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「キャプテン翼」から「ブルーロック」まで マンガ視点で考えるサッカー考察

河村鳴紘サブカル専門ライター
(写真:アフロスポーツ)

 サッカーのワールドカップで日本代表が2回連続の決勝トーナメント進出を果たし、国内のプロリーグ「Jリーグ」の歴史も30年を超え、欧州のクラブにも多くの選手を送り込むなど、日本サッカーの進歩はすさまじいものがあります。そこで、マンガの視点から、サッカーの歴史を考察します。

◇男性の2人に1人が読む「キャプテン翼」

 サッカーの人気は、野球とよく比較されますが、同等レベルといっても良いのではないでしょうか。昨年にマクロミルと三菱UFJリサーチ&コンサルティングが発表した共同調査でも、サッカー日本代表の人気は、ここ8年で見ても概ね首位でした。近年は大谷翔平選手の活躍もあってか、野球の日本代表の人気が急上昇していて、首位の座は奪われていますが……。なお笹川スポーツ財団の「中央競技団体現況調査 2020年度調査報告書」によると、個人登録者数で多いのは、サッカーの約92万人で、軟式野球の約79万人が続きます。

マクロミルと三菱UFJリサーチ&コンサルティングが発表した共同調査のグラフ。プロ野球とプロサッカーの代表、国内リーグのファン人気を比較しています。
マクロミルと三菱UFJリサーチ&コンサルティングが発表した共同調査のグラフ。プロ野球とプロサッカーの代表、国内リーグのファン人気を比較しています。

 サッカーマンガのターニングポイントといえば、もちろん「キャプテン翼」です。当時、サッカーは「マイナースポーツ」とされており、「ワールドカップ」もあまり知られていなかった時代。当時の子供たちは野球ばかりしていました。

 そのため、同作は「サッカーとは?」から始まり、競技の魅力を丁寧に伝えました。そして「オフサイド」のルールを読者にも分かるよう丁寧に解説してストーリーに組み込み、ドライブシュートが必殺技として扱われていました。今ならば、オフサイドの説明は不要でしょう。

 なおドライブシュートは、(難しいものの)再現できる技で、動画チャンネル「Jリーグ公式チャンネル」でも蹴り方がレクチャーされていますし、ワールドカップでもスター選手が実際に決めています。ですが、当時は多くの読者に驚きを与えたのです。

 「キャプテン翼」の人気の恐ろしさを示すデータがあります。2016年に明治安田生命が実施した 「スポーツ」と「マンガ」に関するアンケート調査では、男性の2人に1人が「キャプテン翼」を読んでいたそうです。とんでもない結果ですが、同作のアニメ放送を受けて、ファンを公言するスター選手が世界中にいますから、よく考えると妥当なのかもしれません。

 なお、その調査では、サッカーマンガ好きの2人に1人(53.7%)はマンガをきっかけに実際にプレーしたり、応援・観戦するようになったそうです。サッカーの人気をマンガが支える側面があるのです。

◇スポ根を変えた「GIANT KILLING」

 「キャプテン翼」の大ヒットを受けて、他のサッカーマンガが人気になりましたが、選手の視点という意味では、同一線上にあるものでした。

 そこから次の大きな転換になったのは、弱小のプロチームを率いる監督が、次々と強豪を撃破する「GIANT KILLING(ジャイアントキリング)」でしょう。タイトルの意味は、格下チームが格上チームを倒す「大物食い」のことです。

 試合が始まるとベンチに座るだけで、あまり何もしないように見える監督ですが、実はかなり大変です。チーム作りはもちろん、情報戦・分析・察知力、選手のモチベーションを高めながら、試合での大胆な采配など、サッカーの新たな魅力を、分かりやすく提示しました。

 同作をベースにして、組織論を説く書籍も出るほど。サッカーマンガにありがちな「スポ根」とは異なる作風で、サッカーマンガに新しい風を吹き込みました。そして今では選手ではなく、交渉を担う「代理人」や、裏方スタッフの仕事に焦点を当てた作品もあります。

◇ファンの願いをとらえた「ブルーロック」

 今は、サッカーを取材・調査し、分析したであろう、バックボーンのしっかりしたマンガが、総じて人気を博しているのではないでしょうか。

 若手を育成するユースを舞台に、サッカー少年が成長していく「アオアシ」では、ポジショニング、状況に応じた思考力を説いていますし、「BE BLUES!」では、パススピード、選手の相性などを組み込んでいます。アマチュアチームが最高峰のカップ戦「天皇杯」の制覇を目指す「フットボールネーション」では、体幹や筋肉に触れています。いずれも、実際のサッカーを観戦するような、目の肥えた人たちにも耐えられるであろう内容です。

 面白いのはそんな中で、違うタイプの作品が突然登場し、人気になることでしょうか。

 世界一のストライカーを育成する過酷なプロジェクトで、平凡に見える少年が才能に目覚める「ブルーロック」は、コミックスの累計発行部数が3000万部を突破する人気で、テレビアニメに続いて、アニメ映画も公開予定です。途方もない夢を追いかける……という意味では、スポ根でもあり“先祖返り”的なものですが、それは「王道」だからこそで、共感されやすいでしょう。

 同時に同作は一見、大胆な舞台でありながらも、空間認識、予測というワードがあります。これらは、実際のサッカーでも出てくるものです。同時に全盛期のメッシ選手やクリスティアーノ・ロナウド選手のような、一人で試合の局面を打開する圧倒的なストライカーが日本代表にも出現してほしい……というファンの願いを、うまくとらえているようにも思えます。現実にない大胆な世界観と、サッカーの理論を巧みに組み合わせて、エンタメに落とし込んでいるのではないでしょうか。

 「キャプテン翼」の主人公にあこがれて、日本の優れた人材がMFに偏ったのでは……という笑い話もあります。将来「ブルーロック」の主人公にあこがれた子供たちがFWに集まり、FWに偏った……ということがあるのかもしれません。

◇大谷選手の活躍とコンテンツに与える影響

 コンテンツのヒットには、その時代の願望、空気感が反映されるもの。そして、バリエーションのあるサッカーマンガが次々と出ているということは、それだけサッカーに対する知識が積み上げられていて、多くの人がそれを理解して楽しむレベルにあるということです。

 一方で現実世界に目をやると、レベルの高い欧州のプロリーグで、三笘薫選手や冨安健洋選手、久保建英選手などの選手が次々と登場しています。

 さらに野球の世界では、サッカー以上のことが起きています。大リーグを舞台に、昨年はエースとして投げてホームラン王を取ってしまい、今年は三冠王すら取っても不思議ではない大谷翔平選手がいます。

 実は架空の世界(マンガ)でも描かなかった途方もないことを、現実世界で達成したことは、コンテンツ制作側から考えると、悩みの一つだったりします。なぜなら野球マンガで現時点で、「メジャーで三冠王とサイヤング賞を取って、ワールドシリーズを制覇する」と言っても、想像できてしまうからです。

写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

 そして野球であったことは、サッカーでも……と想像してしまうのが人間です。こうなってしまっては……サッカーマンガも、読者を驚かせたり、読者の予想を裏切るような途方もない展開を作り出すのは、苦労するのではないでしょうか。

 それでも、それでも我々を驚かせる新たなサッカーマンガに期待したいと思います。同時にマンガを振り返ると、その時の世相を感じ取ることができるのです。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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