東京五輪でメダル危機。”なでしこジャパン”はなぜビルドアップのミスが起きるのか。戦術設計の課題。

(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

東京五輪の本番まで半年を切った3月6日から3月12日にかけて、シービリーブズ・カップに参戦した高倉麻子監督が率いる”なでしこジャパン”ことサッカー日本女子代表。アメリカ合衆国でFIFAランク13位のスペイン、6位のイングランド、そして昨年の女子W杯で連覇を果たした1位のアメリカに挑みましたが、1-3、0-1、1-3と3連敗を喫しました。

女子W杯でベスト16に終わってから、ホームで行われた二つの親善試合、釜山で中国、チャイニーズ・タイペイ、韓国と対戦したEAFF E-1選手権で5連勝、無失点が続いていた”なでしこジャパン”ですが、欧米の強豪を相手に課題を露呈した形です。

高倉監督は試合後のフラッシュインタビューで”起きてはいけないミス”が立て続けに出たことをあげ、その理由として集中力の問題をあげました。実際の腹づもりは分かりません。しかし、なでしこリーグのシーズン前、アウェーの環境、過密日程と言った条件面や選手のメンタル以前に”なでしこジャパン”が抱える課題がミスとなって表れたように見えました。

目立ったのはビルドアップのミスパスやボールロストです。スペイン戦の1失点目、イングランド戦の唯一の失点、そしてアメリカ戦の2失点目がまさにそうでしたが、実際には失点シーン以外でも自陣でのミスパスやボールロストが起こり、相手のフィニッシュの精度やセンターバックのリカバリー、GKのセーブでなんとか切り抜けたシーンがいくつもありました。

2試合目と3試合目の間に「レジェンドスタジアム」のコラムでも言及しましたが、ミスを引き起こしたのは相手の意図的なディフェンスです。

スペイン、イングランド、アメリカの全てが4ー3ー3と4ー1ー4ー1を併用するシステムでしたが、4ー4ー2(2トップが立て関係になる場合は4ー4ー1ー1もしくは4ー2ー3ー1)の日本に対して、4バックに3枚がプレッシャーをかけ、2人のボランチをインサイドハーフの二枚でチェック、アンカーと二人のセンターバックが縦の2トップを、左右のサイドバックは日本のサイドハーフを見る構図になります。

4バックは相手の3枚に対して数的優位になるのですが、いわゆるハーフポジション(相手の人と人の中間に立ってパスコースを消しながら、出し手と受け手の両方にアプローチするバランス重視のポジショニング)を取りながらタイミングを見てプレスに来るため、完全にフリーで前を向く選手が作りにくい状況にあります。

そうした基準で3つのシーンを振り返ると、スペイン戦は1-1で迎えた後半の立ち上がり、自陣の左かのリスタートで岩渕真奈がボランチの杉田妃和にパスを出すと、10番のエルモソがプレッシャーをかけて来たところで右センターバックの熊谷紗希に戻しますが、センターバックから高めに上がっていたイバーナがプレッシャーをかけ、右サイドへの選択肢を切ります。そして右ウィングのプテージャスが左センターバックの南萌華の内側にポジションを取ることで、熊谷のパスが限定されました。

ここで杉田が引いてリターンを受けますが、プテージャスが待ってましたとばかりに外側から寄せて、ボールを奪い取るとそのままGK山下と1対1になり、冷静に流し込みました。この局面で熊谷としてはGKに戻すか、左マイナスにパスを出して南に下がり気味に受けさせると言った選択を取れたと思いますが、刹那の状況でそうした判断をするには事前にプレーが整理されていないと難しいと思います。

イングランド戦の失点シーンは83分。相手のロングボールをキャッチしたGK池田が右センターバックの土光にトスでボールを渡すと、ボランチから手前に引いてきた杉田にパス。インサイドハーフのノッブスがプレッシャーに来ますが、杉田は左センターバックの三宅に斜めのバックパスを送ります。三宅には、途中出場でフレッシュなダガンがプレッシャーをかけてきました。

ボールを受ける前に一瞬、左に首を振った三宅は半身を開きながら、左サイドバックの宮川に左足のワンタッチで通そうとしますが、角度が悪くダガンに引っ掛かると、そのまま縦に持ち出されて、中央で動き出した途中出場のFWホワイトに左足で流し込ました。

アメリカ戦の27分に起きた失点はGK山下のキックミスをカットされた形ですが、ボランチの二人がマークされた状況で、右サイドバックから高い位置に上がった土光真代に大きく展開しようとしたボールが短くなってしまいました。山下の選択が必ずしも間違いだった訳ではありませんが、センターバックの熊谷と南がもっと開いて、前を向ける状態を作っておくことでビルドアップに余裕を生めたことも確かです。

