナ薬の使用に警告」との見出しで記事を配信している。

BBCも「KFOR」の記事を下敷きにしているが、このオクラホマの医師にも、直接コメントを取っている。後述のように、この点が「KFOR」に追随した他のメディアと、大きく違う。

さらにテックメディア「テックダート」によると、フランスオランダデンマークノルウェーハンガリーチェコスロバキアクロアチアスロベニアインドネシアなどへとニュースの伝言ゲームは続いた。

●病院と医師が否定する

「KFOR」の記事公開から3日後、局面は大きく変わる。

9月4日午前9時半すぎ(米中部標準時)、この記事の急拡散を受けて、オクラハマ州の東部、サリソー市の地元病院「NHS(ノースイースタン・ヘルス・システム)セコイア」がフェイスブックに声明を発表する。

「KFOR」に証言をした医師は、同病院の緊急診療室も担当する医師派遣グループに所属しているが、この2カ月以上は同病院に派遣はされていないとして、こう述べている。

NHSセコイヤはイベルメクチンの摂取に関連する合併症の患者を扱ったことはない。イベルメクチンの過剰摂取の患者の扱いについても同様だ。

一方では、過剰摂取の患者もいる、とする病院も声明を出す。

やはり「KFOR」に証言をした医師の派遣先である、オクラホマ州東部、グローブ市の「インテグリス・グローブ病院」は、声明の中でこう述べている。

当院の救急治療室で数人のイベルメクチンの患者を扱ったことがあるのは確かだ。当院がイベルメクチン患者であふれているわけではないが、新型コロナなどの救急患者ですでに逼迫している状態への、さらなる重圧になっているとはいえる。

そして騒動の中心人物である「KFOR」に証言をした医師も、「発言を誤って引用された」と、記事の内容を否定する。

記事では、まるでオクラホマのすべての病院がイベルメクチン過剰摂取の人々で満杯のようだが、実際は違う。

NBC系列の「KFOR」にとっては地元オクラホマのライバル局であるCBS系列の「KOTV」は9月6日午後6時すぎ、この医師のそんなインタビューを配信した。

新型コロナ対応で病院は逼迫しており、イベルメクチン過剰摂取の人々はいるが、過剰摂取が逼迫を引き起こしているのではない、と。

たった1人の医師のコメントで、世界的に急拡散した「大誤報」は、病院の声明とその医師本人の否定コメントで、一気に訂正とファクトチェックのモードに変化していく。

●訂正と記事削除

一連の報道の中で、最も目立ったのは「ローリング・ストーン」だ。

フェイスブック傘下のソーシャルメディア調査ツール「クラウドタングル」のデータによれば、「ローリング・ストーン」の記事は、フェイスブックで5万件を超すエンゲージメントを集めた。そもそもの記事の配信元である「KFOR」の2万件の2倍に上る。

「ローリング・ストーン」では、記事のアドレスはそのままに、見出し、記事内容をほぼ全面的に修正した。

当初の見出し「馬の抗寄生虫薬の過剰摂取でオクラホマの病院が満床のため、銃撃の被害者がずっと待たされた、と医師が語る」は、「イベルメクチン過剰摂取が銃撃被害者へのER対応を遅らせた、とのオクラホマの医師の記事を病院が否定」へと変更。

記事冒頭に「更新」の長い注記を付け、病院の否定声明の経緯などを説明。

記事本文も、オクラホマ州医師会会長のコメントを引用するなど、大幅に書き換えられた。

拡散の1つのカギとなったMSNBCのレイチェル・マドウ氏は9月7日、当初の自身のツイートへの返信ツイートとして、2つの病院がそれぞれ声明を出している、とオクラホマのFOX系ローカル局「KOKH」の記事を引用してコメントしている

ニューズウィークは見出しの修正や記事更新の表記はないが、本文中では病院(NHSセコイヤ)による否定コメントが追加されている

「インサイダー」は9月8日に記事を更新。見出しは「オクラホマERのイベルメクチン過剰摂取についての医師の主張に、少なくとも1カ所の病院が異議」とし、内容とともに修正した

