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「採算取れるの?」心配になる“豪華なマンガ喫茶”がなぜ米子に 経営者が語る勝機とは

河村鳴紘サブカル専門ライター
「マンガミュージアム」にあるバリエーション豊富なマンガ=著者撮影

 徳島県で百貨店のそごうが撤退を決めて「百貨店ゼロ店県」になるなど、地方都市の“地盤沈下”が指摘されています。そんな中で、鳥取県の主要都市・米子市にある高島屋の東館に昨年11月、「マンガミュージアム」という謎の施設がオープンしました。実際に訪れ、経営者に狙いを聞きました。

 ◇豪華でゆったり せこせこしない“マンガ喫茶”

 「コナン空港」や「水木しげるロード」などアニメやマンガを活用した町おこしにやたらと積極的な鳥取県。JR米子駅から徒歩約15分にある米子高島屋の隣接する東館「GOOD BLESS GARDEN」の3・4階に、お目当ての「マンガミュージアム」があります。「GOOD BLESS GARDEN」は7階建てで、宿泊施設、フィットネスジム、中華料理店も入っており、衣食住が楽しめる複合施設です。

 本題の「マンガミュージアム」ですが、約20万冊のマンガが読める“マンガ喫茶”でした。しかし決定的に違うのが、広々としたスペースで、調度品や雰囲気に気を使っており、ぜいたくな雰囲気を醸し出していることです。イスの種類も多彩で、体を預けると沈むソファーもあり、マンガを読まずにぼーっとしたくなる雰囲気すらあります。

 通常のマンガ喫茶であれば、限られたスペースに人がぎゅうぎゅうの中、時間を気にしてマンガを読むか、終電を逃して寝るか……という、ぜいたくとは縁遠い使い方になるでしょう。マンガミュージアムのコンセプトは「豪華。ゆったり。せこせこしない」だそうですが「なるほど」と思わされます。

 そして「名探偵コナン」や「鬼滅の刃」などの最新マンガはもちろん、「サザエさん」「巨人の星」「サルでも描けるまんが教室」という、古い時代の人気マンガも読めてしまいます。「ミュージアム」らしく、直接触れることはできないですが貴重なマンガ誌もケースに展示していました。

 運営時間と料金体系も変わっています。開館時間は1日24時間ではなく午前9時~午後10時で、入場料はTカードがあれば1日で600円、再入場も可能です。「GOOD BLESS GARDEN」の5~7階にある宿泊施設を利用すれば、マンガミュージアムの利用券がプレゼントされます。

 首都圏にあれば、来場者が殺到しそうな施設ですが、私が利用したときは平日ということもあってか来場者は10~20人で、ゆっくり利用できました。自宅の近所にも欲しくなる施設です。ただ、(大きなお世話ですが)これでビジネスの採算が取れるのでしょうか。そもそも、なぜ米子市にできたのでしょうか。

 ◇地方の根幹地域に投資する重要性

 米子高島屋ですが、他県の百貨店と同様、郊外の大型商業施設に客を奪われて苦戦しました。2017年に米子高島屋は東館を市に譲渡。東館の新しい運営会社がジョイアーバン(鳥取県米子市)で、市から建物を譲り受けて開業したのです。なおジョイアーバンは高島屋(大阪市中央区)から、米子高島屋の全株式を3月に取得すると発表しています。高島屋と商標などのライセンス契約を締結するため、高島屋の名前が消えないところもポイントでしょう。つまり高島屋の看板を活用し、地域活性化を目指しているのです。そして「マンガミュージアム」は、地域活性化を担うパーツの一つであり、“目玉”です。米子と言えば、「山陰の熱海」と呼ばれる皆生(かいけ)温泉が有名なのですが、全く違う客層を呼び込もうとしているのですね。