そうした状況で大事になるのがビルドアップの”立ち位置”です。力の落ちる相手に対しては精度やスピード、技術で押し切ってしまう方法もありますが、今回の3カ国はそれを許してくれる相手ではありません。プレッシャーがかかったら前に蹴ってしまう、タッチラインの外に出してしまうと言った選択肢がありますが、しっかりと”立ち位置”を設計しておけば、安全にボールをつなぐための時間とスペースを確保できますし、心理的な余裕も生まれやすくなります。

相手のポジショニングと出方を見ながら、ボランチの一枚を下げてセンターバックが幅をとるのか、センターバック間で角度を付けることで、ハーフポジションからプレスしにくくするのか、サイドバックも”なでしこジャパン”はセンターバックより少し上がり目をキープしがちですが、センターバックとフラットあるいは下がり目に落ちるだけで、パスコースを広げたり、プレッシャーをいなしやすくなります。

あるいは意図的に相手のプレスを引き付けて、周囲でフリーの選手につなぐプレーも1つの選択肢になります。シンプルにつなぐより局面のリスクはありますが、受け手に時間とスペースを与えやすくなり、より後ろの陣形も崩れやすくなります。ただし、それだけ個人に高い技術と視野が求められ、欧米の強豪との試合では体格差もリスクの材料になります。そう考えると基本的には”立ち位置”をうまく取りながら、自陣では安全にパスをつないで効率よくサイドハーフや2トップに起点を作らせるというのが重要でしょう。

”立ち位置”の取り方に絶対の正解はありませんが、大事なのは監督あるいはスタッフが選手たちに戦術設計として事前に提示し、トレーニングに落とし込むことです。それにより選手は選択肢を得て、試合が始まればピッチ上で彼女たちが判断し、不測の事態があれば緊急には選手が対応、タイミングを見計らって水を採りに来た選手や同サイドのサイドバックなどに監督が指示を伝える。さらにハーフタイムや選手交代で次の手を打つと言った順序になるのが1つのセオリーです。

3試合に共通するのは、どんなチームも90分、前からプレッシャーをかけることはできないということ。前線が闇雲にハードワークするのではなく、3カ国とも基本ハーフポジションを取りながらタイミングを見計らって距離を詰める守り方により、運動量の部分でかなり省エネを実現してはいますが、それでも全体を自陣に引いて構える時間帯はあり、そうした時間帯には”なでしこジャパン”もラインを上げながら、持ち前の近い距離感で連動する攻撃ができています。しかし、そうした強みは今に始まったことではありません。

相手はプレッシャーをかけられている時間帯に、それをビルドアップで上回って高い位置にボールを運べるかどうか。そこに大きな課題があり、”本番”で相手チームの狙い所になりうるポイントです。

代表はクラブと違い、1回ごとの招集期間が限られる上に、招集されるメンバーも入れ替わります。しかし、高倉監督が就任してから女子W杯を戦い、ここ1年はメンバーもかなり絞り込みに入っており、戦術面も固めていくべき段階に入っており、その最終段階に入る前のチェックの場が今回のシービリーブズ・カップだったはずで、3連敗という結果以上に内容面の課題が表面化しました。

これを良い経験として最後の詰めに生かせれば良いですが、ビルドアップ面の不安は女子W杯からあまり変わっておらず、しかも各国が”なでしこジャパン”のアキレス腱として、女子W杯の時よりもスカウティングと対策を進めて来るはずです。もちろん18人のメンバーが確定し、直前合宿に入れば、アメリカ戦後にボールの持ち方を考えて行かないといけないと語っていた熊谷紗希キャプテンを筆頭に、選手間で話し合って解決方法を共有することもできるでしょう。しかし、ピッチ上で判断するのは選手であっても、事前にゲームプランを伝え、戦術設計を落とし込むのは監督やコーチングスタッフの仕事であるべきです。

自国開催の東京五輪は昨年の女子W杯でベスト8の7カ国を占めた欧州勢から3枠(オランダ、イギリス、スウェーデン)しか参加できないため、組み合わせ次第では、より相性の悪くない国に勝って準々決勝、準決勝まで進める可能性はW杯より高いです。しかし、本番では親善試合やE-1で勝った相手も日本を分析して挑んできます。そしてメダルを獲得するには遅かれ早かれ欧州やアメリカを倒さなければなりません。

田嶋幸三会長は帰国後に高倉監督と女子技術委員会で話し合いを持つ必要があることを表明しましたが、このまま継続するのであれば、東京五輪が予定通り夏に行われるにしても、一部で報道がある通り来年に延期される場合でも、しっかりとビジョンを見極めて、シビアに準備を進めていかなければ金メダル獲得は絵に描いた餅になってしまうでしょう。

”なでしこジャパン”の奮起に期待します。