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「千と千尋の神隠し」興収308億円→316億円に 「鬼滅」の記録阻止?

河村鳴紘サブカル専門ライター
「千と千尋の神隠し」(C) 2001 Studio Ghibli・NDDTM

 アニメ映画「千と千尋の神隠し」の興行収入が308億円から316億8000万円に上積みされたことが話題になっています。公開中の「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」の13日までの興収が約302億円で、間もなく史上最高になるタイミングだっただけに「なぜ」と感じる人が多かったようです。

 上積みの理由は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で映画の新作公開の延期が相次ぎ、今年6~8月に「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「ゲド戦記」「風の谷のナウシカ」を再上映。「千と千尋の神隠し」は8億8000万円を上積みしたので、加算したというものです。

 ネットの反応を見る限りでは大きく二つに分かれていました。2カ月の再上映にもかかわらず8億8000万円を上積みした「千と千尋の神隠し」のすごさをたたえるものが一つ。もう一つは「鬼滅の刃」の史上最高興収の記録突破を引き延ばす形になり、かつ再上映をカウントすることを「見苦しい」とする見方です。

 8億8000万円の上積みは、15日に東宝の2021年度ラインナップ発表会で明かされたわけですが、当然ながら発表会では「なぜこのタイミングに?」という質問が出ています。東宝の答えは「偶然」でした。

「千尋」封切り時に宣伝を手がけていた市川南常務(54)は「この時期に発表することは前から決めてあった。『鬼滅』に抜かれた後だと『後出し』のようになるが、まだなので、偶然にもギリギリのタイミングとなった」。記者らに「ファンの方に誤解されないよう、うまく書いてください。わざとじゃないんです」と話し、笑いを誘った。

「鬼滅」1位奪首目前なのに 「千尋」興収9億円アップ(朝日新聞デジタル)

 それにしても、記者への受け答え(切り返し)がうまいし、さすが東宝はメディアの扱いになれているという印象です。面白いのはメディアの反応も、記事の見出しを見る限り二つに割れている感じです。「千と千尋の神隠し」の興収更新に焦点を当てたシンプルなものが一つ。もう一つは「鬼滅の刃」と比較する見出しですね。朝日新聞デジタルも後者の側ですが、同タイプの見出しはありました。

「千尋」が「鬼滅」に抜かれる前に興収上乗せ(日刊スポーツ)

「鬼滅の刃」興収歴代1位目前で…「千と千尋」316億円に上積み リバイバル上映分を加算(スポニチ)

 この発表を聞いて改めて思ったのは、発表会を開いた東宝が話題を盛り上げるべき情報の選択、タイミングを本当に熟知していることです。一般消費者の目を引き付け、ネタにしてもらうことで、作品を見てもらう機会が増えれば、自社の利益になるからです。

 上積み修正ですが、これが「鬼滅の刃」の公開前であれば、今回のように注目はされないでしょう。話題にされたくないのであれば、来春あたりに鬼滅の刃の興収がもっと上に行ってから「ひっそり」とデータを更新すれば良かったのです。

 この状況で「千と千尋の神隠し」の興収を上方修正発表すれば、メディアが両作品を並べて書き、ユーザーが「意図的では?」とさわぐのは、分かり切った話です。つまりどう見ても話題にしてもらうのが狙いとしか見えません。もちろん「鬼滅の刃」の308億円突破を見て後出しにする手もあったでしょうが……。

 いずれにしてもこのネタ出しのタイミングは、「鬼滅の刃」の興収最高記録を阻止する形に見える、ここ1、2週間がベストであるのは確かでしょう。記録阻止といっても、「鬼滅の刃」が「千と千尋の神隠し」の累計興収を上回るであろうことは、ほぼ確実なので、時期の多少の遅れは誤差の範囲でしょう。そう考えると両作品とも「話題になってよかった」となるわけです。

 作品の出来の良さは大事です。ですが良い作品でも黙って見られるほど世の中は甘くありません。だからこそ宣伝は重要で、社会の温度を感じ取って、うまく話題にするかが問われるわけです。そして東宝は、メディアと消費者が何を喜び、ざわつくかを熟知しており「恐るべし」と思う次第です。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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