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「スラムダンク」や「silent」で人気の“聖地巡礼” 歓迎の有無の差は

河村鳴紘サブカル専門ライター
鷲宮商工会(現・久喜市商工会鷲宮支所)のホームページ

 アニメやマンガ、ドラマの作品の舞台になった場所をファンが訪れる“聖地巡礼”。アニメ「スラムダンク」の鎌倉高校前駅踏切(神奈川県)、ドラマ「silent」の小田急線・世田谷代田駅(東京都)などが人気と報じられています。そして“聖地巡礼”を活用して町おこしに成功した例もあれば、地元住民の迷惑というケースも……。その違いについて考察してみます。

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◇アニメ放送から15年後も続く「町おこし」

 “聖地巡礼”は元々、諸方の聖地や霊場の参拝を指す言葉でした。作品の舞台を訪ねる事象は昔からありましたが、テレビや新聞などで大きく取り上げられたのは、アニメ「らき☆すた」(2007年放送)でしょう。舞台になった埼玉県久喜市の鷲宮地区に、ファンが繰り返し訪問し、地元が前向きに動いたためです。

 アニメの放送後、地元神社の正月三が日の参拝客は、前年の数倍に急増。アニメの放送から15年経過した今なお、同作を活用した町おこしは続いていて、ヒロインの柊つかさの像の製作が発表されています。

 アニメに関して言えば、物語の舞台にした場所は、トラブルを避ける意味もあって伏せる傾向にありました。しかし、「らき☆すた」の成功を受ける形で、以後アニメでは舞台の場所をアピールする傾向が強まり、自治体との連携も見られるようになります。

 もう一歩進んで、コンテンツの企画時から、ロケ地や舞台になった場所への“聖地巡礼”を想定する場合もあります。もちろん、「スラムダンク」や「silent」のように、当事者が予想しない形で盛り上がるケースもあります。町おこしの集客は悩みのタネですが、それを解決してくれる“切り札”の一つになっています。

◇「おもてなし」の発想

 実は15年前の鷲宮地区も、突然の来訪者が押しかけたことに地元が驚いたパターンです。

 同地の場合、参考にする事例がないにもかかわらず、作品を学びながら、権利元(KADOKAWA)へ接触。来訪するファンへの情報収集も徹底していました。作品を踏まえた上での商品開発、イベントを定期的に実施しました。要するに「おもてなし」の発想です。

 さらに、作品頼みではない企画も展開しました。アニメのせりふを叫ぶ「オタク運動会」や、アニメ好きの男女の出会いの場を設ける「オタ婚活」、コスプレをしたまま走る「コスプレマラソン」なども、訪問者の趣向を踏まえたもの。2013年には、企画の主体を担った鷲宮商工会(現・久喜市商工会鷲宮支所)が、地域で優れた事業を展開した商工会などに与えられる「21世紀商工会グランプリ」に選出されました。

 同地を繰り返し取材して感じたのは、作品へ愛着を持つこと、利益よりも面白さを優先したこと、住民をも巻き込んだ流れにしたことです。もちろん、大変なこともあったようですが、結果を出せば、地域から理解が得られる流れになったのです。

◇「邪魔だから排除」は…

 集客が見込める“聖地巡礼”ですが、狙った場所にできるわけではなく、その地域ごとで考え方、方針が違うのはその通りでしょう。特に観光地で栄えている町、最初から経済効果の高い地域は、想定外の場所の集客増を嫌気する傾向にあるようです。

 しかし、日本は、自国の価値観・文化が凝縮されたアニメやマンガなどを活用して、世界の人々を魅了させる「ソフトパワー」を国策として打ち出しています。

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 要するに、遠隔地や海外から、わざわざ足を運ぶことを「トラブル」と捉えるか、「チャンス」と考えるかの差です。「排除」というのも一つの選択でしょうが、惜しい話ではあります。彼らを歓迎すれば、その地域が好きになってくれますし、海外の人であれば、引き続き「日本好き」になってくれる可能性が高いからです。大げさに言えば、排除は「観光資源」をつぶすという見方もできます。

 ちなみに“聖地巡礼”の来訪者増加で、地元とトラブルを起こすケースは他地域・他作品の取材でも、実際に見かけました。ファンと一般の人たちでは価値観が違うため、作品のためにわざわざ来ることが理解できないからです。ただし、お互いに積極的なコミュニケーションを取り、対策を施すことでトラブルが解決され、ウイン・ウインになるケースもありました。

 “聖地巡礼”について、より考えるべき時期に来ているといえます。そして、ソフトパワーを活用するのであれば、方向性は見えてきます。今では「子供の声がうるさい」という理由で、公園が廃止される時代ですから、全員が満足いく答えは難しいかもしれませんが……。

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 それでも、なるべく多くの人が、満足できずとも妥協できるラインを模索して、試行錯誤を続けてほしいと願っています。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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