「ザ・ヒル」は記事そのものを削除している

ガーディアンは、見出しや記事の骨格はそのままで、末尾に、病院の否定コメントを追加した、との「更新」追記がある

BBCは、見出しはそのままで、病院による否定コメントの「更新」追記などがある。ただ大筋では当初の記事の筋立てを維持している

前述のように、BBCは記事掲載の当初から、「KFOR」に証言した医師本人にインタビューをしており、他のメディアとは違う記述があった。

医師は、薬を過剰摂取した“数人”が新型コロナの感染拡大で、ただでさえ逼迫している病院スタッフにさらなる重圧を与えている、と話す。

つまりBBCはそもそも、過剰摂取が病院の逼迫を引き起こしているという「誤報」には、追随していなかったのだ。

●ファクトチェックによると

一連の「誤報」の世界的拡散の問題はどこにあったのか。

AFPが経緯を踏まえたファクトチェックを行っているほか、CNNがその背景の構造に踏み込んでいる。

CNNのファクトチェック担当、ダニエル・デール氏は、検証記事と連続ツイートの中で、事実確認をしないままでのマスメディア、ソーシャルメディアによる拡散に加えて、保守派とリベラル派の対立が影を落としている、と指摘する。

「誤報」の起点となったオクラハマのNBC系ローカル局「KFOR」は、騒動を受けて、医師のインタビュー動画を未公開分も含めて公開した。

だがインタビュアーの質問部分は編集で削除されており、インタビューそのものの文脈やニュアンスはわからない。その点は、なお「藪の中」だ。

同局は「誤報」とは認めておらず、当初の記事も、医師のインタビュー動画の未公開部分へのリンクが追加された以外、修正などはない。

ただ、同局の最初の番組と記事が、過剰摂取と病院の逼迫を結び付けて報じたことについて、そのもとになった医師が否定しているという点は事実だ。

CNNのデール氏は、この「KFOR」の記事を、事実確認という「デューデリジェンス(適正評価手続き)」を怠って要約の形で伝えていったメディアの問題をまず指摘する。

さらに、保守派とリベラル派の政治的な対立だ。イベルメクチンの摂取をめぐって、米国ではイベルメクチン摂取には積極的な保守派と、これに否定的なリベラル派、という構図があり、それが増幅された面がある、と指摘している。

NBCのメドウ氏や、「ローリング・ストーン」などのメディアは、まさにリベラルの立ち位置にある。

一方、地元病院「NHSセコイヤ」の否定声明を受け、今度は保守派が当初の報道への批判の火ぶたを切る。

保守系のFOXニュースは、「ローリング・ストーンの拡散した病院とイベルメクチンの記事が誤報と判明、“更新”をするはめに」との記事で、メドウ氏のツイートと合わせて、騒動の経緯を伝えている。

●騒動の教訓

医師の証言も1人だけの話だったが、「NHSセコイヤ」の否定声明も1つの病院だけの話で、もう1つの病院は過剰摂取の患者も扱っていた。

ここから学べる教訓とは何か。CNNのデール氏はツイッターでこう述べる。

すべての関係者がここから学べる大きな教訓は、多くの場合、1人の人物や1つの組織のコメントだけでは、何かが事実かどうかを証明するには不十分だということだ。もう1つの教訓は、アグリゲーション(まとめ)によって拡散した記事は、その最初のソース(情報源)に当たれ、ということ。以上!

BBCは、少なくともこの教訓を実践していた。

そして、オクラホマの地元紙「タルサ・ワールド」も、やはりこの原則に忠実だった。

「タルサ・ワールド」も「KFOR」と同じ9月1日、新型コロナによる医療逼迫の記事を配信し、その中で、やはり「KFOR」と同じ医師のコメント、他の複数の医療関係者のコメントとともにを紹介している。

そして、この記事の中には、「イベルメクチン」「過剰摂取」という言葉は出てこない。

複数の情報源の確認、文脈とニュアンス、そして思い込みの排除。自戒とともに。

(※2021年9月10日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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