新型コロナ「フェイクニュース禁止法」でメディアを黙らせる
新型コロナウイルスをめぐるデマの「禁止法」などを使い、政府に批判的なメディアに圧力をかける――そんな事例が、すでに世界で400件以上にのぼる。
メディアの国際組織「国際新聞編集者協会(IPI、ウィーン)」が、その実態が明らかにしている。
これまでにも各国で「フェイクニュース禁止法」が制定される動きがあったが、新型コロナの感染拡大以後、コロナ対策を名目とした新たな法規制が相次いだ。
そして強権的な政府は、新型コロナ対策の不手際を指摘するメディアやジャーナリストに対し、それを「フェイクニュース拡散」だとして、「禁止法」を盾に摘発を行う。
エジプトでは、「三密」状態が放置された拘置所で、「禁止法違反」とされたベテランジャーナリストが新型コロナに感染し、死亡する事例も判明した。
国連や世界保健機関(WHO)などは9月23日、加盟国に新型コロナに関するデマなどの誤情報対策を呼びかける共同声明を発表している。
その一方で、「新型コロナにより、(メディアに)新たな弾圧が加わっている」と元国連「表現の自由」特別報告者のデビッド・ケイ氏は述べている。
●逮捕後、コロナで死亡
NPO「ジャーナリスト保護委員会(CPJ、ニューヨーク)」などによると、エジプト人ベテランジャーナリスト、モハメド・ムーニア氏が逮捕されたのは6月15日。
「テログループへの参加、フェイクニュース拡散、ソーシャルメディア悪用」などの容疑がかけられていた、という。
ムーニア氏は逮捕の前日、カタールのメディア、アルジャジーラに掲載されたコラムや、その前月のインタビューで、シーシ政権の新型コロナ対応を批判していた。
エジプトでは、2015年に制定された反テロリズム法によって、「フェイクニュース」を理由としたジャーナリストの摘発事例が相次いできた。
2018年にはこれに加えて、さらに新法が成立。5,000人以上のフォロワーを持つソーシャルメディアユーザーもメディアとして扱い、「フェイクニュース拡散」にはアクセス遮断や罰金が科されることになった。
CPJによれば逮捕されたムーニア氏は65歳で、糖尿病、高血圧、心臓病などの既往症があったという。
そしてムーニア氏は拘留中に新型コロナに感染。逮捕から17日後の7月2日に釈放されたが、同月13日に新型コロナの合併症で死亡した。
エジプトでは、2月の新型コロナの感染者確認以来、メディア規制を強化。同国の司法当局は3月、新型コロナに関する「フェイクニュース」拡散が収監5年以下、罰金2万エジプト・ポンド(約13万円)以下の可能性があるとの声明を出している。
AP通信のまとめによると、2月から7月初めまでの段階で、少なくとも6人のジャーナリスト、10人の医師が逮捕されているという。またその後も、ジャーナリストの逮捕が続いている。
●相次ぐコロナ新法の制定
加盟国がインフォデミックに取り組むためのアクションプランを策定し、実践することを要請する。科学とエビデンスに基づいた正確な情報を、すべてのコミュニティ、特にハイリスクのグループに、適切に普及させることを後押しすること。さらに誤情報、虚偽情報の拡散を防ぎ、排除していくこと。そして、表現の自由は損なわないこと。
国連や世界保健機関(WHO)、国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)など9団体は9月23日、加盟国に新型コロナに関するデマなどの誤情報対策を呼びかける共同声明を発表した。
新型コロナの感染拡大とあわせて、真偽入り混じった情報洪水「インフォデミック」が深刻化。対策の必要性が指摘されてきた。
※参照:新型コロナのデマは事実より広く早く拡散、そのわけは?(09/19/2020 新聞紙学的)
ただその一方で、強権的な政府が、新型コロナ対策として「フェイクニュース禁止法」を制定する事例も続いた。
ハンガリーでは、3月に成立した新型コロナの対策法によって、強権で知られるオルバン政権がさらに幅広い権限を掌握。さらに、新型コロナの「フェイクニュース」拡散に5年以下の収監を科すとした。
ロシアのプーチン政権も、3月末に成立した刑法改正で、やはり新型コロナなどの「フェイクニュース」拡散に2万5,000ドル(約260万円)以下の罰金と5年以下の収監の罰則を設け、メディアの場合には罰金は12万7,000ドル(約1,340万円)以下とされた。
ルーマニアのヨハニス政権でも、3月半ばに出された緊急事態宣言の大統領令で、政府当局が、新型コロナに関する「フェイクニュース」を拡散するメディアへのアクセス遮断ができる、とされた。
アルジェリアのテブン政権も、新型コロナを受けて4月に刑法を改正。「フェイクニュース」拡散に対し、罰則として2~5年の収監、10万~50万ディナール(約8万~40万円)の罰金を設けた。
アジアでも同様の動きはあった。
タイでは、軍出身のプラユット首相が率いる政権が3月に非常事態令を出し、「フェイクニュース」の共有を禁止。罰則は2年以下の収監とした。
フィリピンのドゥテルテ政権が3月、新型コロナ対策法として制定した「バヤニハン法」には、禁止行為として「フェイクニュース」拡散も挙げられており、罰則として2カ月の収監、罰金100万ペソ(約200万円)以下が定められている。
●「報道の自由」の侵害426件
「国際新聞編集者協会(IPI)」のまとめによると、新型コロナ禍において「フェイクニュース」規制法を制定したのは、合わせて計17カ国。メディアの「報道の自由」の侵害事例は426件にのぼっている(※9月25日現在)。
この中で、ジャーナリストの逮捕・拘束や訴訟の事例は合わせて192件。うち、フェイクニュース禁止法による逮捕・拘束が19件、それ以外の法律による逮捕・拘束が95件。
このほかに、プレスパスの失効などの取材制限が52件。ジャーナリストへの身体的攻撃や脅迫などが105件。さらに、出版禁止措置などが55件。
「国際非営利法制センター(ICNL、ワシントン)」のまとめでは、新型コロナに絡んで、法律や命令などで「表現の自由」の制限を行っているのは、44カ国に上る。
●「禁止法」を“武器化”する
政権批判を行うメディアやジャーナリストに対して、フェイクニュースを使って攻撃したり、あるいは「フェイクニュース禁止法」と使って逮捕をする、という事例は、新型コロナ禍以前にもエジプトやトルコなどで確認されている。
「ジャーナリスト保護委員会(CPJ)」の2017年の調査では、「フェイクニュース」を理由として収監されたジャーナリストやブロガーは、判明しただけで世界で21人。それが、2019年には30人に上っていた。
※参照:集団リンチ、ディープフェイクス―「武器化」するフェイクニュース(12/01/2018 新聞紙学的)
元国連「表現の自由」特別報告者でカリフォルニア大学アーバイン校教授のデビッド・ケイ氏は、AP通信のインタビューにこう述べている。
(新型コロナは)メディアの弾圧に新たなベクトルをもたらした。これまでも弾圧はあったし、それは引き続きある。そこに新型コロナを理由とした、新たな弾圧が加わったということだ。
権力が新型コロナ禍に乗じることで、混乱はさらに深刻さを増す。
(※2020年9月25日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)