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なぜ今、ハリルホジッチは縦や裏を強調するのか。“バリエーション”の必要性を叫ぶリスクを考える。

河治良幸スポーツジャーナリスト

シリア戦に3−0で勝利し、二次予選のグループ首位に立った日本代表。立ち上がりにミスパスから相手に危険なカウンターを許すなど、苦しい状況から後半に立て直し、疲労の見える相手から3得点を奪い、かつ無失点で試合を終えた。その戦いぶりに賞賛の声もあれば、今後に向けた課題や問題点を指摘する声もある。

様々な立場や視点から賛否両論あるのは当然で、勝ったからと言って全て手放しで誉め称える必要も無いし、最終予選、さらに本大会に向けたテストマッチではより強力な相手と厳しい環境で戦い、結果を出しながらレベルアップしていかなければ大目標であるロシアW杯での躍進もありえない。

ただ、現状認識として押さえておきたいことがある。それは今年3月に就任したハリルホジッチ監督がまだチームに基本的な方向性を植え付けている最中だということだ。“守・破・離”で言えば“守”の段階。もちろん経験ある選手が集まっているわけだから、状況に応じて自分たちで判断することもできるが、それも“守”をベースにしたアレンジでなければ方向性の軸が崩れてしまいかねない。

これまでハリルホジッチ監督が率いたチームを見れば分かる通り、彼は縦や裏を基本的な狙いにしても、剛直にこだわるタイプではない。むしろ対戦相手を穴の空くほど研究し、相手が嫌がる手を打っていく。先のことは定かではないが、ベースの部分がしっかり強化できれば、そこにポゼッションやペースメーキングなどを加え、相手や時間帯に応じた選択肢を増やすことが予想できる。

最初のメンバー発表を行った時に指揮官は「日本代表は裏への意識が足りない」と語り、ボールを奪ったらまず裏を見る、あるいは1つ先の味方を使う意識付けを行い、しかも1タッチ、2タッチでのパスワークのオートマティズムを高める練習を繰り返してきた。それは基本コンセプトの植え付けであると同時に、日本人選手の”癖”を取り除く作業でもあった。

実はブラジルW杯で日本代表を率いたザッケローニ監督も、チーム作りの段階では縦に速く攻める攻撃をかなりの比重で取り入れていた。しかし、三次予選から最終予選と続いていく中で、チームはポゼッション寄りに良くも悪くもセットバックされていった。ある意味で主力選手の持ち味をリスペクトしたとも言えるが、当初から志向していたものから大きく変わっていたのは確かだ。後半の2年間を振り返れば、ザッケローニ監督が目指していたスタイルに最も近かったのは、山口蛍、青山敏弘、柿谷曜一朗らが引っ張る形で優勝した2013年の東アジアカップかもしれない。

現在のチームに話を戻そう。シリア戦を前に本田圭佑は「求めているところはもちろん監督が全部、種明かしをしていない部分かもしれないですけど、目先で選手に求めているものでさえも、我々がこなしきれていないぐらい要求が高いものでもある」とコメントしている。言葉にすればシンプルだが、1回1回の招集期間が限られる中で、個としてもチームとしてもコンセプトを共有し、ベースアップさせるのは簡単なことではない。

ハリルホジッチ監督は試合ごとに勝利の必要性を口にするが、現在は基本的な方向性を切り捨てることなく攻め、守ることを主眼に置いている。その中で、シリア戦の後半戦は本田のポジションを中に入れさせて、攻撃陣の距離感を近くすることにより、軟弱なピッチと相手のフィジカル的な強さを克服して勝利に結び付けた。もちろん勝つことだけ考えれば他にも手はあったのかもしれないが、方向性の範囲では的確なアレンジをしたと言える。

まずはアウェー(会場は中立地のオマーン)シリア戦という二次予選の山場を無難に切り抜け、ある程度のプレッシャーから解放された。11月の2試合も油断は禁物だが、メンバー選考やトレーニングなどで多少なりともテスト色を強める選択も取れるはずだ。9月のアフガニスタン戦を前にハリルホジッチ監督はこんなことを語っていた。

「色んなところで批判が起きるのはノーマルだと思っています。全世界の代表監督というものはいつも批判されています。僕らの国の首相も同じですね。ただ、私はするべきことを分かっていますし、おそらく1年後、2年後、3年後にはまた別の話になっているのではと思います」

ブラジルW杯で世界を驚かせたアルジェリア代表でも、チーム作りの過程では激しい批判を浴びた時期があった様だ。それでも本大会ではハードワークと多彩な攻撃を繰り出しグループリーグを突破。決勝トーナメントでは世界王者となるドイツをあと一歩のところまで追い詰めた。

「全てのプロジェクトに成功してきた」と主張する指揮官が日本でこれまで率いたチームと同等か、それ以上の成功をおさめられるかどうかは誰にも分からない。もしかしたら日本代表を掌握しきれずに空中分解するリスクもゼロではないだろう。ただ、信念を持って強化に取り組んでいる指揮官の方向性を理解し、その線で評価していくのが取材する側の筋だ。その意味では方向性を高めている現状において、バリエーションの必要性をあまり強調することは1つのリスクと考えている。

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

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