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「天空の城ラピュタ」 「バルス」がバズる背景 テレビの弱点が強みに

河村鳴紘サブカル専門ライター
アニメ映画「天空の城ラピュタ」(C) 1986 Studio Ghibli

 宮崎駿監督のアニメ映画「天空の城ラピュタ」が、日本テレビ系の「金曜ロードショー」で放送され、ツイッターでもトレンドの上位に入るなど変わらず人気でした。数年に一度再放送されるたびに高視聴率を獲得し、ネットメディアにも多くの記事が配信され、「滅びの呪文」の放送シーンでツイッターに「バルス」と書き込む「バルス祭り」で盛り上がります。それにしても、なぜここまで盛り上がるのでしょうか。

◇本編の中身が優れてこそ

 「天空の城ラピュタ」は、「バルス祭り」で盛り上がるようにジブリ作品の中でも特別感があるのですが、やはり本編の中身が優れていてこそ。まず、ストーリーを知っている視聴者が見ても楽しめるから、2ケタ台の高視聴率を維持できます。テーマに普遍的なものを選び、老若男女が楽しめるから、繰り返しの鑑賞に耐えられるのです。

 「天空の城ラピュタ」は、見習い機械工の少年・パズーが、空から降りてきた少女のシータと出会い、空に浮かぶ伝説の島・ラピュタを目指す物語です。少女を守って少年が必死に戦う冒険活劇は分かりやすく、かつ誰もが共感しやすいもの。そして派手な演出はあっても、血の描写などの生々しさは抑えられており、視聴後に抱く気持ちも「プラス」になれます。

 そして、濃密なストーリーが展開されます。空からの奇襲から始まり、逃走劇、シータの救出……と目が離せません。中身がつまっているのに、テンポが良いのです。ゆえにセリフもよく吟味されています。例えば、ムスカの有名なせりふ「人がゴミのようだ」も、発言者の狂気、状況が視聴者に的確に伝わります。

 そして滅びの呪文「バルス」の逆転劇と、ラピュタ崩壊、名曲「君をのせて」が流れるエンディングの流れは、何度見てもグッとくるものがあります。滅びの呪文に対する伏線も張られていて、他の作品でありがちな「置いていきぼり」というものがありません。

 そうした怒涛(どとう)の展開の“終着点”に「バルス」が存在しています。そして皆で「バルス」のタイミングで書き込む・つぶやく“提案”に対して、多くの人々が賛同・共感したわけですね。35年以上前にアニメ映画として制作されたもので、ツイッターなんて想定してないのに……。「奇跡」としか言いようがありません。

◇テレビの弱点が強みに

 現在、インターネットでの動画配信が定着し、若い人のテレビ離れが指摘されています。録画も手軽にでき、趣味の多様化、いつでも好きな番組が見られる時代ですから、テレビの視聴率も低下しています。決まった時間にテレビの前に座ること自体が、一つのハードルになっています。

 好きなタイミングで視聴する録画再生やネット配信では、同じタイミングでの共感を作り出せないため「バルス祭り」は起こりえません。テレビのように皆が同じタイミングで作品を見て、同じ瞬間に盛り上がるからこそできる技です。

 要するに、テレビの弱みとされていたことが、強みに置き変わったのです。ビジネスでは、商品の弱点が強みになることが(もちろんその逆も)あるのですが、その典型的なパターンといえます。

 「バルス祭り」はもともと、ネットの掲示板の書き込みで盛り上がっていたものが原形と言われています。しかしその時は、一部の人しか知らないこと。そしてツイッターという、個人が情報をリアルタイムで発信できるツールが出てきました。テレビとツイッターがそろってこそ……というわけです。なおツイッターの公式アカウントが、「バルス」でサーバーが落ちなかったことをネタにしています。

◇メディアが取り上げる“勝利の方程式”

 同時に、ネットメディアのありかたが変わってきた影響もあります。昔はネットで記事のネタを拾うことは敬遠されていましたが、今やテレビや新聞系メディアでさえ、ネットでネタを探す時代です。

 そしてネットの話題を記事にするとよく読まれるので、ネットメディアが積極的に取り上げ、新規の参加者が流れてきます。さらにプロモーション狙いで企業なども参加すると、それも話題になります。バズるからメディアが取り上げ、それがまたバズり、またメディアが取り上げるという“勝利の方程式”です。狙ってできるプロモーションではありませんが、それだけにハマったときは効果は絶大です。

 そしてネットの特性として、知名度のある特定コンテンツに人気が集中し、話題が続くほどコンテンツの価値は高まります。もちろん「バルス祭り」に飽きがきたり、嫌気がさしたりする層もいるでしょうが、社会現象のカギは、ライト層をいかに取り込むかです。そして習慣になり、共有化されて、常識のようになっていきます。一度は下火になっても、何かの拍子で燃え上がることもあるのです。

 そして、多くのコンテンツは、露出を高めるため、努力を重ねているのです。興味深いのは、多くの人気シリーズが、新作を送り出すなどして血のにじむような努力を続ける中で、再放送のコンテンツが大きな話題になってしまうことでしょう。

 なおスタジオジブリは、「常識の範囲内で」作品画像の使用を許可するなどのユニークな試みをしています。話題にしてもらえることが、コンテンツの価値を高めることをよく認識しているといえます。作品のパワーに加え、ユーザーの求めるものを感じ取る点も、人気にも一役買っていると言えそうです。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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