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「スラムダンク」とジブリ新作「君たちはどう生きるか」 露出を控えるアニメ映画の宣伝戦略 背景は

河村鳴紘サブカル専門ライター
韓国でも人気を博した「THE FIRST SLAM DUNK」(写真:Lee Jae-Won/アフロ)

 人気マンガ「スラムダンク」のアニメ映画で、昨年12月に公開された「THE FIRST SLAM DUNK」が、興行収入150億円に迫る大ヒット。公開前に映画の情報を控えたことが話題になりました。そして、今月14日に公開されるスタジオジブリの新作アニメ映画「君たちはどう生きるか」(宮崎駿監督)も、公開前の宣伝を控えています。そこで「露出を控える宣伝戦略」について考えてみます。

◇炎上→絶賛 華麗すぎる逆転劇

 「スラムダンク」は、1990~96年に「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載された井上雄彦さんのマンガです。腕っぷしの強い赤髪の高校生・桜木花道が、一目ぼれした少女の気を引こうとバスケットボール部に入部し、バスケットに魅了されて驚異的な早さで成長するストーリーです。日本のバスケ人気を拡大し、韓国や中国でも愛され、テレビアニメ版のオープニングのモデルになったとされる神奈川県鎌倉市にファンが訪れることでも知られています。鎌倉市の定例会見でも議題に出るほどで、影響力の大きさがうかがえます。

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 26年ぶりの新作だったアニメ映画ですが、宣伝戦略を振り返ると、情報を極限まで絞り込むという特殊なものでした。

 2021年1月に映画製作の発表があったものの、公開日などの最低限の情報が出るだけ。公開1カ月前に声優陣を発表したものの、テレビアニメ版と声優が違ったことを理由に、一部のファンが反発しました。前売りチケットの販売のタイミングも良くなく、鑑賞前にもかかわらず作品内容に“ダメ出し”をする声も目立ちました。さらに言えば、映画のストーリーも、公開まで伏せられました。PVもチラ見せのみ。公開前まで不安感があった人もいたのではないでしょうか。

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 しかし公開後、批判や不安は消し飛び、絶賛へと変わったのはご存じのとおりです。何せアニメ関係者らも一時期はあいさつで「(スラムダンクを)見た?」と声掛けし、意見を交わすほど。情報を絞り込んでギャップや驚きを生み出した宣伝戦略は大当たりで、かつ華麗すぎる逆転劇でした。

 しかし映画の公開前は、露出を高めて盛り上げてこそ。映画本編の冒頭をテレビでチラ見せすることもあるように、出せるものはなるべく出して、期待感をあおるもの。キャストやクリエーターを総動員し、あらゆるメディアへの露出を高める番宣は、本来は「ないと困る」ものです。

 実際、宣伝担当者たちに「スラムダンクの宣伝担当者だったとして、露出を控える宣伝戦略はできる?」と質問すると、「難しいですね。認知されなかったときのことを考えてしまう」と明かしました。もちろん、知名度のある作品ゆえに「宣伝を控える」手法は理解できるものの、実行に移すのはハードルが高いのです。

◇余計な“燃料”を与えない

 そしてアニメ映画「スラムダンク」のヒット後、宮崎駿監督の新作アニメ映画「君たちはどう生きるか」の宣伝戦略もアニメ業界の関係者の話題になりました。「スラムダンク」に追随するかのように、公開前の宣伝を抑える方針を打ち出したからです。スタジオジブリは作品の質の高さを武器に、宣伝を巧みに活用した経緯があるからです。

 「君たちはどう生きるか」で事前に公開されているのはポスターぐらいで、ストーリーはもちろん、ポスターの絵の意図もわかりません。プロデューサーの鈴木敏夫さんが「宣伝をしない理由」を説明している記事が出て、それが映画の宣伝になるという不思議な構図です(ややこしい)。

 アニメ関係者の間でも「鈴木さんの宣伝戦略についてどう思う?」などと議題になるそうです。そして事前の宣伝を抑える戦略について、肯定する意見が出ているそうです。

 ある宣伝プロデューサーは「事前に情報を出すことが、一部のファンに作品を攻撃するための材料を与えてしまい、大きなマイナスになることもある。ビッグタイトルという条件は付くが、余計な“燃料”を与えない……という考えはある」と説明。

 さらに「ネットの炎上対策は難しく、作品への“いじめ”のような内容もある。関係者はみな困っている」と懸念。公式ツイッターをしないという意見も出ているとした上で「これからのプロモーションは、特定のターゲットに情報を“届けない”という意識も必要では。ネットでは極端な声が強くなってしまい、結果として作品がつぶされる可能性がある。だから『君たちはどう生きるか』も、そこを踏まえてやっているのではないか」と話しました。

◇バズること自体が理想の宣伝

 「露出を控える宣伝戦略」がリスキーなのは確かです。情報の飢餓感をあおるという作戦は今でこそ新鮮ですが、増えれば陳腐化します。また作品に対する意外性や驚きがなければ、消えていく可能性もあります。情報の飢餓を演出したはいいものの、本当に死んだら目も当てられません。

 それを踏まえて、作品の出来に相当な自信があるなら、選択肢の一つになるでしょう。そもそも、バズること自体が理想の宣伝なのですから。ただし消費者は、自発的な情報発信を好む傾向にあるものの、逆に第三者から踊らされたような“におい”を察知するだけでも離れていきます。

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 理想は、消費者が勝手に「推し」になって、積極的に絶賛してくれることなのですが、それは誰もが望むこと。計算通りにいくなら宣伝に苦労なんてしないのです。そんな中で、リスクを背負って露出を控えて華麗に大成功を収めた映画が登場したことが、「従来の宣伝でよいのか」と再考する契機になっているのでしょう。

 「君たちはどう生きるか」の宣伝は、今は控えていても、公開すれば一気に露出することもありえます。そして同作の反響や結果で、関係者は再び宣伝戦略のあり方について悩むことになりそうです。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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