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PS5対スイッチ対XboxSX ゲーム機の年末商戦「三つどもえ」は本当? 勝敗は明らかなのに…

河村鳴紘サブカル専門ライター
店舗にある「ニンテンドースイッチ」のコーナー(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 ソニーの「プレイステーション(PS)5」とマイクロソフト(MS)の「Xbox Series X(XboxSX)」が先月発売されました。人気を博している任天堂の「ニンテンドースイッチ」と合わせて、「家庭用ゲーム機の年末商戦は三つどもえで注目」という内容の記事が目につきました。ところが年末商戦の“勝者”は既に明らかだったりします。

◇年末商戦はスイッチの勝利確実

 今年の年末商戦の“勝者”の定義を「ゲーム機の出荷台数」とするのであれば、ニンテンドースイッチなのは確実です。異論はないでしょうし、記事を書くメディアも分かっているはずです。

 任天堂の決算で明かされている通り、2020年度のスイッチの計画出荷数は2400万台です。上半期(2020年4~9月)だけで1200万台以上を売っており、下半期(2020年10月~2021年3月)も順調にいけば最低でも1200万台(おそらくそれ以上)が売れることになります。特に任天堂のゲーム機は、年末商戦に強いことで知られていますし、新型コロナウイルスの“第3波”の対策を考えると、「巣ごもり需要」が見込めそうです。

 一方のPS5の出荷予定数ですが、年度末までに「760万台以上」なので、スイッチの数字には届きません。初年度としては高い数字ですが、ゲーム機の初期の生産はどうしても効率に難がありますから、仕方のないところです。マイクロソフトはXboxSXの数字を明かしていませんが、現行機の実績とさまざまな情報も出ている通りPS5には及んでいないのが実態のようです。

 ですから「ゲーム機の年末商戦三つどもえ」の記事が出たとき、ユーザーの反応もおおむね「スイッチ一強なのに……」という感じでした。特に日本市場はスイッチが強く、PS5は米欧への出荷が優先されていますから、余計そう感じるはずです。

 そもそもこれは当然の結果でもあります。スイッチは発売4年目でソフトが充実し、ビジネスの“収穫期”にあるゲーム機です。PS5とXboxSXは先月発売されたばかりで、専用ソフトも十分そろっていませんから「今年の年末商戦」に限れば、結果は容易に推測はつくわけです。

◇「三強の対決感」出したいメディア

 しかしメディアとしては「三強の対決感」を強調したいのです。従って年末商戦の“勝者”まで触れると、行き過ぎになります。

 「三つどもえ」の意味は「三つのものが互いに対立して入り乱れること」なので、互角である必要もなく日本語としては正しいのですが、結果が分かる読者(ゲームファン)は「そうはいっても年末商戦は……」とモヤモヤするでしょう。PS5もXboxSXも旺盛(おうせい)な需要があり、販売店に並ぶぐらいあれば対決感も出るのでしょうが、現在は品不足で販売店に陳列されていません。販売店のチラシにスイッチの文字は踊っても、PS5やXboxSXの文字は見かけない……という妙なことになっています。

 ただ以前であれば、ゲーム機競争の記事を書くのであれば「三つどもえ」とすれば問題なかったのです。任天堂もソニーもMSも世界的大企業なので、「三つどもえ」という言葉にふさわしく、長い目で見ればその通りです。しかし「年末商戦に注目」としてしまうと、スイッチの勝利が見えるため実態とかみ合わないわけです。

◇「三つどもえ」でぼやけるピント

 話は変わって少し古い記事になりますが、かつて任天堂でWiiの開発を手掛けた方が、ソニーのPSPの参入時に当時は恐怖だった……と内心を明かしています。当時は、ゲーム機のシェアはライバル同士で奪い合うものでしたから当然のことです。

キラキラ光るきれいな(PSPの)ディスクを掲げる久夛良木さんの笑顔に、私は心の底から恐怖しました。既にSCEの「PS2」によってテレビゲーム機市場で大きくシェアを奪われている中、当時「ゲームボーイアドバンス」の主戦場だった携帯ゲーム機のシェアまで奪われてしまったら、任天堂はどうなってしまうのか。

競合ゲーム機「PSP」の脅威が任天堂社内を変えた(ITmedia)

 この記事は、新機軸のゲーム機の企画に取りくむ大変さが書かれています。興味のある人はぜひ読んでみてください。

 さて話を元に戻すと、任天堂の開発者が感じたPSP参入時の「恐怖」から分かる通り、15年前は関係者もメディアも「ゲーム市場の勝者は1席のみ」いう認識で、限られた市場を奪い合うような感覚だったわけです。従って任天堂とソニー、MSのゲーム機の対決を「三つどもえでゲーム機の出荷数を競う」という記事が合っていたわけです。

 しかし今のゲーム機のビジネスは、基本無料で遊べるスマホゲームとの差別化が必要で、専用ゲーム機ならではの付加価値や体験、サービスを提供することが重要になりました。世界のゲーム市場も16兆円以上と拡大しており、任天堂とソニーの決算はいずれも絶好調のように、勝者の席が複数あるわけです。

 そしてPS5とXboxSXは似たコンセプトなので激突しますが、スイッチは明らかに違います。携帯ゲーム機にもなりますし、子供でも安心して遊べるソフトが充実しています。一方で、発売時期に4年の差があるため二つのゲーム機よりも性能面で劣り、リッチな映像表現に向いていません。

 要するにPS5とXboxSXの対決記事であればピントが合っているのですが、スイッチを加えて「三つどもえ」にした瞬間、ピントがぼやけてしまう悩ましいことになります。せめて年末商戦には“勝者”がいること、その理由を書けば、読者も納得するのでしょう。ところがそれでは記事で盛り上がりを強調したいがため、明らかに分かる“勝者”に触れないことで、結果として違和感を抱くことになるのですね。

◇カギは有料サービスの会員数

 さらにスイッチもPS5も、ゲーム機の出荷数以上に、自社の有料ネットワークサービスの会員数を気にしています。任天堂は約2600万人、ソニーは約4600万人で、安定収益が見込めビジネスのカギになっています。ゲーム機の販売は高コストなのに低利益のため単体でビジネスのうまみが薄く、バクチ的な要素のあるソフト頼みのところもあったので、ネットワークサービスの存在は経営的にありがたいでしょう。経営リスクが分散される上、コミュニティーの構築、商品情報の発信でも優位に働いています。

 ですから任天堂とソニーのライバルは、クラウドゲームに力を入れているグーグルやアップル、アマゾンでしょう。GAFAのゲームビジネスの構造を考えると、「ゲーム機の否定」であるのは明白で、かつゲームユーザーの囲い込みを狙っているからです。

 以前は3社のゲーム機の出荷数を比較すればよかったのですが、今はそれだけでビジネスの優劣が判断できない難しさがあります。それは説明するのが大変という意味でもあり、「メディア泣かせ」とも言えるのです。「ゲーム機の年末商戦は三つどもえで注目」という記事に抱く違和感は、それを象徴しているように思えるのです。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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