 ジョイアーバンの宇田川正樹社長は、マンガミュージアム設立の理由について「地方都市への投資なんです。私自体はマンガに詳しいわけじゃないんです」と、素直な胸の内を明かしました。そして「地方都市は60年前、JRの駅と百貨店が中心になって街作りをしていました。だから百貨店とJRの復活をなくして、地方都市の復活はないと思っています。メスを入れるべきはこの二つなんです。今投資は、東京や大阪などの五大都市圏に集中していて、相対的に地方への投資はなくなりますよね。それなら他を当てにせず、地方は地元の根幹地域に投資すればいいのです」と説明しました。

 とはいえ、地方へ投資する人はいるのでしょうか。宇田川社長は「この手の話は、有識者の会議をしても結果は出ません。なぜならお金のいる話ですから。投資家に提案し、行政のトップに話すこと。そして安く手に入れて価値を高め、投資家にリターンできる具体策を持っているかですね」ときっぱり。米子高島屋は、東館に続いて今後は、本館や周辺施設へのエリアでの開発を進める考えです。

 マンガミュージアム自体の指揮を執るのは、宇田川社長ではなく、本田修司副社長です。本田副社長はシンガー・ソングライターで、ミュージカル「GALAXY EXPRESS 999」などに出演もした舞台俳優の経験もありますからエンタメに詳しいのですね。役割分担について宇田川社長は「野球に例えると、オーナーは監督の采配に手を出すべきではないし、リスペクトすべき。ある程度の期間を任せて、それでもうまくいかないなら考えますが……」と説明しています。

 地方都市への投資の勝機について、宇田川社長は「ありますよ。例えばですが、首都圏に普通にあるスターバックスが地方に行くと、磁石のように人が吸い上げられるんです。つまり首都圏と地方のブランド力の違いも理解することも大事。また地方のマーケットごとに違いがあるから、地元に住んで勉強し、それぞれがその特性モデルを作り上げるしかありません」と話しています。採算について「売上原価と人件費がビジネスをつらくするんです。実はこの二つが極力かからないモデルにしています」と明かしました。

 ◇GAFA対抗のカギは「遅い・高い・不便」

 今やインターネットで買い物をするのが当たり前で、地方がGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)に対抗するのは難しいのが現実です。その点について宇田川社長は「GAFAが追求する『速い・安い・便利』に同調したら負けますね。ポイントは『遅い・高い・不便』です。『そんなのがあるか?』と言われると、地方観光がそうなんです。そのためには、他の地域でないものを作ることなんです。マンガミュージアムも今はマンガの所蔵数が20万冊ですが、圧倒的な日本一になるため30万冊を目指しています。トップか鳥取県の人口のように最下位じゃないと目立ちませんからね。30万冊になればギネスにも申請するつもりです」と意気込んでいます。

 誰でも真似できそうな「マンガミュージアム」ですが、蔵書数に加え、豪華で広々としたスペースは、大都市圏では土地のコストが跳ね上がるし、都市の中心街にまとまった土地を取得するのは相応に大変なので、実現が難しいそうです。さらに若者だけでなく、中高年も想定して古いマンガもそろえ、二世代で楽しめるのも売りにしていますが、これも他ではあまり見られないでしょう。またマンガミュージアム以外の施設の利用を促し、地方活性化を狙っているわけです。採算も他の施設とワンセットで見ることで、この低価格帯を実現しているのですね。

 地方活性化への情熱を見せる宇田川社長ですが「ただ我々の情報発信、プロモーション戦略は弱いのでそこは変えたい」と苦笑い。ただこれには理由があって、提案されるプロモーション案に納得してないからだそうです。その結果、ホームページも簡単な紹介しかありません。「遅い・高い・不便」がポイントで、本格稼働は今後とは言えども、これだけの施設ですからもっとアピールをするべきなのは間違いありません。

【参考】GOOD BLESS GARDEN(サイトの真ん中にマンガミュージアムの紹介が少しあるだけ…

 それでも同社は、eスポーツのイベントを実施したり、大手出版社の協力を得たイベントを開催するなど、さまざまな情報発信に取り組んでいます。こうした一連の取り組みに他の百貨店からの問い合わせもあるそうです。マンガをてこに地方の利点を活用した施策が地方を救えるのか注目ですね。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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