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「セクシー田中さん」問題 気になる意見の“分断”

河村鳴紘サブカル専門ライター
(写真:西村尚己/アフロ)

 昨年に放送されたドラマ「セクシー田中さん」(日本テレビ系)で、原作マンガを手掛けた芦原妃名子さんが、自らがドラマの脚本を執筆した経緯などをネットで説明してから消去、その後に亡くなった問題。2月8日に発表された小学館の第一コミック局の声明に続いて、15日に日本テレビも小学館や外部有識者の協力を得て社内の調査チームを設置すると発表しました

◇大きかったマンガ家たちの“告白”

 芦原さんの最初の訃報を受けて、ドラマ公式サイトに掲載された(味気のない)コメントについて、出版関係者たちに質問すると「テレビ局としては、これ以上の説明は難しいのではないか」という声が多かったのです。

 2月15日の発表について、社外の調査チームではなく、内部調査の説明もしない点に疑問・不満は残りますが、それでも「前進」したのは間違いありません。

 今回のリリースを出した背景に、世間の声、特にネットのプレッシャーがあったのは、客観的に考えても間違いないでしょう。その中でも、ドラマの原作となるマンガ家たちのネットにおける“告白”が大きかったと言えます。テレビ局からすると、マンガ家たちに不信感を持たれては、今後の映像化権の取得や、制作そのもの、そして放送に際しても悪影響を及ぼすことは必至でした。マンガ家たちのドラマ化で体験したことは、描写が細かく、説得力は抜群だからです。

◇原作者とネット 求めるものに「差」

 ただし、今後について考えたとき、気になることがあります。原作者(マンガ家)と、ネットが求めていることは、根本的に違うように見えます。原作者たちの声は明快で、「映像化に際しては原作を尊重して。原作者の意見も聞いて」ということに尽きます。作家によってスタンスは違えど、変更も許容しているケースもあるのですから。

 一方、原作者以外の声を集めると、理性的に考察する人もいますが、事実関係の究明と、今回の「犯人探し」にウエートを置く人も目立ちます。そもそもネットの世論は、大手メディアに対する不満があります。

 事実関係の究明をより細かくしていけば、個人の「落ち度」が浮き彫りになってくるでしょう。こうなると後日の調査報告の内容に関係なく、ネットの意見は荒れる可能性が極めて高いと言えます。メディアや識者が「誹謗中傷は控えるように」と呼び掛けても、責任を追及したい側からすると無理な相談。「原因を作ったのは~」「メディアもやっていること」などと反論をし、攻撃するのがこれまでのパターンです。

 ただし、過去のこの手の騒動を振り返っても、第三者が相手の人格を否定して攻撃することは、不幸しか生みません。やりすぎた何人かは、情報開示をされて訴訟になってからでは、手遅れなのですが……。

 そもそも「批判」と「誹謗中傷」の線引きは難しい問題です。そして誹謗中傷はさまざまな調査で、ごく一部の人たちであるのが分かっていますが、その一部の言葉が当事者に突き刺さるので、厄介なのです。

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 話を戻します。ドラマ「セクシー田中さん」で、原作者の意向通りになっていなかった問題について、小学館は「意向を伝えた」、脚本家は「意向を知らなかった」と発言しています。それだけに日テレがどう説明するのかはどうしても注目されるでしょう。どう考えても、かなり難しいことになりそうです。

◇作品性の追求に想像を絶する負荷

 そして出版関係者らに話を聞くと、原作者の考えに近く、まずは今回と同じ悲劇を繰り返さないように……という考えが第一にあるようです。

 同時にマンガ家を支える難しさも示唆していました。ゼロからモノを作り出せる稀有な才能がある一方で、繊細であり、孤独であり、大きなリスクを背負っていると。だから担当者は、マンガ家に寄り添い、励まし、「私は味方だよ」と言い続けるのだそうですが、それでも足りないことがあるのだそうです。

 文芸関係者の中には、太宰治や三島由紀夫を例に挙げて、作品を追求することは想像を絶するほどの負荷がかかり、普通の人には理解できないことがあるもの。だからこそ、常人では考えつかないことをするし、ゆえに唯一無二の作品が生み出せるのではないか……と指摘していました。今の時代を考慮すると、彼らを孤立させないためにも、より手厚い配慮、救うためのシステムが必要なのかもしれません。

 特にネットは誰もが情報発信ができるがゆえに、第三者の悪意のある言葉が当事者に届きやすいのも、また事実だからです。特にSNSの時代になってから、個人がバズるのを狙ってか、とても対面では口にできないような言葉で攻撃するようになっています。

 考え方は人それぞれであり、立場もありますから、意見は違っていて当然です。そして自分の意見を(ある程度)自由に発信できることは素晴らしいことであるのに異論をはさむ人はいないでしょう。

 ただし自由のあるところに責任はあり、それは有名人だろうと、一般人であろうと、匿名でも関係ありません。意見の“分断”はあっても、批判をするにしても、相手と対面しているつもりで、言葉の使い方ひとつ、ほんの少しの配慮があれば……。今回の問題も別の結末があったのではないでしょうか。

 芦原さんの最後のポストをそれぞれが受け止めて、ネットの発信について考えを巡らせても良いのではないでしょうか。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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